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第3話 ザ・ファーストコンタクト

今の僕の頭の中にはあらゆる思考が交差している。

果たしてこれは僕の夢の中の世界なのか。

僕にとっての夢の世界なのか。

夢じゃないとしたらどうしたらよいのか。


帰る術はあるのか。


母が作るスパゲッティのように複雑に絡まりあい、

母が作るスパゲッティのように味の濃いルート分岐。


鳥頭がしまい込むには随分とオーバーサイズなその不安の中で、僕には一つだけ確かな道筋が見えていた。


生きるしかない。

とにかくこの世界で生きていくしかない。


その一本筋を貫かないことには、この難題の解答にたどり着くことなんざ到底無理なお話なのである。


カホーゴ王国の看板に導かれるようにして決意を固めた僕は生きるための最初のステップに踏み出した。




「(食べ物ないかな・・・・)」

華やかな城下町。

大勢の人でにぎわい、活気と笑顔があふれるこの街。その様子を上空から観察する。

当然リンゴとか魚とかそうした食べ物類は商人たちによって販売されているのだが、当然僕にはお金がない。かといって勝手にこっそり頂戴するのも、人間上がりの僕には当然恐れ多い。


「(しょうがない、ここはひとつ交渉に出ようか。)」

意を決しスィーっとリンゴ屋の前に降り立った僕は、そこの店主に向かって声をかける。

「すいません、リンゴを一ついただいても・・・?」

「・・・・・・・」

店主は僕の声には応じず、店前を行き来する客の波を微笑みながら眺めている。


「(聞こえなかったかな?)」

店主の様子に不安を抱きつつも、今度は先ほどよりも大きな声で店主を呼ぶ。

「すいません!リンゴをくださーい!」


「やあねぇジョーイ。あんたの店、カラスが憑いてるよ。」

「なーに気にすることはないさ。そのうち飽きてどっか行くよ。」

僕の叫びを尻目に、店主のジョーイという男は通りすがりの女性客と談笑を始めてしまった。

「でもさっきからカーカーうるさいわよ?」

「どうせお腹でも空かせてるんだろう。」

「そのリンゴ一つくらいあげたら?」

「あー、だめだめ。そんなことしてこいつが懐いちまったら面倒なことになる。カラスなんて不潔だしな。食べ物を取り扱う人間には害でしかないんだよ。」

「なるほどねぇ。」


唐突に叩きつけられた現実に、視界の端が白く染まる。

僕はカラスだ。それ以上でも以下でもない。

たとえこの世界がファンタジーのものだとしても、その事実は変わらない。

人間に僕の声は通じないし、扱いもその他カラスと同様だ。

僕はこの世界で生きる心の準備ができたつもりだったが、カラスとして生きていく心構えが足りていなかった。


森へ帰ろう。このジョーイという男が非情なわけではない。人間として、商人として、あるべき姿で生きている。ただそれだけなんだ。だから僕もカラスとしてあるべき姿で生きていこう。


