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第5話 ザ・ファーストフレンドシップ

ハンナに別れを告げられ、その名残惜しい気持ちに区切りをつけられずに迎えた朝。

あの時はその別れを素直に受け入れるしかなかったけれど、あまりに素直に受け入れてしまったがために悲しみが尾を引く。


(「ハンナともっと一緒にいたいよ」)


その言葉を言えていたならば、こうはならなかっただろう。



・・・・情けない。


自分が。白鳥令という人間が情けなくて仕方がない。

僕はずっと成功を収めてきた。文武両道、その言葉が僕の人生を端的に表してくれていた。


だが、そのせいで僕はあらゆることに耐性がなかった。

人間としての()()ってものがまるでなかった。

だから今もこうして、一人でくよくようじうじと涙袋を濡らしているのだ。


カラスの体になってしまったからとか、よくわからない世界に急に迷い込んだからとか、そんなことは関係ない。

たとえ僕の望むような四肢・肉体・頭脳を手に入れたとしても、きっと僕は何もできない。何も成し遂げることはできない。

()()があまりにも脆すぎるからだ。


偉業を成してきた人たちに共通すること。


それは折れない心。圧倒的なメンタリティ。


その事実を僕は今、ゴリゴリと痛感させられていた。




「(ここからどうしようか・・・・)」


身寄りも心のよりどころも失った僕は飛ぶことすら忘れてとぼとぼと森を歩く。

とりあえず顔でも洗おうかと川を目指していた。



「おい、そこのお前。」



なんだろう、どこかから呼ばれた気がする。



「そこのきょろきょろしてるお前のことだよ。」



確実に誰かが僕のことを呼んでいる。

だが周囲に人間の姿は見当たらない。



「あーもう。全然見つけられてねぇじゃねえか。」



呆れたような声が静かな森に響いたと思ったら、たちまち何かが僕の前にバサ!っと落ちてきた。

僕は思わず悲鳴をあげる。


「まったく・・・情けないやつだぜ。見つけられないだけじゃなく悲鳴まであげるとは・・・・。」


目の前に降り立ったのは一羽のカラスだった。

よく見ると口ばしに大きな傷跡がついている。


「カ、カラスが喋った・・・・」

「はぁ?同じカラスなんだから会話が出来て当たり前だろうが。」

たしかに、今更ながらそう言われたらそうだ。


「お前、名前はなんて言うんだよ。」

「・・・ミギノメだよ。」

僕は右の眼を見せながら答える。

「・・・そうか。」

「君は?」

「ミギアシだ。」

そのカラスは右の足をちょいと上げながら答える。

「ふざけないでよ。」

「先にふざけたのはお前のほうだろう。」

「違う!僕は本当にミギノメって名前なんだ!」

「ふーん。」

「で、君の名前は?」

「ブローズ。」

「よろしくねブローズ。」

僕が差し出した右翼には目もくれず、ブローズは話を切り出す。


「昨日はリンゴありがとうな。」

リンゴ・・・・?

