第18話 人狼だぁれだ
「・・・・え?」
ブローズは僕の提案に耳を疑う。
「ブローズが寝床の近くで見つけた死体、それを僕も確認したい。」
「どうしたんだよ急に。怖がってたじゃねえか。」
「それは今も変わらず怖いよ。でもそんな恐怖心よりも大事な感情が芽生えてきたんだ。」
「ああ・・・そうなのか?言っておくが、だいぶショッキングだぞ。」
「構わない。覚悟の上だ。」
僕の寝床を越えてゆき、
豊かな川をも越えてゆく。
そこから先の森の様子は、
月明かりが照らすこの夜空も相まって非情なまでの不気味さを醸し出していた。
「たしか・・・・このあたりだったかな・・・・よし、降りるぞ。」
僕はブローズの指示に従い翼を傾けてゆく。
そうして着地した地面から探り探り草をかき分けていった。
「・・・あったぞ。ミギノメ気をつけろ。」
「わかった。」
気をつけろとはもちろんそのショッキングさにだろう。
ブローズが書きわけた草陰の跡を追い先へ進んでいくと、
人間の足のようなものが見え始めてきた。
「(うっ・・・・)」
「うひゃー、相変わらずひどいもんだねえ。」
僕たちの前に現れたのは見るも無残な死体が一つだ。
腹部に数か所刺し傷があるだけではなく、
顔は刃物のようなものでぐちゃぐちゃに荒らされ、
完全に識別できなくなっている。
動物の死骸すらまともに目にしたことがない僕にとっては度を越した衝撃。
僕は喉の奥から湧き上がるものを吐き出さないよう必死に堪える。
その死体が着ている服は、以前ブローズが教えてくれたように
確かにこの国のものではなかった。
「・・・どうだ、満足したか?」
「いや、まだだ。」
「なんだよ、そんなに死体が好きだったのか?」
「違う。一つ、はっきりさせておきたいことがあるんだ。」
そのためには死体のその部位をしっかりこの目で確認しなければいけない。
僕は、死体から顔を背けたがる本能と懸命にせめぎあいをしながら
死体へと近づいてゆく。
ブローズはその後ろで僕の勇気をたたえるような目をして
見守ってくれていた。
僕が確認したい箇所、それはここだ。
僕はその死体の服の裾を足でゆっくりとめくりあげ、
左手首を月明かりのもとに晒した。
「ああっ!こ、こいつは・・・!」
ブローズは思わず声を上げた。
そこには異国の紋章、キビシイノ王国の紋章が描かれており
その紋章には上からバツ印が書き足されていた。
他でもない。メイディのタトゥーだ。
この死体はメイディだったのだ。
「くそっ、違ってくれと願っていたのに・・・!」
「よく気づいたぞミギノメ。ただこうなるとだ・・・・」
「そう、その通りだよ。」
「今、姫様のところにいるやつは誰なんだ?」
「急ごうブローズ・・・!ハンナが危ない・・・!」
僕たちは日中の疲れなどまるでないかのように大急ぎでそこから飛び立ち、
ハンナの塔へと向かった。
間に合ってくれ。
間に合ってくれ。
王国の門、市場、城門。
見慣れた景色たちが残像のように後ろへと流れてゆく。
「あっ!」
僕たちがハンナの部屋に着くと、
暗がりの中で、
ベッドで眠るハンナの方へとじりじり近づいていく影があった。
偽物のメイディだ。
右手には刃物のようなものが握られている。
「グヮグヮーーーー!!(待てーーーーー!!)」
威嚇の声を響かせ、偽メイディの方へと突進する僕。
ブローズもその勢いに加勢する。
攻撃に関して、ブローズよりも僕が先に動き出したのは初めてのことかもしれない。
偽メイディは僕らの鳴き声に気が付きこちらを振り返る。
そこに映ったのが弾丸のように自らの方へと接近してくるカラス二匹なのだから、
さすがの殺人鬼もギョッとして怯む。
僕らはその隙を突いて偽メイディを襲った。
服を引っ張ったり手を突いたり。
変装とは言え姿はメイディそっくりのため、メイディ本人を襲っているかのようなうしろめたさを感じてはいたが、ハンナのためにはそんなことも言ってられない。
「うぅ、クソ!やめろ!」
偽メイディは必死にもがき抵抗してくる。
「な、なんですの!?」
さすがのハンナもこの騒動に飛び起き、状況を確認する。
「わっ、ちょ、やめなさい二人とも!・・・・あっ」
