第8話 隠れ焼きの身
「よう。」
「おはようブローズ。」
朝になり、ブローズが僕の寝床へとやってくる。
出会った当初のブローズの印象はもちろん最悪だった。
でも、今となっては最高の友達だ。
なぜほかの森では別カラスたちとうまくいかなかったのか。
その口ばしの傷跡はどうしたのか。
気になるところはいくつかあるが、特別粒立てて聞くようなことは控えていた。
なんせブローズ自身も僕について深く詮索しようとはしてこないからだ。
なぜ人間の言葉がわかるのかとか、
もっと聞いてきてもおかしくはないんだけれども、聞いてこない。
それがお互いが程よい距離感を保つ秘訣になっているのかもしれない。
まあ聞かれたら答えるし、答えたら聞く。
それくらいの受け身の姿勢でいいんじゃないかって僕は思う。
「なあ」
「うん?」
「ミギノメ、お前お姫様のことどう思ってるんだ。」
あ、結構踏み込んでくるのね。
「どうって、別に・・・」
「別にってことはないだろう。会いたい気持ちが葛藤を生む。そんな姿を見せられて『別に』を信じられるわけがない。」
「うーん」
「たまにははっきり答えてみろよ。好きなのか?」
「・・・・・わからない。自分でもよくわからないんだ。」
「はぁ?」
「なんていうか、会いたいんだ。すごく。でもそれ以上はわからないし、何となくではあるけど、言葉にしたくない。」
「・・・なんか、お前って人間みたいだよな。普通カラスってもっと単純に物事を考えるんだが、なんというか人間みたいだ。人間の考えることはいつもよくわからないからな。」
「・・・・・。」
「誤解がないように言わせてもらうが、俺はお前を心から信用してはいない。だけど、それはお前が悪いわけではない。お前は今まであったカラスの中でもだいぶ好きな方だ。だから悪いのは俺の人生だ。俺の人生が俺をそうさせたんだ。」
「ブローズ急にどうしたの。なんだか君らしくないよ。」
「いや、むしろ今までが俺らしくなかったんだ。・・・わりぃ、昨晩いろいろ考えこんじまったんだ。」
「何を?」
「色々だよ。闇ってのは嫌な奴で、少しでも隙間があるとそこにすぐ入ってきやがる。・・・一人になるとそれは顕著だ。」
「ねえ、ブローズはどこに住んでいるの?」
「へ?どこってそりゃあこの森だけども・・・」
「そんなのわかってるよ。森のどこに住んでるのか聞いてるの。」
「お前の住んでるこの場所の近くに川があるだろう。その川を越えたさらに奥の方だ。」
「僕もそこに住むよ。」
「いやいや待て待て。それはおかしな話だぜ。第一あんな薄暗いところお前には似合わないって。」
「関係ないよ。僕は君のためになりたい。」
「なんで?」
「君には救われたからさ。」
ブローズは目を丸くする。
「救われた?リンゴを盗んだり木の実ぶつけたりしたのにか?」
「君と僕が出会ったとき、僕は孤独だった。確かにひどいこともされたけど、それ以上に君の存在が僕を孤独の沼から引きずりだしてくれた。それだけは自信を持って言えることなんだ。」
「・・・・・。」
「ブローズ。もう一度言う。君のために、君の力になりたいんだ。」
うつむき加減のブローズに、僕は熱を浴びせる。
「・・・わかったよ。お前の気持ちは十分伝わってきた。」
「じゃあ!」
「だが、あそこに住むのはダメだ。住む場所はお互い、今のままだ。」
「な、なんで!?」
「さあな。本能がそう言っている。それに俺は今の段階でも十分ミギノメに恩義を感じている。だからこれ以上は借りをつくりたかぁねえんだ。」
「そっか、わかったよ。でも、あれだよ!一人で抱え込まないでなんでも相談してよ!」
「へっ、わかりましたよ。さあ、城に行こうぜ。早くいかねえと、あの姫また地面を転がってるかもしれないぜ。」
「それだけは勘弁してほしいなあ・・・。」
「なんだこれは・・・・」
「すご・・・・」
昨日とおなじ訓練場。だがその様子、気合の入り具合はかなり違う。
フィールド内には家具が入り組むような形で複雑に配置されており、ちょっとした迷路を形作っている。ところどころには兵士も待機しているようだ。
「まだ姫様の姿は見えねえな。ミギノメ、何をすると思う?」