僕はハッとする。

「もしかして昨日無くしたと思ってたリンゴって!」

「あんなとこに置いておくお前が悪い。」

「あれは大切なリンゴだったのに!!」

「大切な?王国のお姫様からもらったリンゴだからか?」

「ど、どうしてそのことを??」

「どうしてって、そりゃあその様子を見てたからよ。まあいいじゃねえか一つくらい。それにお前のほうが多く食べれたんだからさ。」

「それはそうだけど・・・・・」

悲しげな顔をする僕を気に掛ける素振りすら見せずにブローズは質問を続ける。


「なあ、なんでお姫様と仲が良いんだ?」

「別に仲が良いとかではないよ。ただ一度ハンナに命を救われたことがあってそれで・・・」

「ハンナ?だれだそりゃ」

「え?誰って、そのさっきから君が言っているお姫様のことだけど・・・?」

「そうなのか?あの姫はハンナって名前なのか?」

「そ、そうだけど・・・?」

「誰から聞いた?」

「誰って、それはもちろんハンナ自身がそう教えてくれたよ。」

「・・・・・」

「・・・・・・・?」



不思議な間が空く。



「・・・・お前、もしかして人間の言葉がわかるのか?」


僕は息を飲む。

そうか、これは当たり前ではないんだ。人間からカラスに生まれ変わった僕だからこそ成し得る技なんだ。僕は人間とカラスのバイリンガルなんだ。


ああそうか。だからブローズは姫の名前がハンナだって知らなかったんだ。


「おい、聞いてるのか?人間の言葉がわかるのかって。」


さすがにもう誤魔化しは効かないだろう。


「・・・そうなんだ。実は僕、人間の言葉がわかるみたいなんだ。」

「へぇ・・・・それはそれは・・・そうかそうか・・・・」

ブローズは終始ニヤニヤしながら何か独り言をつぶやいている。

そして僕のほうを向き直しこう言った。


「お前、いやミギノメ。この後暇か?」

「このあとどころか、きっとこの先もずっと暇だよ」

「そいつは都合がいい。ついてきな。」

「え?何をするの?」

「今日は城で俺の大好きなイベントがあるんだ。だからミギノメ、お前も一緒に来い。」

「し、城に行くってこと!?」

思わず僕は声を荒げる。


「やだよ城には行きたくないよ!」

「相変わらずうるせえ奴だなぁ。いいから黙ってついて来いっての。」

「わ、ちょ、ちょっと!!」

ブローズはとてもカラスのものとは思えないような力で僕の背中を鷲掴みにし、そのまま空へと引っ張り上げ城を目指し飛び立った。





「うぅ・・・来たくなかったのに・・・・」

大きな玉座が置かれた広い広いホール。

そのホールに光を取り入れるべく設置されたいくつかの窓のうちの一つに、僕とブローズは止まっていた。ブローズが言うにはこれから起こるイベントはここから見るのが一番見やすいらしい。

しょぼんとしながら玉座の間を眺める僕をよそに、わくわくそわそわとブローズは落ち着かない様子だった。


「これ、僕もここにいる必要はあるのかい?」

「もちろん。人間の言葉がわかるお前だからこそ、この場に必要なんだ。俺のためにな。」

「き、君のため・・・?」

そんなことを話していると、兵士が二人玉座の間に入室し、そして玉座の両脇を固める形で配置についた。

「おっ、どうやらそろそろだぜ。」

「(なにが起こるんだろう・・・・?)」


玉座の間に続く大きな両開きの扉が、ドンドンと強くノックされた。

続いて扉が開かれ、人間の隊列が入場してきた。

先頭は兵士が歩いているが、腕に赤いバンダナをしている。どうやら僕が昨日街で見かけた軍団長のようだ。

軍団長の後ろを数名の市民がうつむき加減でついてくる。

手には手錠がかけられ、市民同士が鎖でつながれていた。

どうやら罪人のようだ。


軍団長に促される形で罪人たちは玉座の前に横一列で整列する。

この王国らしからぬ緊張感が、場を支配していた。


軍団長は大きく息を吸い、そして、

「ダイナ王の!ドキドキ!ジャッジメントターイム!!!」




「(・・・・・はい?)」

やっぱりカホーゴ王国はカホーゴ王国だった。


「なぁなぁ!今の、なんて言ってるんだ?やっぱり『さあ今こそ、審判の時!!』みたいなかっこいいこと言ってるのか??」

今まで聞いたことのないようなうっきうきの声でブローズは僕に問う。

なるほど、なんて言っているのか知りたかったから僕を連れてきたのか。


「・・・まぁなんか、大体そんな感じのことを言っているよ。」

なんとなく夢を壊してはいけない気がして、僕は正義の嘘をつく。

「やっぱそうなのか!!いいなぁ、かっけえなぁ」


「ダイナ王様、入場!」

軍団長の掛け声とともに、兵士によって玉座の袖にある重そうな扉がギイと開かれる。

扉から現れたのは、大柄な軍団長よりもまた少しわずかに大柄な男。

ご立派なもじゃもじゃとした黒ひげ。ご立派な王冠。そしてご立派な緑のローブ。

「(あれがダイナ王・・・ハンナのお父さんか・・・・)」

いかにもな王の姿に僕は圧倒される。

ダイナ王はのっしのっしと歩を進め、そしてドカンと玉座に腰かけた。


「それでは罪人たちよ、罪を正直に述べよ!!!」


自己申告スタイルか。


「はいせーーーーの!!!」


せーの???


「「「「◎△$♪×¥●&%#?!!!!!!」」」」




・・・・なんて?



