Pure White Story
雪は静かに降り続けていた。すべてを覆い尽くすように、白く、ただ白く。
この世界では、何もかもが「白と黒」しか持たない。空も、木も、人の瞳さえも。誰もがそれを当たり前として生きていた。だが、ユナにはひとつだけ、人とは違う“感覚”があった。
──触れたものから、色を感じ取ることがある。
例えば、村の外れの花に手を添えたとき、胸の奥で淡い“赤”のような何かがざわめいたことがある。だが、彼女はそれを口に出したことがなかった。おかしな子だと思われるのが怖かった。
ある日、ユナは山の斜面で倒れている青年を見つけた。
「……大丈夫?」
声をかけると、彼はゆっくりと目を開けた。その瞳に映るのもまた、白と黒の世界。ただ、彼の手に握られていた本だけが、ユナの指先に淡い“青”のような震えを伝えた。
本の表紙には、かすかに「Pure White Story」と記されていた。
「君に……預けたいものがある」
そう言って、青年──レオは本をユナに渡した。
彼は「色」を探して旅をしているのだという。そして、この本が色を取り戻す鍵になるかもしれない、と。ユナは胸の奥で何かが目を覚ますのを感じた。それは、今まで感じたどんな“色”よりも強いものだった。
二人は村を出て、旅に出た。
白と黒の世界の中で、本に導かれるように進む。ページには、かつて存在した“色彩の記憶”が断片的に書かれていた。赤い空、緑の森、青い海。ユナはそれらの言葉を指でなぞるたび、色が体に流れ込んでくるような感覚にとらわれた。
だが、ある街で出会った老書記が語った言葉が、旅の空気を一変させた。
「色はね、人の“罪”が招いたものだよ」
彼が言うには、数百年前、人々は色を使い争いを繰り返した。赤は血を、緑は毒を、青は涙を象徴し、やがてそれらは感情とともに暴走したのだという。人々は恐れ、色を世界から封じた。それが“純白の誓い”――Pure White Storyの原点だった。
ユナはその夜、ひとり思い悩んだ。
「色を取り戻すって、本当にいいことなの?」
レオは答えた。
「色そのものが罪なのではない。人がそれをどう使うかだ。色を知ることで、人はもう一度、何を選ぶか試されるんだ」
物語の転換点は、かつて“色を封じた”中心地──聖域と呼ばれる遺跡だった。
封印の祭壇で、ユナは本の最後のページを開いた。そこにはただ一言、
「あなたが最後の色を決めなさい。」
という言葉だけが記されていた。
突然、ユナの視界が鮮烈な光に包まれる。そこには、彼女の記憶にさえなかった本当の“色”が溢れていた。赤、青、緑、金、紫──その全てが、彼女の内側からあふれ出すように広がっていく。
「……きれい」
ユナは呟いた。
けれど同時に、彼女の周囲からは悲鳴が聞こえてきた。遺跡の番人たちが、色の奔流に怯え、逃げ惑っていたのだ。
「色は恐れられている……でも、それでも私は――」
ユナは、レオとともに手を取り、封印の中央に立った。
「私は信じる。この世界に、色があっていいって」
そして彼女が選んだ“最後の色”は――「雪の白」。
それは、すべてを拒まない色。色を持ち、同時に持たない、無垢なる受け入れの象徴だった。
その瞬間、世界は震えた。そして、ほんのわずかに“色”が戻ってきた。木々にわずかな緑が、空にほんのりとした青が。人々は戸惑いながらも、それに目を向けはじめた。
それから数年後。ユナは村に戻り、語り部となった。
「昔、この世界は色で満ちていた。そしてある少女が、“白”から物語を始めたんです」
子どもたちは目を輝かせながら聞いた。誰かがぽつりと尋ねる。
「色って、こわい?」
ユナは優しく笑った。
「いいえ。色はね、“人の心”そのものなの。だから、こわがらずに、大切にしてあげて」
こうして、世界は少しずつ、再び色を取り戻していった。
その始まりこそが、Pure White Story──
“真っ白な物語”の、最初の一行だった。