初めこそ僕たちの気が狂い、大切な爺やを襲っているかのように見えたハンナだったが、その爺やの右手に握られたナイフの光がハンナを混乱に陥れる。
何がどうなって誰が何をしているのか。
寝起きの頭で理解するのにはかなりの時間を要するだろう。
シーツを握る小さな手が小刻みに震えていた。
偽メイディは僕らを振り払おうと腕を大きく振り回す。
だがその防御の姿勢が、思わぬ形で攻撃に転じてしまったのだ。
偽メイディの頭部の辺りを攻撃していた僕の脇腹を、
右手のナイフが切り裂いたのだ。
「うぐっ」
たまらず僕は翼で脇腹を抑え、回転するように地面へと落ちていく。
「きゃぁっ!」
「ミ、ミギノメっ・・・!」
ブローズは思わず攻撃をやめてしまい、その隙に今度は明確な意思を持った刃がブローズの胴体を狙った。
紙一重でかわし、口ばしで突き返す。
突いてはかわし、振り回してはかわし。
僕がダウンしたことで事態は一進一退のものとなった。
床に倒れる僕の前には真っ赤な川が流れ始めている。
その時部屋の扉が大きな音を立てて開かれた。
「なにごとじゃっ!!ああっ!」
ダイナ王だ。
不測の事態に備えて兵士を引き連れている。
ダイナ王の目に飛び込んできたのは
見様によってはブローズがメイディを襲っているようにもメイディがブローズを襲っているようにも見える光景。
愛娘の前で危機的状況が起きているにも関わらず、判断が鈍ってしまう。
兵士たちに指示を出せずにいた。
「いい加減に・・・・しやがれっ!!」
ブローズは友を傷つけられた怒りに任せ、足で偽メイディの顔面を蹴り上げる。
「ぐふぉぁ!」
たまらず後ろに反り返る偽メイディ。
それと同時に何かが偽メイディの頭部からはじけ飛び、ひらひらと舞って落ちた。
それは白髪のカツラと白いつけちょび髭だった。
「ああっ・・!その顔はっ・・・!」
ダイナ王は愕然とする。
変装が解かれ、真の姿を晒された悪しき人狼。
その姿は、まるでメイディが若返ったかのようだった。
「メイディジュニア・・・!」
ここ数日の連続殺人。
その犯人はメイディの息子、メイディジュニアだった。
人は大切なものを失った時、無敵の人になってしまう恐れがある。
自暴自棄となり何をしでかすかわからなくなる。
自らの素性を隠していたその変装が失われた今、
メイディジュニアに迷いはなかった。
態勢を立て直し、ハンナの方へとずんずん近づいていくジュニア。
「い、いかん!捕らえよ!その者を捕らえよ!」
ダイナ王は口早に命令を兵へと下し、
4人ほどの兵士たちは全速力でジュニアに飛びかかる。
「があああ!クソ!離せ!離しやがれ!!」
ジュニアは取り押さえられながらも必死にあがいて抵抗するが、
さすがにこの人数の軍人に抑えられては手も足も出ない。
暫くあがき続けたが、無力にも地面にねじ伏せられる形となった。
「ミギノメ!」
「おい、ミギノメ!」
ハンナとブローズが僕の元へと駆け寄ってくる。
僕の身体に触れたハンナの手は、鮮血に染まってしまった。
「ひ、ひどい傷・・・。誰か!手当を!!」
ハンナは手の空いている兵士を呼びつけ、処置を頼み込む。
僕の身体には少しずつ包帯が巻かれていった。
「・・・・・・っ!」
兵士たちの下で、
獰猛な獣と同じ目をしてダイナ王を睨みつけるメイディジュニア。
ダイナ王はどこか悲痛は面持ちでジュニアに問いかけた。
「・・・・メイディは、お主の父親はどうしたのじゃ。」
「あいつは父親なんかではない!今頃森のどこかでくたばってるだろうよ!」
兵士たちはざわつく。
「なぜこんなことをしたのじゃ!なぜ父親を殺した!」
「あいつがてめえらに捕らえられたせいで俺は『敵国に金で生かされる』なんていう惨めな生き方をさせられる羽目になったんだ!殺されて当然だ!」
「それは違う!メイディはお主のことを思って・・・!」
「やかましい!」
暴れるメイディジュニアを兵士たちは懸命に抑える。
「わしらの軍団長を殺したのはなぜじゃ!」
「・・・てめえらみてえな平和ボケした奴らなんか滅んじまえばいいと思ったんだ。だが、一人で外から攻め入るのは現実的じゃねえから内部崩壊を目論んだ。主要人物が死んでいけばそのうち勝手に王国は崩れ去っていくだろうと考えた。そのためのワンステップに過ぎねえんだよ。その軍団長とやらも、貴様の娘もなぁ!!!」
