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第19話 漂白

「うわぁっ!!!」


プツンと途切れた記憶の流れ。


記憶の再開も途端に訪れる。


自らの声に起こされ、

一瞬の暗転から僕の目に映ったのは、薄く空に浮かびあがる僕、

()()()()顔だ。


いや待て、これは浮かび上がっているのではない。

ガラスのようなものに僕の顔が反射しているんだ。


身体を動かそうにもまったくもって自由がきかない。


どうやら僕は四肢を拘束されている。


仰向けで。


人間の身体のまま。




プシューという音とともに空気が外へと逃げてゆく。

目の前のガラス張りの何かも、その音に合わせて開かれた。

僕を押さえつけていた黒バンドも勝手に解かれる。



僕はすぐさま上体を起こし、今の自分の置かれている環境を確認する。


周囲は四方八方、目が痛くなるほど真っ白な壁に囲まれており、

一枚の壁にガラス製のドアが設置されていた。

見た感じこの空間にある()()は、

このドアの下にある薄い隙間の身のようだ。


視線を下すと、僕はMRI検査で横になるような医療的な台の上に座っていた。

この台は先ほど開いたガラス戸が閉じている状態だと、きっとカプセルのような形状になるのであろう。

服装は人間としての普段着や制服ではなく、患者着に近い真っ白な服を着ている。

自分で着替えたのだろうか。



なぜこのカプセルに寝かされていたのか。

なぜこんな無機質な空間に一人でいるのか。

いつからここにいるのか。

そもそもこれは現実なのか。


今の状況に関して、僕の頭の中で理解できていることは何一つない。


僕はとりあえず台から足を下し、部屋を模索してみることにした。

ぺたりと床に足がつき、冷たさが骨を伝う。




まず確認すべきは唯一の出入り口に見えるあのガラス扉だろう。


僕はガラス扉の方へと素足のまま歩いていき、

そして手を触れる。


床同様ひんやりとしたその感触。

軽くノックしてみるが音の跳ね返りが鈍い。

普通のガラス扉とは違い、簡単にぶち破ることはできなそうである。

ちなみに取っ手のようなものは特についていない。


ドア下にある隙間はかなり薄く、人が通れる気配は全くない。

ネズミとかであれば通れそうではあるが。


そのまま白い壁をぺたぺたと伝っていき、何か情報はないかと念入りに調べる。

だがぐるっと一周したところで、

このガラス扉に情報量で勝るものは何一つなかった。



「誰か、誰かいませんかー!」



返答はない。

跳ね返ってくる自分の声で耳が痛い。



「ここから出してくださーい!!」



希望はない。

跳ね返ってくる現実で胸が痛い。




昨晩だかに見た自分の家の夢。

その夢のほうがよっぽど現実的である。


ブローズにも、ハンナにも、

なんの挨拶もできずに今僕はここにいてしまっている。


それどころか記憶が正しければ僕はハンナに刺された。


命がけで守ったハンナに。




僕はその現実を受け入れられずに頭を抱える。

というより何が現実なんだろうか。

僕が今まで見てきた世界、そして今この瞬間も含めて、本当の現実はどの瞬間なんだろうか。

頭が痛い。

頭が痛い。

頭が痛い。




「出してくれー!出してくれー!」

僕は声の限りを尽くしながら、ガラス扉を拳で揺らす。

案の定扉は頑丈なようだ。

いくら叩いても割れる気配がない。


僕は声を出し、扉を叩き続ける。


今の僕にはそれ以外できることはない。


叩く。


叩く。


叩き続ける。


カプセルのみが鎮座するこの空間から脱出するために。




僕の拳に血が滲み始めてきた頃。


僕が扉を叩く音に紛れて、後方からドサッと何かが落ちたような音が聞こえた。


音の方を振り向いてみると、何やら黒い物体が落ちている。

クタクタによれた雰囲気で、なんだろうか布だろうか。


ゆっくりと近づき、その物体の詳細を確認できる距離に近づいた。

そして血の気が引く。



その物体は、カラスだった。

死んだカラスだった。


一応口ばし等を確認してみたが特に特徴はない。

ブローズではないようでそこは安心した。