僕はちらっと横を見る。

ブローズがきらきらした目でこちらを見ていた。

ごめん聞き取れるわけがない。



ダイナ王は罪人たちをじいいっと見つめている。

そしてゆっくりと玉座から立ち上がった。

眉間のしわが500円玉を挟めそうなほどに深くなる。


皆が固唾を飲む。

汗が額を伝い、首筋を辿る。




「・・・・・・」




「・・・ま、そういうときもあるわな ♪」

「全員無罪!帰宅!」

「「「「ありがとうございます!!!!」」」」


「(なんだこれ・・・・)」


元罪人たちの手錠が一斉に外され、そしてわ~~と帰っていった。


「いっつもこんな感じなんだけどよ!」

「(いっつもこんな感じなのか・・・)」

「あの最後のところはなんて言ってるんだ?

 『無罪放免とする!悔い改めよ!!』とか?」

「うん・・・そんな感じだよ・・・・」

「うわー、すげぇなあ。やっぱり城の人間ってかっこいいなあ。」


仕事を済ませ各自部屋へと戻っていく城の人間たちを、輝いた目で見つめるブローズ。

とても満足したご様子で、僕たちは帰路に就いた。


「俺はああいうかっこいいもんが大好きなんだ。」

森に向かって飛びながら、ブローズはゆっくりと語りだす。

「あの森にいても暇だからよ、よく城に遊びに行ってるんだ。」

「ブローズはいつからあの森に住んでいるの?」

「さあいつだっけな。でもだいぶ前だ。元々は別の遠い森にいたんだけどよ。そこのカラスたちとは馬が合わなくて。あんまりカラスがいなさそうな森を探し飛んでいたらここに流れ着いたって感じだな。」

「苦労したんだね。」

「クロウ(カラス=Crow)だけに、ってか?」

なぜかすごくうれしそうだ。


「俺はこれからも生き方は変わらねえ。やることも変わらねえ。ふらっと城や城下町で時間を潰す毎日だ。だが、そこにお前も加わってくれたら一段とその味は変わってくるだろな。」

ブローズは柔らかな表情で僕のほうを見た。

「どうだ、一緒に来るか?ミギノメ。」

「・・・・・」

「・・・なんだ、気乗りしないのか?」


ブローズの提案にはとても惹かれた。

ぶっきらぼうな面はあるものの、やっと出会えた言葉の通じる相手。ブローズと一緒にいられることは、傷心を抱えた僕にとってはかなり大きなメリットに感じられた。

だが、一つ前向きになれないことがある。

それは、


「城に行きたくないから、か?」


僕はブローズに視線を返す。


「俺にはわからねえ。なんでそんな城に行きたがらないんだ。何かひどいことでもされたのか?」

「いや・・・むしろ助けてもらっているくらいだ・・・。」

「なら別に良いじゃねえか。」

「言われたんだ。『きっともう私たちはあまり会えない』って。」

「誰に?」

「ハンナに。それにハンナのお父さんも、ハンナがカラスに会うことをよく思っていないらしいんだ。」

「そうなのか。まあダイナ王はお姫様のことにはいささか敏感なお方だからな。」

「・・・・・・」

「あのお姫様はメリーナ女王が遺した大切な宝だ。ダイナ王が過敏になるのも無理はない。」

「メリーナ女王ってハンナのお母さんのこと?亡くなっているの?」

「俺もカラスづてに聞いただけだから詳しくはわからないんだけどよ、どうやらハンナを出産するときに死んじまったらしいぜ。」

「そうだったんだ・・・・」


「だがな、それは人間界での事情だ。」

「?」

「俺達カラスには関係ない。カラスはカラスの気持ちを尊重すべきだ。違うか?」

「えっと・・・つまり?」

「細かいことは気にしねえで、自分の気持ちに従えってことだよ。ハンナに会いたいんだろ?じゃあ会いに行けばいいじゃねえか。それが野生の生き方ってもんよ。」

「で、でも・・・・」

「はぁ~、相変わらず情けないやつだなぁ。そもそもハンナに迷惑をかけなきゃいいだけの話じゃねえか。」

「それはたしかに・・・・」

「な。だから明日から一緒に遊びに行こうぜ!」

「わかったよ・・・・。」




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