第7話 スーパーな日
「おい!起きろこらー!」
体感ではあるが、いつもより早く起こされた。
ブローズは、今日から始まるであろう姫様のスパイ訓練が相当楽しみだったらしい。
まあでもちょうどよかった。昨夜はあまり眠れなかったから。
「あのな、城下町の北側というか城の裏側には大きな訓練場があるんだ。普段はそこで兵士たちが訓練してる、といっても最近はあんまりやってないけど、たぶんそこで姫様も何かやるじゃないかって思うぞ。」
「さすがだねブローズ。」
ブローズは得意げに鼻を鳴らす。
「それじゃあ早速行こうぜ。お姫様の朝は早いからよ。」
城の裏側ということもあり、どこか薄暗さを感じる北のエリア。
そこには様々なサイズの闘技場のような枠組みがいくつか見られたが、そのうちの一つにメイディ、そしてハンナがいた。
「読み通りだったな。」
「ハンナ様、お気持ちに変わりはありませんか。」
「ふん、わたくしを侮ってもらっちゃあ困りますわ!ぶれない心はわたくしの素晴らしきチャームポイントですもの!」
数日ぶりにハンナを目にしたが、相変わらずの快活さだ。
僕は少しほっとする。
「・・・さようでございますか。」
「さ、爺や。そのくんれん?ってやつを始めるわよ!」
「・・・・」
メイディは何か考え事をしている。
そうして何かを思い出したかのように急に頭を抱え込んだ。
「どしたの?」
「ハンナ様、申し訳ないのですが少々お待ちください。すぐ戻りますから!」
そういうとメイディは大急ぎで城のほうへと走っていった。
「・・・爺やって意外と足が速いのね」
「おい、ミギノメ」
ブローズがいつもの耳打ちを決めてくる。
「なに?」
「姫様、今一人だぞ。」
「見たらわかるけど、それがどうしたの?」
「どうしたのって、会いに行くチャンスじゃねえか!城のものが誰も監視していない絶好の機会だぞ!」
「いやいや駄目だよ。あくまで僕らは見守るだけなんだから。」
ザザッ
?
「そうか。お前はまじめだなずっと。」
「(なんだ?今ノイズのような何かが走った気が・・・)」
「ハンナ様!お待たせして申し訳ございません!」
息を切らせながら戻ってきたメイディ。
その手にはなにやら服のようなものを抱えている。
てらてらと美しい波のように光を照らし返すその黒い布は、遠めでも上質さが十分に伝わってきた。
ハンナの足元には不格好な動物園が完成している。
「爺や、それは?」
「スパイの訓練では激しい運動が予想されます。そうなるとさすがにそのドレスではいろいろとやりにくい部分もあるでしょう。ですから私のほうで訓練用の服装を用意いたしました。」
メイディは黒い布でできた上下セパレートの服をハンナに広げて見せる。
見た感じは現代でジャージと呼ばれるものにかなり似ていた。
「わあ!お本で読んだものもきっとこうだったわよね!」
「え、ええきっとこんな感じでございます。」
たぶんメイディは自分の記憶をたどってあの服を作っている。
「素晴らしいわ!すぐ着替えてくる!」
そういうとハンナは城のほうへぴゅーッと走っていった。
「全く忙しいやつらだぜ。全然始まんねえじゃねえか。」
「まあまあ。気長に待とうよ。」
「お待たせ爺や!」
真っ黒の服を身に纏ったハンナ。
緩めの金髪縦ロールがいつもよりも映えて見える。
ダボつかず、ぴっちり過ぎず。かなりちょうどいいサイズ感だ。
「おっ。なかなか似合ってるじゃねえか。」
「すみません、お城にいるうちに渡せていたらよかったのですがすっかり忘れておりました。」
「もーいいですわそんなこと!用意してくれただけでも大変嬉しくてよ!」
「(・・・あれっ)」
今一瞬ではあるが、メイディの表情が緩んだように見えた。
なんだろうか。よくわからないがメイディが一瞬見せたその気の緩みは、僕の中に多少なりともあった彼への不信感というのを、少し晴れさせたような気がする。
「ハンナ様。」
気付けばいつもの引き締まった表情だ。
「今日は訓練初日ということで軽めに行きましょう。」
「全然飛ばしてもらっても構わないけど?」