「この感じ、きっとスパイに必要な隠密性を試すつもりじゃないかな。」
「なるほどな。残念だな、姫様がカラスだったら楽勝だったのによ。」
訓練場の扉が開き、ハンナとメイディが入ってくる。
ハンナは昨日よりも気合が入った顔つきだ。
「あなたたち、ちゃんと休めているの?」
ハンナは兵士たちに問う。
兵士たちはクマのできた虚ろな目でメイディのほうを伺う。
メイディはムッっと睨みをきかせた。
「も、もちろんでやんす!へへっ!」
「そっか!それならよかった!」
兵士は深くため息をついていた。
「ハンナ様、今日は簡単に言うとかくれんぼでございます。」
「(そらきた!)」
「あら、私かくれんぼ大好きよ。」
「この部屋の先に宝箱があり、その中の宝をハンナ様には取ってきていただきたいのですが、途中何人か兵士が見回りをしております。そやつらに見つからなぬよう上手く家具の陰に隠れたりしながら進んでいってほしいのです。」
「ふふん、さすがに得意分野ですわ。」
いつもの得意げな表情だ。
その顔が崩れないことを祈る。
「今日はタイトルコールはないんですの?」
「あれはやめました。」
「えー、私好きでしたのに。」
「すみません。全くいいタイトルが思い浮かばなかったのです。」
眉毛が八の字になるメイディ。
「制限時間は三分!」
「み、短くない?」
「スパイは迅速でなければいけません。それでは始め!」
「え、ちょ・・・」
スタートが急に切られた。
ハンナの対応力を試すつもりだろうか。
「あわ、あわわわ・・・」
ごつん
ぱりーん
「なにやつ!」
「あわわわ・・・」
ごつん
ぱりーん
「なにやつ!」
「ちょっと一旦やめましょう。」
メイディが号令をかけ、ふらふらとしながらハンナはスタート位置へと戻ってくる。
兵士たちはせっせと、ハンナが割った花瓶の破片をかき集めていた。
「ハンナ様・・・慌ててしまう気持ちはわかりますが、何も机にタックルしなくても。」
「好きでタックルしてたわけではありませんわ!ちょっと足元が楽しい感じになっておぼつかなかっただけよ!」
「なんかもうあの姫様がかわいそうになってきたぜ。国宝級のドジだ。」
「どうしようもないとはまさにあのことだね・・・」
「もう一回やらせて頂戴。今度こそ今度こそですわ!!」
「気持ちの強さも国宝級だな。」
「わかりました。しかし今度は時間は計りません。あくまでハンナ様の意識の中で最速を求めてみてください。」
「わあ素敵な提案!わかったわそうしましょう!」
「では改めまして・・・始め!」
制限時間がないとなると、あからさまに落ち着きを感じる。
なかなかにスムーズな動きで家具と家具の間を行き来し、兵士たちの目をくぐる。
「なんだ、結構いい動きできるんじゃねえか。」
メイディのほうを見ると、無表情ながらもどこか満足げなように見えた。
全体の中盤辺りまで来た。
このエリアは高めの本棚が多く並んでいるため、ハンナからも兵士たちを視認しづらい。慎重に行かなければ一発アウトな場面だ。
僕もブローズも固唾を飲んで見守る。
ハンナが本棚と本棚の間の隙間からひょこっと顔を覗かせてみると、視界には見回り兵士の横顔が見えた。
「あら、その顔はジャックじゃない!元気にしてる?」
顔を覗かせたのはハンナ自身だけではなく、その内面の無邪気さもだったようだ。
「ハ、ハンナ様。お気持ちは嬉しいのですが今は訓練に集中されたほうがよろしいかと・・・・!」
「あっ、そ、そうだったわね・・・」
ハンナはそ~っと本棚の陰に戻る。
「アウトだろそれは」
「メイディには聞こえてないみたいだよ。」
メイディは背を伸ばしたり縮めたりして様子を伺っている。
「そういう問題なのか・・?」
途中疑惑の判定がありつつも、ハンナはついに視界に宝箱を捉えることに成功した。今までのハンナと姿からしたら、信じられないことだ。
ハンナは身を隠しつつも体をゆらゆらとさせている。
既に嬉しくて仕方がないんだろう。
最終局面は見回りの数が多いが、隠れられる家具の数は少ない。
だがそれは、いたいけな少女の小さな体を隠すには充分であった。
