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記憶

……



冷たいアスファルトの上、窓に叩きつけられる雨。

雨音だけが届く部屋でゆっくりとまぶたを上げる。周りには誰もいない。伊吹は不安になりながらも体を起こし、地面から体に伝わる冷えに身震いする。何も無い空間に伊吹の息だけが広がり、彼は重い頭を抱える。


静まり返った部屋からガチャっと扉が開く音、なんの音だろうか。ゆっくりと顔を上げる。


「……起きましたか?」


声と共に雑に伊吹の頭に降ってくる毛布。

暗い視界からぶっきらぼうに聞こえる緋色の声。


「…助けたわけじゃない。蒼乃さんがうるさいからここに連れてきただけです。」


ぼんやりとした顔で虚無を映す伊吹の黒目。

焦点が合っていない彼の目が一日の疲れを表している。


「……俺…」


緋色は伊吹の前にしゃがみ、毛布を伊吹の体に巻き付ける。適当にグルグルと巻いただけだが手つきからは優しい温度を感じられる。


「もう少し休んでください。今日は疲れたでしょう。…目を閉じて…また明日。」


心地のいい緋色の声に伊吹は再び眠りに落ちる。

そんな伊吹をじっと見つめ、しばらくしてから

起こさないように と配慮に満ちた背中を向け静かに姿を消す。


淡々と廊下を歩き、薄暗く湿った空気が流れる地下の階段を降りる。そこに入り浸っている蒼乃の背後に立ち静かに見下ろしながら彼が行なっている作業を見ている。


「お、緋色、伊吹くんはどう?」


椅子に座りながら緋色に視線を向ける彼の目には深い好奇心に溢れていた。


「…もう一度眠りました。」


「そっか。…伊吹くん、どこから来たんだろう。」


「……さぁ。どうでしょう。ここには出入口というものがありませんから。…私もなぜここにいるのか…」


緋色の言葉に蒼乃は立ち上がりゆっくりと緋色に近づく。


「…そうだね。僕もわからないよ。なんでここにいるんだろう。ここに来て大体3ヶ月…くらいかな。何も発展はない。ただ起きて、生きて、また眠る。…そんな毎日だ。」


「ここにいる人たちはなぜここにいるのか、皆覚えていませんね。」


「うーん。でもなんだろう。何も覚えていないのは単なる記憶喪失?それとも思い出したくない記憶でもあるのかな?思い出したくない記憶が何なのかも思い出せないし、その記憶があるのかどうも覚えてないしね。そう、それはつまりただの記憶喪失って訳だ。」


どうにかして理解しようと頭をフル回転させる緋色。長い沈黙が続く中、蒼乃は気まずそうに咳払いをして緋色の胸を指差す。


「あ〜。…そういえば胸の痛みはどう?」


「…今は大丈夫です。時々痛みますが。そういう蒼乃さんはどうなんですか?」


「あぁ、僕も時々息苦しいよ。時々ね。…まぁ寝るときに苦しくなるのは勘弁してほしいかな。睡眠不足になっちゃうよ。はは。」


「…笑いのツボがわかりません。」


「なんだよ、冗談だろ。本気にしないでよ」


ニヤニヤと笑いながら机に置かれた部品を弄ぶ蒼乃に緋色が吠える。


「いえ、冗談では済みませんよ。睡眠不足は重要な問題ですね。そこに座りなさい。はぁ……全く。ただでさえ蒼乃さんは…」


長々と続く緋色の説教に蒼乃は気が飛びそうだ。

冗談が通じない奴はなぜこんなにもぐだぐだと話し続けるのだろうか。そう思う蒼乃に気づくはずもなく、緋色は一通り言いたいことを言い終え満足そうにため息をつく。


「あー。わかった、わかった。ほら、とにかく今は彼が起きるのを待とう。」


緋色は話を聞いていなかったであろう蒼乃をしばらく睨みつけていたがゆっくり頷き、彼の元に寄り添う。

伊吹が起きるまでの間、2人はたわいない話をして時間を過ごす。



そして伊吹が起きたのは暖かい光が纏う2日後の早朝だった。

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