「そうはいきません。何事も、慎重に行くべきです。スパイを目指すなら尚更。」
「あら、爺やスパイに詳しいの?」
「・・・・私も本で読んだ程度でございます。」
「そっかぁ、じゃあお揃いですわね!」
彼自身の過去は、当然隠していくつもりのようだ。
「すみませんが準備がありますので、少し目をつぶっていていただけませんか?」
「ええ!いいわよ!」
ハンナはギュっと目をつぶる。
そして満面の笑みでパッと開いた。
「・・・ええと、そしたら今度は私が良いと言うまでつぶっていてもらえますか。」
「はーい!」
たぶんまだ何も始まっていないが、どうやらハンナはこの目の運動も訓練の一環だと思い込んでいるように見える。
「ミギノメ、やっぱりスパイって目も鍛えるんだな!」
もう一人思い込んでいる人がいた。
ハンナが目をつぶっている間、メイディは手でひょいひょいとサインを送っている。
すると、70mほど離れた先で城の兵士たちがせっせと何かセットのようなものを準備し始めた。
巨大な木枠に薄い紙がピンと貼られており、その紙には大きく〇と✕が描かれている。
「(・・・なんかどっかでみたことあるな。)」
「軍団長!」
「はっ!今回の訓練は、恐れず飛び込め!スーパー〇✕クイズーーー!」
「(軍団長というよりタイトルコール係だなあれは・・・)」
「私のほうからルールを説明いたしましょう。まず、私がハンナ様にクイズを出します。そのクイズはいずれも〇か✕かで答えられるものでございます。ですので、ハンナ様は正解だと思う方の紙に思い切り飛び込んでください。正解ならばその先にはふかふかのベッド。間違いならばちょっと固めのベッドが置いてあります。」
「(どっちもベッドではあるんだな・・・)」
なんて過保護な世界。
「ハンナ様。ご理解いただけましたか?」
メイディはくるりとハンナに視界を戻す。
「〇だとか紙だとか言われても、真っ暗でなんにも見えてませんわ?」
ハンナは律儀に目を瞑ったままだった。
「・・・ハンナ様、目をあけても大丈夫ですよ。」
「わっ、すごいじゃない!あんなものを作ってくれたなんて!」
「城の者に用意させました。」
「わぁ~、ありがとう!
・・・・で、私は何をすればよいのかしら?」
「・・・・・・・」
「(がんばれメイディ・・・。)」
「よいですか。まず、私がハンナ様にクイズを出します。そのクイズはいずれも〇か✕かで答えられるものでございます。ですので、ハンナ様は正解だと思う方の紙に思い切り飛び込んでください。正解ならばその先にはふかふかのベッド。間違いならばちょっと固めのベッドが置いてあります。」
「あー!わかりましたわ!」
「(ほんとかな・・・)」
今はハンナよりメイディのほうが信頼できる。
「スパイはやはり頭がよくなければいけません。ここは是非とも全問正解を狙っていただきたい。」
「もちろんですわ!」
「なんかもっとバチバチ戦ったりするのかと思ってたけどよ。地味だな。」
僕がこれから起きることを要約して伝えると、ブローズは不満げに息を吐く。
「訓練でもしものことがあれば、それは元も子もないことだからね。」
「かわいい子には旅をさせろというのに、まったく親バカだねぇ。」
「第一問!この国の名前はカホーゴ王国である!〇か✕か!」
はい難問キタコレ。
「う~~~ん、なんかそんな感じの名前だった気がするわね・・・」
メイディは『おっ』という顔をする。
「でももう少しかっこいい感じの名前だったような・・・・」
メイディは口をひん曲げながら顔を振る。
「自分の国の名前もわかんねえのか・・・」
「大切に育ててきた弊害だろうね」
「カホーゴ王国?・・・かまぼこ・・・カマボコ王国!なんかこっちのほうがしっくりくるわね!!」
一度その間違いをしたからこそ、しっくり来てしまっている。
メイディは目を細めながら体をねじっている。
「爺や、どっちが正解だと思う?」
あろうことか聞いてしまった。出題者に。
「私なら〇を選びますかなぁ・・・」
あろうことか答えてしまった。回答者に。
「あら!私も最初からそう思ってましたわ!!では!!」