このカラスの死体は音から察するに天井から落とされたものだろう。

つまり確実に、この部屋を、そしてこの部屋の僕の存在を認識しているものがどこかにいるということだ。


僕はまた扉を叩くために、扉の方を振り返った。



「・・・!!」


ガラス扉の向こうに、ピエロが立っている。

全身黒ずくめの服を着用し、メイクではなくピエロの面をつけているようだ。

面の目と口の部分はくり抜かれており、そこから中の表情が見えた。

中の表情も笑っている。


「白鳥令。」


男は僕の人間の名を呼ぶ。


「どうだ?全てをぶち壊された気分は。」


「なに、お前がやったことなのか!」


「正確に言うと、俺というより()()()だ。」


「どういうことだ・・・?」


男は片腕をゆっくりと上げ、房の中のカプセルを指差す。


「お前が寝ていたそのカプセル。これは指定した物語の中にターゲットを転送できる装置だ。お前のことを我々の科学力で異世界()()したのさ。」


「なにを言っているんだ・・・」


「人間として眠りについて、目が覚めたら異世界の何かになってしまっていた!なんて馬鹿な話が現実で起こるわけがないだろう。本や映画からデータを取り、そのデータを基に作られた仮想空間へとターゲットの意識を飛ばす。そのほうがよっぽど現実的なのさ。」


「僕がカラスになったのは、お前たちの策略だって言うのか?」


「『カラスになる』ということだけではない。」


男はガラス扉下の隙間から本を一冊滑らせて入れた。


「お前が持っていたそのライトノベル。その中の登場人物『ミギノメ』となることも、ミギノメとなって冒険することも、カラスの友ができることも、姫に救われることも、その姫に恋をすることも、お前がやってきたあらゆることが台本通り。シナリオ通り。自分の意志で作り上げたと思っていた物語は、あらかじめ誰かに作られたルートをただただ辿っていただけなんだよ。」


僕は戸惑う。



「そ、そんなはずがない!僕がハンナを好きなったのは()()()の意志だ!僕がブローズを友達だと思ったのも()()()の意志だ!」


「・・・・意識を仮想空間に飛ばす技術を持っている我々が、他人の意志を操作できないとでも?」


僕は言葉を失う。


「ミギノメはお前オリジナルのものではない。先ほども言ったようにその本の登場人物だ。どこで買ってもこの作品にはミギノメが登場している。お前が歩んだのは()()()の物語ではなく()()()()の物語だ。まあ多少ズレは生じたがね。」


「ズレ?」


()()()だ。あの世界で生きていて、視界にノイズが走ったことがあっただろう。それはお前がシナリオから逸れそうになったタイミングだ。もちろん我々の方で修正させてもらったがね。」



思い当たる節がある。

僕はただ疲れから、ノイズのようなものが一瞬見えただけだと錯覚していたが、

まさか本当にノイズが走っていたとは。


「・・・待てよ、修正したということは、僕の行動をどこかで見ていたのか?」


「当たり前だろう。俺直々に物語に()として入り込み、お前の身体に小型発信機を撃ち込んだり、ビデオカメラで隠し撮りをしたり。こっちも()()に全力を注がせてもらった。」


このピエロは物語の登場人物としてあの世界にいたわけではなかったから、あの世界の住人達には見えてなかったということなのか。


「発信機・・?いつそんなものを・・・。」

「大体お前があほ面で寝ているときだ。まあ発信機は途中で落ちてしまったがな。お前の身体から転がり落ちた小さな金属のあれだ。」


僕がピエロを追っていたときに身体から出てきた謎の金属。

あれは発信機だったのか。

僕は知らぬ間に、位置を完全に把握できる状態にされてしまっていたのか。


「ていうか、さっきから言ってるその『我々』ってのは何なんだ!お前たちは何者なんだ!」


男は笑う。


「我々は組織だ。組織名は明かせないがな。簡単に言うと()()()()()()()だ。」

「復讐?何に?」


「我々は陰に生きた者。陽があれば陰もある。物事は表裏一体。我々は()()()()()()に蔑まれてきた。乱雑に扱われ、影に追いやられ、人生を奪われてきた。だから我々はその()()()()()()全てに復讐をしてやろうと目論んだ。

