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第4話 ザ・ファーストジャッジメント

深碧(しんぺき)の森を、鮮やかに染めていく。

深い草むらの中に身を隠し睡眠をとっていた僕は、葉と葉の間から漏れ出す朝日に起床を促された。


たとえ空腹だとしても、その心は希望に満ち溢れている。

生きる目標を見出した者の朝はとても清々しいのだ。


一夜を越したことではっきりした。

これは夢ではない。現実だ。

僕はライトノベルの世界にカラスとして転生してしまった。

そんなことが起きるはずはないと思っていたが、自らの身に起こってしまった以上否定のしようがない。


『箱入りお嬢様はスパイになりたい!』

幸い僕はあのライトノベルをほんのさわり程度しか読めていなかったため、この先何が起こるのかとかは全く知らない。

ヒロイン、、、ハンナがヒロインだよね?

ヒロインであるハンナの姿すら、この目で実際に確認するまではっきりとはわからなかった。

まぁ要するに完全初見でこの世界を楽しめるってわけだ。


いったいどんな展開が待っているのか・・・

未来への期待と不安がひしめき合う。

だけどそれは前までいた世界でも同じこと。

とにかく一歩ずつ、一つずつ。生きるために頑張っていこう。

さあ、まずは朝ごはん探しだ。

僕は近くの川で顔を器用にちゃぷちゃぷと洗い、城下町めがけて地面を蹴り上げた。



今日の僕は一味違う。

生きる希望を見つけた今、過去のプライドは捨てて泥臭く生きていく覚悟だ。

人間だったころは気高く優雅だったかもしれない。

だけど生まれ変わった白鳥令は全身全霊カラス一筋だ。

汚く臭く生き延びてやる。


城下町の市場には目もくれず、僕が真っ先に探し求めたのはこの町のゴミ捨て場だ。

現代社会ほど衛生環境が整えられていないこの街には簡易的なゴミ捨て場が何か所も散らばっている。なんならいたるところに生ごみがポイ捨てもされている。

その中から食べられそうなものを探し出して少しずつでも腹に蓄えていくしかない。


僕は城下町の西側、現代でいうホテル街のような形で様々な宿屋が集合しているエリアを重点的に探し回った。

ここであれば客が食べ残したものだったり、異国の旅人が持ち込んだものなどが数多く捨てられているだろうと踏んだのだ。


予想は的中した。

半分以上残されたコッペパン。未だみずみずしさを保つ果実。虫食い状態の野菜。

そうしたものがいくつも捨てられていたのだ。

人間だったころは社会の闇を静かに表す地球のインテリアに過ぎなかったものたちが、今はひときわ輝いて見える。

誇張抜きに、ごみ箱は僕にとっては宝石箱だった。


「(うんうん、野菜もしゃきしゃきで全然おいしいじゃないか。)」


そんなことを考えながら、僕は腹の虚無感を捨て去るべく欲望のままに残飯を貪り食い、大いなる満足感とともに森へ帰ろうとした、その時だった。


「こぉら!!!!」


唐突に自らを襲った甲高い怒声に思わず僕は飛び上がる。

後ろを振り返ると、そこには少々太り気味な中年女性が仁王立ちしていた。


「うちの店に迷惑かけるような真似すんじゃないよ!!」

他人から怒られた経験のなかった、もっと言えば怒鳴られたことなんてなかった僕には、これは相当なショックだった。心は鈍器でメリッとえぐられたような感覚だ。

目と口ばしをすぼめながらその場を去ろうとすると、その女性は僕を呼び止めた。


「待ちな。」

僕が食い尽くした後のゴミ捨て場を指さす。

「片づけるんだよ。」

食べることに夢中になって意識していなかったが、僕の食べた痕は破けた袋の破片やら果実の芯やらで散らかっていた。僕の所業がこの場の景観を損ねてしまっていたのは揺るぎない事実であった。


僕は反省し、言われたとおりに片づけを始める。口で一つずつ丁寧にゴミ箱に戻したり、まとめて持っていけそうなものは足で掴んで戻したり。

その様子をその女性はただじっと見守っていた。


バッサバッサと片づけを済ませ、そこのゴミ捨て場は元の綺麗さを取り戻した。

いや、僕が残飯処理をした分最初よりも幾分がすっきりして見える。

やるべきことを終え、また目と口ばしをすぼめながらその場を去ろうとする僕を、その女性は呼び止めた。

「まあ待てって。」

その女性は僕の前に(ひざまず)き、僕の目をまっすぐ捉えてこう言った。


「勘違いしないでほしいんだけど、あたしはあんたが残飯を食い漁っていたことに怒ったわけじゃないよ。それはあんたらカラスが生きていくうえで必要なことなんだろうから、しょうがないことさ。」