ハンナは満面の笑みで〇のほうへと駆けていった。
とたとたとたとた
ぴょーん
べいーーん
ばたっ
「「「「姫様ーーーーー!!!」」」」
あろうことかハンナは薄い紙に跳ね返され、そのまま後方に吹っ飛ばされた。
地面からハンナをかたどるようにして砂埃が舞う。
「バカモノ!!」
たまらずメイディが飛んでくる。
「紙は簡単に破けるように作れと言ったであろう!」
「いや、しかし、いや、そう作ったのですが・・・・」
「あそこまで貧弱だとは、兵士たちも想定外だろうよ。」
「兵士どころか、誰だって予想できないよ。」
「ハンナ様、大丈夫ですか!?」
「くっ、油断したわ。スパイとして一生の不覚・・・・。」
「まだスパイではないですよ・・・。」
「負けてられないわ、次こそ破って見せる!」
「意気込み方が違う気もしますが、大丈夫ならよかったです・・・。」
「第二問!」
〇✕の紙の裏では、兵士たちが水で濡らした筆で一生懸命紙をふやかしている。
破けやすくするためだ。
「姫たるもの、食事の時は上品でなければいけない!〇か✕か!」
「(簡単そうだな・・・)」
「これはダイナ王様直々にお考えいただいた問題でございます。」
「お父様が作ってくれた問題ってこと?」
「さようでございます。」
「さっすがお父様!とても簡単な問題ですわぁ!」
今度はノータイムで〇の方へと走っていく。
とてとてとてとて
ぴょーん
ぺしょーん
どさっ
「・・・・・」
「・・・・・」
「「「「・・・・・」」」」
「(・・・・・)」
「・・・これは正解のベッド?」
メイディはひょこひょこと走ってきて、二つのベッドをちょこちょこ触り比べる。
「(どっちもベッドにしたが故にわかんなくなっちゃってる・・・)」
「・・・ハンナ様、どうやら不正解のようです。」
ハンナはハニワのような顔になる。
「ダイナ様曰く、『食事の時だけじゃなく、常日頃どんなときも上品じゃないと駄目だよ~~~ん(笑)』だそうです。」
「お父様・・・・」
「なんだそりゃ、理不尽にもほどがあるぜ。」
「(運転免許の学科試験みたいだな・・・。)」
「うぅ・・・」
「・・・ハンナ様、今のとおりスパイというものは非常に過酷なものです。」
「(スパイ関係なくない?)」
「お言葉ではございますが、スパイになるのは諦めたほうがよろしいかと・・・」
「嫌よ!私は絶対に負けませんわ!!」
メイディは難しい顔をする。
「わかりました。では今日はここまでにしてまた明日別の訓練に挑みましょう。」
「望むところよ!」
「では・・・撤収!!」
「撤収!」
「「「「撤収!!!」」」
「ま、思ってたのとはだいぶ違ったが。あれはあれで面白かったな。姫様が転がったとこなんて最高だったぜ。」
「笑い事じゃないよ全く・・・。」
城からの帰り道、空の上で語り合う。
この時間は意外と好きだ。
「とにかく一つはっきりしたことがある。あいつにスパイは無理だ。」
「それはまあそうかもね。」
「そうなると問題は、やはり姫様にどうスパイを諦めてもらうか。今日見た感じだと相当しつこいぜあれは。」
「メイディはとんでもない役を背負わされたね。」
「なあミギノメならどうする?」
「え?」
「どうやって姫様を諦めさせる?」
「えー、そうだなあ・・・」
僕は首をひねる。
「・・・おいしいものを代わりに食べさせてあげるとか?」
「なんだそりゃ。随分とかわいらしい脳みそだな。王家の人間にそんなの通用しねえっつうの。」
「じゃあブローズはどうするのさ!」
「無論、言ってわからんガキは痛めつけるまでよ。」
「!!!!」
「冗談だ。そんな顔するな。・・・・実際のところはなんも思いつかねえよ。あの爺さんはよくやってる方だと俺は思う。」
「そうだよね。」
「俺はもはや爺さんがどうやって姫様という強敵を倒すかのほうが気になってきたぜ。」
「奇遇だね、僕もだ。」
「なんだよ気持ちわりい」
「えぇ??」
そんなくだらないこと話しながら、僕らはそれぞれの寝床へと帰った。
「そろそろ寝よう。なんか、なんやかんや楽しいかもな。
こういう生き方も。ふふふっ。」
ピッ
ピッ