ハンナはすいすいと兵士たちの間をすり抜けていき、気づけばあっという間に宝箱の前にしゃがんでいた。
「すげえ、透明にでもなったんじゃないか途中で。」
「うん。そのレベルだったね。」
ハンナは楽しげに宝箱をすりすりとしているが、もちろんまだ油断はできない。宝箱のある場所は壁とかで特段仕切られているというわけではないから、大きな音を出そうものならたちまち見つかる。
スパイは帰るまでがスパイだ。
ハンナはかちゃりと宝箱を開ける。
そして宝箱に喰われたか?と心配になりそうなほどに体を投げ入れ、箱の中から取り出したもの。それは
「なによこれ!ただの石ころじゃない!!!」
「なにやつ!!!!」
「ハンナ様・・・大声を出すなど、一番やってはいけませんよ。」
「(なんなら途中見回りと会話もしちゃってたけどな・・・)」
「だって!あんなに頑張ったのに!石ころって!」
「たとえハンナ様の気に入らないものであっても、依頼されたものならば命がけで取りにいかなければいけない。それがスパイってものなんですよ。」
「むぅう~~」
ハンナは地面に突っ伏す。
「まあしかし、初めてにしてはかなり良い動きをされておりました。このまま訓練を積めば必ずや立派なスパイに・・・・じゃなくて、なんでしたっけ、その、あのような体たらくでは到底、スパイになるなんぞ夢のまた夢でございますよ。」
「絶対に諦めないんだから!絶対に!ぜーーったいに!」
メイディは相変わらず難しい顔をしていた。
「今日のはよかったじゃねえか。こういうのが見たかったんだよな。」
「確かに見ごたえはあったね。」
帰路でまた僕らは感想戦に興じる。
「いやーしかし、腹が減ったな。そろそろ夜飯の時間ってところか?」
「それくらいかな?」
「なあ一つ提案があるんだが、魚喰いたくねえか?」
確かに最近木の実やら残飯ばかりを食べていたため、新鮮味のある何かを体は欲していた。
「いいね!でも、魚なんてどこにあるんだい?」
「二か所思い当たる節がある。一つはこの街の市場。」
「それはだめだ。盗むとか言い出すんだろう?」
「へっ、そういうと思ってたぜ。なら、場所は決まりだな。お前ん家の近くにある川だ。」
「おー!そうそう。いいねいいね。」
僕の寝床の近くには川が流れている。
僕はこの川が好きだ。
水はきれいで澄んでいるし、流れも比較的穏やかだから耳心地も良い。
見てよし聞いてよし。
僕はこの川が大好きだ。
「カラスが魚を獲るなんて、あまりイメージがないなあ。」
「既存のカラス像に捕らわれてはいけないぞ。これからはそういう時代だ。」
「なるほどねえ・・・で、魚獲るのは得意なの?」
「もちろん!苦手だ!だからお前に協力してもらうんだ!」
「あぁ・・・おけ。」
透明なベールが淡い光を照り返し、その下では魚たちが命を揺らつかせている。
自然の器が目の前の食料の美味さを引き立てているように思えた。
「いいか?お前は何かとつかんだり突っついたりするのがどうやら苦手だ。」
「はい。」
「だから、お前は魚がいそうなところに顔でも足でも突っ込んでとにかく荒せ。そうしたら、びっくりした魚たちは川から飛び上がるだろうよ。」
「で、飛び上がったところでブローズがGOだ。」
「物分かりがいいねえ兄ちゃん。」
僕は川の上流のほう、ブローズは下流の方で待ち構える。
「さあいけ!同志よ!」
ブローズの合図に合わせて僕は川へと飛び込みバシャバシャと暴れる。
水の冷たさが気持ちいい。
先ほどまでゆらゆらと穏やかに泳いでいた魚たちが、なんだなんだと騒ぎ始めた。
川の流れに逆らってまで逃げようとするものまで現れる。
そうこうしているうちに、一匹の魚が川からちゃぱーーんと飛び出した。
「そらきた!」
ブローズは飛び出した魚めがけてビュウと飛び、足でがっしりと掴んだ。
にゅる~ん。
そしてぽちゃんと音がしたかと思えば、ブローズの足から魚が消え失せていた。
「ああちくしょう!これだから苦手なんだ!」
再度魚を飛び上がらせるため、先ほどよりも強めにバシャバシャと暴れまわる。
さながら大宴会だ。
てんやわんやとはまさにこのこと。
その大宴会を二匹の魚が飛びぬけてきた。
さあ二次会はいかがですか?