「ただだからといって人様に迷惑をかけるのは見過ごせないね。あたしらだってこの宿屋での商売が生きていくうえで必要なこと。それを邪魔されたらこっちだって抵抗せざるを得ない。そうだろう?」


「少なくともあたしはあんたらカラスの生命線を邪魔しない。好きなだけ食い漁りな。そのほうがあたしとしてもごみが減って助かるからね。だからこそ、あんたらカラスもあたしやほかの商人の生命線を邪魔しないこと。お互いのためにもね。」


女性は優しく微笑み、そして立ち上がる。

「綺麗に片づけてくれて助かったよ。あたしはここの宿屋『ホテルピア』の店主、ナオミだよ。()()()()、なーんて呼ばれたりもしてるね。」

ナオミはえへんと胸を張る。


「あんた、名前はなんて言うんだい。カラスにも名前はあるんだろう?」

僕は一生懸命右の眼をちらちらと見せつける。

「・・・・・・」

伝わる気配は全くない。

「・・・まぁそのうち何かの縁で名前がわかる時が来るのを祈るよ。」

そう言い残し、ナオミはこちらに手を振りながらホテルピアの中へと消えていった。





城下町の東側。

この町の住人たちの大半がこのエリアに住んでいる。

特に町全体で住宅の景観を定めてはいないようで、個々人が自由気ままに決めたであろう多種多様な家々がこの区域を彩っていた。


家と家の間には紐がかけられており、そこに人々は洗濯物を干したりカホーゴ王国の国旗を吊り下げたりしている。

この王国の治安の良さを象徴するかのようなそれに止まり、僕はこの王国にそびえる大きな城、カホーゴ城のほうをぼーっと眺めていた。


もちろんこんな立派な西洋風の城なんぞ教科書でしか見たことがなかったからというのもあるが、僕がそちらを眺めていたのはそれ以上の理由だ。


あの城のどこかにハンナがいる。

今思えば生まれてこの方、親のご機嫌取りに努めてきた人生だったから、この気持ちが恋心なのかも自分ではよくわからない。

ただとにかく、僕はハンナに会いたかった。それは確かだ。


でもそれはきっと許されない。執事のメイディが言っていたようにカラスなんて人間からしたら厄介で好ましくない存在だ。


仕方ない。偶発的に起こるハンナとの邂逅イベントを楽しみに、僕は頑張って生きていこう。

そんなことを考えながらぼんやりと城を眺めていた。


僕が止まっている物干し紐。

その下を鉄仮面のみ外した兵士二人組が通りがかった。

王国の入り口門の前にいた兵士とほぼ同じ格好をしていたから、きっとこの王国の兵士なのだろう。二人のうち一人は腕に赤いバンダナをつけている。


「軍団長様、ハンナ様に付いているあの執事のことなんでやんすが・・・・」

ハンナという単語に、僕は思わず耳を傾ける。

「メイディのことか?」

「へい。あいつはいったい何者なんでやんすか?ダイナ王様は奴に絶大な信頼を置いているようでやんすが、奴の左手首にあるバツ印付きのタトゥー。あのバツ印の下に書いてあるのは隣国のキビシイノ王国の紋章でやんす。隣国の紋章が刻まれた男がハンナ様のお守りをしているなんて、一体どういうことなんでやんすか?」


「うーん、メイディが執事になったのは俺が軍団長になるよりだいぶ前のお話だからな。詳しいことはよくわからん。ただ聞いたところによると、メイディは元々キビシイノ王国のスパイで、ダイナ王様の命を狙ってこのカホーゴ王国に潜入していたらしい。」

「え!あの爺がスパイでやんすか!?」

「バカ、大きい声を出すな!・・・・まあ結局王様を殺す前に捕らえられたらしいが、そこからダイナ王様がいくら問いただしても、どんな仕打ちを仕掛けても、その目的やらキビシイノ王国の情報やらを口に出さなかったらしい。その態度を気に入ったダイナ王様はメイディを殺さず、家臣としてこの王国に引き入れたそうだ。」


「ほえー。しかしスパイなんてすぐに裏切りそうなものでやんすが、ハンナ様が殺されでもしたらどうするんでやんすかねぇ・・・・」

「何とも言えんが・・・そこは心配ないんじゃないか?現にメイディは家臣になってから一度も不審な真似は起こしてないそうだし、そもそもこの国はもう何十年と争いなんてものとは無縁の暮らしをしているからな。」