この『異世界転送プロジェクト』もその計画の中の一つなのだ。」




「多感な時期の優秀な若者を捕らえ、異世界に転送し、意識をかき混ぜる。そうすることで優秀な若い芽を摘むのがこのプロジェクトの目的だ。」


「・・・つまり僕以外にも捕らえられている子たちがいる?」


「よく耳を澄ませてみるんだな。」


僕は言われた通り聴覚に意識を集中させる。


そうするとほんのわずかなものではあるが、何か聞こえてくるものがある。


さらに神経を研ぎ澄ます。



「いやだ!たすけてくれ!」


「戻りたい!元居た世界に帰りたいよぉ!」



聞こえるのは、どれも悲痛なものだ。



「お前はラッキーだ、あんな穏やかな世界に行けて。俺に感謝しな。」

「お前に?」

「俺はこういうやり方が好きなんだ。そして今のお前みたいな顔が見たいのだ。」




僕は床に座り込み、頭を抱える。



「・・・本当に僕の意志はないのか。」

「何度も言っているだろう。あの世界で取った行動、あの世界で見た夢。そのすべてがシナリオ通りであり、その本の通りであり、我々の思い通りだ。」

「いつから僕はここにいるんだ。」

「それは教えれんな。」

「これは現実なのか?」

「教えれんな。」

「どこからどこまでが現実なんだ!どこからどこまでが嘘じゃないんだ!どこからどこまでが台本じゃないんだ!」

「教えれんなぁ。」


僕は不敵な笑みを浮かべてそこに立つピエロ男を前にして、

ガラス扉に張り付いた。


「殺してやる!こんな思いさせやがって!みんなを返せ!僕の思い出を返せ!」

「・・・恨むなら、()()()()()()()を恨むんだな。」

「ふざけるな!!殺してやる!殺してやる!!」

「そろそろ時間だな。」


背後で自動ドアの開くような音が聞こえ、見ると一枚の壁の一部がスライドして開き、そこから黒ずくめでピエロ面の男が二人入ってきた。

手に持った何かをバチバチと唸らせている。


「な、何する気だよ・・・!」

「帰る時間だ。あとは自分でゆっくり考えな。」


「嫌だ!やめろ!来るな来るな!!来るなああああああ!!!!」



首筋に当てられたスタンガンは僕の全身に耐え難い衝撃を流し、

僕は力の抜けた人形のようにそこに倒れた。






ミギノメとして生きたこの物語。


その全ては『復讐する者たち』によって仕組まれたものであった。


僕の意志で、僕の想いで生き続けた()の人生だと思っていたが、


ただシナリオ通りに生きていただけであった。


どこからがどこまでがシナリオなのか。


どこからどこまでが敷かれたレールの上ではないのか。


どこからどこまでが本当の意味での自分の人生なのか。


もはやそんなことはわからない。


僕がこれから何をしても、


それは誰かの書いたシナリオなのかもしれないのだ。






「・・・・!・・・・れい!・・・・・令!」


僕のことを呼ぶ声が聞こえてくる。


気づくと僕は、自分の家の前で母親に抱きかかえられていた。


「ああ、生きてた・・・!良かった・・・!本当に良かった・・・!」




涙ながらに力強く僕を抱きしめる母。



母さん。




これもシナリオ通りか?








~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~












「次のニュースです。昨夜未明、市内の森林の中で少年の遺体が発見されました。

発見されたのは市内の高校に通う17歳の少年で、首に縄の跡があることから自殺の線が高いと見て警察は捜査を続けています。」


【親しい友人A】

「もともと元気で皆から人気の子だったんだけど、いつからか様子がおかしくなって・・・・」


【学校の先生】

「将来有望な子だっただけに、本当に残念な気持ちです・・・・」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~






「うーん」


「あらどうしたのお父さん。ニュース見て難しい顔しちゃって。」


「いや、17歳って言ったらうちの真奈美と同じ歳だよなあって。」


「へえ、自殺。やあねぇ世知辛い世の中って感じで。」


「・・・真奈美は大丈夫なんだろうか。」






「なーんにも問題ないわよ。なんたってうちの子は()()ですから。」




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