一度取り押さえに成功したが故に、心に緩みが生まれてしまっていた。
ジュニアは一瞬のその緩みに力をねじ込み、スルリと拘束から抜け出す。
「ああ!!!」
一瞬の隙を突かれた側は反応が遅れてしまう。
時は既に遅しであった。
咄嗟にジュニアの足をつかんだ兵士を引きずりながら、
床に落としていた自身のナイフを拾い上げ、シャッと勢いよく放り投げたのだ。
ナイフは風を切り、我々の視線を切り、そして
ハンナの腹部へと突き刺さった。
「はっ・・・・・」
ハンナは僕の目の前で膝から崩れ落ち、刺さったナイフはカラカラと床を転がった。
「カァカァ!!(ハ、ハンナ!!)」
「ハンナー!!!」
ダイナ王はすぐさまハンナへと駆けよる。
「は・・・はぁ・・・」
息を切らすハンナ。
「ハ、ハンナ・・・・ハンナ・・・・」
ナイフの突き刺さった腹部を抑えて座り込むハンナ。
ダイナ王はあまりの出来事にハンナの腹部に手を添えたまま言葉を出せずにいた。
しかし、ハンナは何やらお腹の辺りをもぞもぞと探り出す。
そうして懐から何かを取り出した。
それは "The Story of the SPY" と書かれた一冊の本であった。
表紙にはタイトルとともにスパイのような男のキャラクターが描かれており、
それを上書きするように大きな穴がそこに開いていた。
どうやらその大きな穴は、先ほどのナイフが突き刺さった跡のようだ。
穴は、貫通せずに途中で止まっていた。
もう少し薄い本だったら貫通していただろう。
ハンナが持つスパイの本など、一つしか存在しない。
本物のメイディがハンナに買い与えたものだ。
その本をハンナは大切にドレスの重ね着の下に挟んで持ち歩いており、
そしてそれが幸運にも、
凶刃がハンナの生命に到達することを阻止したということだ。
最後の最後にメイディの想いが、ハンナを守ったのだった。
それを見たダイナ王は安堵の表情を浮かべ、そしてキッと兵士の塊の中で暴れ続けるメイディジュニアを睨み返した。
「・・・・その者を牢へ連れてゆけ。お主は父親のもとで教育を受ける必要がある。」
手錠をかけられ、ハンナの部屋から連れ出されてゆくメイディジュニア。
カホーゴ城にはしばらくの間、ジュニアの怒号が響き渡り続けたのだった。
後日、メイディのお葬式が教会で開かれた。
亡骸は僕とブローズの案内で森から持ち出され、棺桶に納められた。
その惨さから棺桶の蓋は閉まったままだ。
僕とブローズも窓枠から参列していたが、
お葬式が終わると僕だけがハンナに部屋へと呼ばれた。
一対一でお礼を言いたいそうだ。
ハンナの部屋で僕は一人でハンナと向かい合う。
なんやかんや初めてなような気がする。
「ミギノメ、本当に助かりましたわ。あなたがいなければ、私がこの世を去ることになっていたでしょう。」
ハンナは未だ包帯に血のにじむ僕の身体を優しく抱きしめた。
体温以上の温もりに僕は包まれる。
ハンナは目に涙を浮かべながら僕の耳元でささやいた。
「ミギノメ。あなたに会えて本当に良かったわ。ありがとう。
本当にありがとう。」
そういうとハンナは、僕の口ばしにキスをした。
報われた。
救われた。
全てを肯定してくれた。
ハンナに会えて、僕は本当に良かった。
ありがとうハンナ。
ありがとうブローズ。
そしてありがとう、この世界。
ありがとう・・・・・。
本当にありがとう・・・・・・。
「姫のキスは、そいつを呪いから解放する。」
・・・・うん?
「それはここでも例外ではない。」
どこからか男の声がする。
「時が終わればまた時が動き出す。」
声のする方を見た。
ハンナと目が合う。
おかしい。聞こえてくるのは男の声なのにだ。
「この世の全ては表裏一体。」
口を動かしこちらを見つめるハンナ。
だがかわいらしい透き通ったいつもの声ではなく、
その口から聞こえてくるのは不気味な男の声だ。
気づけばハンナの背後にあったこの部屋の扉が開かれていた。
そこには男が立っている。
ピエロだ。
ピエロがそこに立ち、不敵な笑みを浮かべながらこちらを見ていた。
「白鳥令。」
ハンナの手には、いつの間にか一本のナイフが握られていた。
「終わりの時だ。」
ハンナはそのナイフで、
僕のことを突き刺した。