「ほんと、ちょっとは面白いことが起きてくれてもいいでやんすけどねぇ。暇で暇でたまらんでやんすよ。」

「なーに言ってんだよ。平和が一番なんだよ。」

「それはそうでやんすけど・・・・」


兵士たちが去った後も、

先ほどまでとは違う何とも言えない感情が僕の中を渦巻く。

確かに彼らの言う通りメイディがそばにいればハンナはある程度安全かもしれない。ただそのメイディが元スパイだったと聞いてしまった以上、この悶々とした不安を拭い去ることはできない。メイディが裏切らない保証なんてどこにもないじゃないか。


でも信じるしかない。メイディを、そしてメイディを選んだ王様のことを、僕は信じるしかない。僕が関与することは許されないし、仮に何かあってもこの小さな体じゃああまりにも力不足だ。今はとりあえずこの件を放っておこう。


僕は負の感情を自らと切り離すようにして物干し紐から飛び立った。


空がオレンジに染まり、人々が夜を意識し始める頃。

僕が街を離れ帰路につき、森の入り口付近に差し掛かったところで、目下に見覚えのある金髪と白髪がとぼとぼと歩いていた。


「(ハンナだ!!)」

あまりの嬉しさに僕はほぼ直滑降で地面を目指し、凄まじい速度でハンナの前へと降り立った。

「きゃあ!・・・あれ!?もしかして、ミギノメ!?」

僕は嬉々として右の眼をちらつかせる。

「やっとみつけたわ!随分とあなたのこと探したのよ?ねえ爺や!」

「ええほんとにもう随分と・・・・」

疲弊しきった様子のメイディが答える。


「あのねっお父様にあなたのことお話ししたんだけど、やっぱりお城に連れてくるのはダメだって言われちゃったの。森も危ないからあんまり遊びに行っちゃダメだって。」

「クェ・・・(えぇ・・・)」

「だからきっとあなたとはあまり会えなくなっちゃうけど、ハンナのことは忘れないでよね!絶対だからね!私も忘れないから!!」

「クェ!(もちろん!)」

「で!最後かもってことで昨日よりも多めにリンゴを持ってきてあげたわ!ほら、爺や!」

「かしこまりましたハンナ様。」


ハンナに促され、メイディはカバンをごそごそ探る。

そうしてリンゴをカバンから3つ両手で抱えだし、僕の前にゴロンと置いた。

「(そういえば・・・)」

僕は昼間の兵士たちの世間話を思い出し、延ばされたメイディの左手首をのぞき込む。

ピシッと整えられたシャツの袖口。その隙間から、確かにカホーゴ王国のものとは異なるデザインの紋章とバツ印のようなものを確認することができた。

「(あぁ・・・本当の話だったんだな・・・・。)」


「・・・?なにかしら。爺や、ミギノメがあなたのこと見つめてるわよ。」

「はて?なんでしょうかね。同じ真っ黒の服を着ているから、仲間だと思っているのかもしれませんね。」

「そっか!よかったわね爺や!最後に仲良くなれて!」

「うれしくありません・・・」

訝しげな僕をよそに、二人はいつも通りの掛け合いをしていた。


「じゃあミギノメ。ここでお別れになっちゃうけど、元気にしてるのよ!ごはんちゃんと食べるのよ!元気にしてるのよ!あのねっ、元気にしてるのよ!」

「もう十分伝わっているでしょう」

「じゃあミギノメ!バイバーイ!・・・ほら爺やもバイバーイって!」

メイディは僕に軽く会釈をする。

「違う!バイバイって!ほら!バイバイ!」

「・・・・バイバイ」


腕が千切れるんじゃないかと思うほどブンブンと手を振るハンナ。そして呆れたような顔をしてひらひらと手を振るメイディ。

二人の姿が見えなくなるその時まで、僕は翼を仰ぎ続けた。


「(ハンナ・・・)」





「(・・・リンゴを寝床に持って帰らなくちゃ。)」

気持ちを切り替えてハンナから受け取った餞別のリンゴを一つずつ寝床へと運ぶ。

1個1個運ぶのは時間がかかるが、ほかに方法もない。往来を繰り返して寝床に運ぶことがカラスである自分の最適解だった。


2個のリンゴを運び終わり、最後の1個のリンゴのもとへ帰ってくると、その最後の1個が見当たらなくなっていた。

「あれ!?ここに置いといたはずなのにな・・・・」

風で飛ばされたのかと思い近くの草むらを血眼で探したが、まったくもって見つからない。

「どこいっちゃったんだろう・・・。しょうがない。もうあきらめて帰ろう。」


ハンナから受け取ったものは最大限味わいたかったが無くなってしまったものはどうしようもない。僕は寝床に持ち帰った2つのリンゴを時間をかけてじっくりと味わい、別れの悲しさとともに小さな体へと流し込んだのだった。


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