「おいしょっ!!」
ブローズはその魚のうち一匹を足で掴む。今度は爪を立てて魚体に突き刺しているようだ。簡単には抜け出せない。
そしてブローズはなんとその掴んだ魚でもう一匹の飛びあがった魚を空中で叩き落とした。そのままその魚はべちーんと陸に叩きつけられる。「ぎょっ」と魚から声が出た気がした。
「へっ!決まったぜ!!」
勝負ありだった。
「うへ~生ぐせぇ。におい嗅いでみろよほら。」
「うわ、やめてよ。」
ブローズは自らの足のにおいを僕に嗅がせようとしてくる。
おっさんかよ。
僕らが手に入れた魚は計2匹。
サイズも数も、人間だった頃なら「すっくな」と思っていただろうが、カラスの僕たちにはまあ十分なほどだ。何より僕はブローズと協力して何かを成し遂げることができたのが非常にうれしかった。
「いやぁよくやったなぁ俺たち。」
「うん、ほんとにね!」
「で、どうやって食うんだ?」
「え、決めてなかったの?」
「いや、こうやって食べたいってのはあるんだがそれは難しいだろうなあって。」
「焼き?」
「おおそうだ。焼き魚だ。でもこの辺りに火もないし、自分たちで起こすってのも現実的ではないだろうからなあ。」
「うーーん・・・・。」
僕は一つひらめく。
「一個、試してみる価値はあるかも。」
「おっなんだなんだ?」
ブローズを連れて僕が向かった先は、かつて自分が食い散らかしを注意された宿屋、ホテルピアだった。
ここであればもしかしたら魚を調理してくれるかもしれない。僕はそんな期待をしてみたのだ。
口ばしでこつこつとホテルピアの門を叩く。中から見覚えのある女性が顔を出した。
「あら、あんたもしかしてこの間のカラスちゃんかい?」
僕はコクリと頷き答える。
あれからもたまにここに残飯を漁りに来ていたが、店主であるナオミと顔を合わせるのはあの日以来のことであった。
覚えてくれていたようでうれしい。
僕とブローズは獲ってきた魚をぺちょ・・・っと地面に置く。
「ん?くれるのかい?」
僕は大きく首を振る。
「焼いてほしい」ということを表現するように、僕は翼を広げ、ぴょんぴょこぴょんぴょこ飛び上がる。火のジェスチャーだ。
横で見ていたブローズも真似をしてぴょんぴょこ跳ねる。
「えーと・・・・焼き魚にしてほしいのかい?」
僕とブローズは首を縦にぶんぶん振る。
「わ!たぶん当たったわ!私ったらすごい!待っててね、すぐ焼いてくるから。」
そういうとナオミは二匹の魚の尾を持ち、宿の中へと姿を消した。
「すごいなお前。人間と仲がいいなんてよ。」
「別にすごくなんかないよ。巡りあわせというか、本当にたまたまだ。」
「ミギノメのことをただのどんくさいやつだと思っていたけどよ、意外とそうじゃないのかもな。」
「うれしいようなうれしくないような・・・」
そうこうしているうちに宿の中から香ばしい匂いが鼻へと流れ込んでくる。
「おーこれはこれは。かなり期待できそうだぞおいおい!」
ブローズは喉をぐるぐると鳴らしている。
「これだけでもここに来た価値はあったかもね。」
「さあ!お待たせ!」
ナオミはわざわざお皿に盛りつけてきてくれた。
待ちくたびれて仰向けに寝ていたブローズは飛び起きる。
「うっひょー!やばいぞ!やばいやばい!」
語彙力がお亡くなりになったようだ。
「カー!カー!(ありがとうございます!)」
「いいのよ、ほら冷めないうちに二人とも早く食べな!」
僕とブローズは焼き魚にがっついた。
ああ幸せだ。なんておいしさなんだ。
魚としては死んでいるが、これは間違いなくいきている。活きている。生きているんだ。久しぶり食べた調理済みのものの味は、まさに格別であった。
ほろほろと口の中で崩れゆく魚の身がなんとも愛おしい。
じゅわと脂が溢れだし、その旨さを隅々まで染みわたらせてくれる。
おいしいなあ。おいしいなあ。
「なあミギノメ・・・人間てのはこんなうまいもん毎日食ってるのか?」
震える声で聞いてくる。
「毎日ではないだろうけどね。おいしいやこれはさすがに。」
「いいなあ、にんげんっていいなぁ。おいしい魚、ほかほか魚、そしてあったかい布団で眠るんだもんなぁ。」
なんだか耳なじみのあるフレーズが耳を通過した気がしたが、今はそんなことどうでもいい。僕たちはその温かみ、優しさを心ゆくまで堪能した。
「おばさん、ありがとよ。さすがにLOVEだぜ。」
骨に付着した破片まで堪能し尽くした僕たちは感謝を伝える。
「さ、ミギノメ帰ろうぜ。いやーよかったよかった。」
踵を返し帰ろう帰ろうとするブローズを僕はちょいちょいと引き留める。
「うん?なんだよ。」
「感謝は言葉で伝えるだけじゃだめだよ。」
「どういうことだ?」
「僕たちにはやるべきことがある。」
ブローズはナオミを見上げる。大変期待を込めたまなざしでナオミは見下ろしていた。
「・・・・はいはい、わかりましたよ。まったくなーんで人間に従わなきゃいかんのかねぇ。」
「お世話になったからだね。」
「うるさい!わかってるっての。」
ブローズと僕は魚の骨をひょいと摘まみ上げると、近くのゴミ箱にぽいした。
「うんうん、本当にカラスってのは賢い子たちだねぇ。」