僕は力なく地面を蹴り上げ、ファッサファッサと空へ姿を消した。


「なんかあのカラス、えらく落ち込んだ様子じゃなかったかい。」

「まあカラスは賢い生き物だからな。俺たちの会話が聞こえてたんじゃないか?」

「また変なこと言っちゃって。」

「はっはっは!!」




ペタペタ・・・

青々とした芝生が重く踏みにじられ、僕の歩んだ道筋を示す。

現実に翼をもがれた今の僕にとっては、この芝生が先ほどよりも温かみを増しているように感じられた。

母なる大地。それだけが今の僕にとっての家であり、僕を包み込んでくれる大切な存在だ。


「なんかもう疲れちゃった・・・」

薄れた視界が疲弊を表し、薄れゆく意識が暗い未来を示す。

真緑の絨毯の上に、動かぬ点がポツリと一つ。

消えゆくろうそくの火のような寝息を立てながら、僕はそこに倒れていた。





「・・・や! ・・・爺や!」


「(・・・・・なんだ?)」


「爺や!ここにカラスが倒れているわ!!」


「(うるさいなぁ・・・・もう少し寝かせておくれよ・・・・)」



「ハンナ様、どうやらそのものは手遅れのようですぞ。」

「そんなことないわ!わずかに息をしてるし、体も動いてる!ほら!」


僕の体に、繊細で温もりのある何かがそっと触れる。


「いけませんハンナ様、カラスに触ると病気をもらいますぞ。」

「そんなこと言ってる場合じゃないですわ!この子を助けなくちゃ!」

「いけませんハンナ様、カラスを助けると面倒ですぞ。」

「いけませんいけませんって・・・お父様に言ってあなたの名前を『いけません』に変えてもらうわよ!」

「そんな無茶苦茶な・・・・」


はつらつなやり取りに、さすがの僕も薄目を開ける。

白く輝くエナメル質の靴が二足映った。片方は小さく、片方は大きい。

どうやら幼さの残る女の子とそのお付きの男が、僕についてやんややんやしてるらしい。


「わ!ほら!目をあけたわ!爺や何か食べ物を!」

「むぅ・・・・」

爺やと呼ばれるその男は、しぶしぶカバンからリンゴを一つ取り出し女の子に手渡した。先ほどジョーイのところで見たものよりも赤くみずみずしいリンゴだ。


「さあお食べ。元気になるのよ。」

天が与えた禁断の果実に、僕は即座に口ばしを突きさす。

しまった自分が鳥なのを忘れてた。いつもの感覚で口を近づけたら失敗してしまった。

口先にリンゴを突きさしながら、僕は頭をブンブンする。


「もうなにやってるのよ!」

女の子は僕の体とリンゴをつかみ、スポンと引っこ抜いた。

照れ臭そうにしながら、僕はまたリンゴとの接触を試みる。


ガリガリ・・シャクシャク・・・

ガリガリ・・シャクシャク・・・


ああ、なんておいしいんだろう。

どんな手の込んだ料理もこのリンゴには敵わない。

ありがとう、ありがとう・・・


僕はまたリンゴに頭を突っ込みながらその味を堪能し、浸った。




「すっかり元気になりましたわね!・・・頭のほうはべちょべちょだけど。」

リンゴの蜜で頭を濡らしながら、キリっとした顔で命の恩人を僕は見つめる。


緩やかながらも綺麗な縦ロール。艶やかな金髪をなびかせた元気いっぱいのかわいらしい少女。少女といっても歳は同じくらいだろうか。

スカート丈が膝くらいの高さのその純白のドレスには、差し色で赤がちりばめられていた。まるでこの子の活発な性格を表すかのように。


横には長い白髪を後ろで束ねた50か60代ほどの男性が立っていた。

口元のちょび髭まで白く染まっている。すべての角が立って見えるほど整えられた黒いタキシードが彼の服装だ。

温厚な顔立ちながらもピンと張ったその背筋は、彼の中にある揺るぎない正義を表しているように思えた。


「あなたお名前は?」

「カラスに名などありませんよ。」

「わからないじゃない。カラスにも家族がいるのよ?」


僕は(れい)という自分の名を伝えようとしたが、言葉が通じないことを思い出しため息交じりで顔を左に背けた。


「・・・・?」

その様子を、少女は不思議そうに見つめる。

そこからパッと表情が明るくなった。


「わかった!それがあなたの名前なのね!」

「「????」」

僕と白髪の男は同じような顔をして少女のほうを見る。

「えーと、、、どういうことでしょうハンナ様?」

()()()()よ!今名前を尋ねたらこの子は右の眼を見せたから、その()()()()が名前なんですわ!!!!」

「はぁ・・・・・?」


実際は違うけど、本当の名前を伝える術なんざ今の僕にはない。

しょうがない。この世界ではミギノメとして生きていこう。


「カーカー(そうだよー)」

「ほら!!そうそうってミギノメも言っているわ!!」

「いや、カーカーが名前だと言っているかもしれませんよ。」

「なによそれ。カーカーなんて。変な名前!」

「「(ミギノメも大概ですけどね・・・)」」


こうして僕は、ミギノメになった。


わたくしはハンナ!この近くの()()()()王国のお姫様よ!」

「カホーゴ王国です、ハンナ様。」

「こっちのうるさいのは執事のメイディ!私が何かするときはいつもついてきてくれるのよ!お父様からの命令で!」

「久しぶりに名前で呼ばれました。」

二人の自己紹介に応えるかのように、僕は羽根をバサバサさせる。

その姿をハンナは嬉しそうに見つめていた。


「ハンナ様、そろそろ夕食のお時間です。城へ帰りましょう。」

「ミギノメも連れて帰るわ!」

「それはいけません。生き物を無断で城に持ち込むなど、私がダイナ様に怒られてしまいます。しかもよりによってカラスなんぞ・・・」

「いいじゃない内緒にすれば。二人だけの・・二人と一匹だけの秘密ってことで!」

「カラスは一()ですぞ。とにかくそれは許されないことなのです。さあ帰りましょう。今日はハンナ様のお好きなサーモンソテーですから。」

「え!?おさかなのソテー!?やったぁ!」


ハンナは空をも飛べそうな勢いでぴょんぴょこ跳ね回る。

「じゃあミギノメ。元気にしてるのよ。必ずまた会いに来るから!」

そう言い残し、ハンナは鼻歌交じりでメイディとともに城のほうに歩いて行った。




傷だらけの心に染みわたる子供ながらの純粋さ。

その清らかな水は僕を死の淵から救い出した。

あの子のためなら生きていける。

あの子のためなら死ぬことだってできる。

そう思えた瞬間だった。

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