第17話 その純粋さを糧に
・・・・。
このにおい。
この感触。
この温もり。
羽だ。
黒い羽が目元、そして目線の先に映る。
僕は部屋の扉を開けたはずだったが、
その先にあったのは目覚めだった。
どうやら先ほどのは夢だったらしい。
ただでさえこの世界でカラスとして生きていることが
夢であるかのようなのにね。
ブローズはまだ目を瞑り、体を膨らませたりしぼませたりしている。
なんというか安心した。
果たして今日は何が起こるのか。
何をするのか。
正直なところ、あまり明るい展開は期待できない。
もはやこの物語の未来はメイディの息子に託されたようなものだ。
いやあるいはメイディ自身が立ち直ってくれると尚良いのだが。
僕は体を起こす。
夢の中ではあるものの、一度人間の身体を体感したが故になんだか感覚が不自然だ。
早いところ体を慣らさなくては。
昨日みたいなことが起こったら大変である。
僕はいつものようにして川に顔を洗いに行く。
清流。
きっとその言葉はこの川のために作られた。
そんなことを言われたとしても全く驚かないクオリティだ。
だが、今日は、今日からは少し見え方が違う。
ブローズは『俺の寝床の近くに死体があった。』と言っていた。
ブローズの寝床はこの川を越えてさらにもう少し深いところにあるはず。
その情報が出た今、この川は残念ながら三途の川である。
ああ恐ろしい。
・・・・ちょっと死体を見に行ってみるか?
いやいや何を言う。死体なんて少なくとも一人では見れない。
それにブローズの話では顔を潰されているそうではないか。
そんなもの見れたもんじゃない。
僕は川の冷たさで雑念を払拭し、ブローズの寝ているところへと踵を返した。
「おう、ミギノメ。危うく探しに行くところだったぜ。」
ブローズは寝たままで半目になりながらこちらを見ていた。
どうやら起きたようだ。
「どうだ?今朝の調子は。」
「うーん、なんだか変な夢を見てね。」
「へえ、どんな?」
「人間に戻る夢だよ。」
「そいつはおもしれえじゃねえか。」
「・・・いや、なんだか不思議な感覚だ。」
「・・・お前、本当は人間に戻りたいんじゃないのか?」
「え?」
「夢ってよ、そいつの潜在意識だったり強く願ってたりすることが反映されやすいんだ。だから、お前本当は人間に戻りたいんじゃないかなって。」
もちろん、その答えは決まっている。
『まだよくわからない』だ。
だが、これもまた逃げだろう。
ハンナへの気持ちを聞かれた時と同じ。
はっきりさせるのが何となく怖い。
「人間になりたい」といえば、カラスであるブローズのことやこの世界のことも否定してしまう気がして。
「カラスでいたい」といえば人間ではなくなってしまう、自分を見失ってしまう気がして。
言語化はしたくなかった。
でもきっと、ブローズがそういうからにはそうなんだろう。
僕は心の奥底では人間に戻ることを願っているのかもしれない。
でもやだな。
また表面上の、ハリボテの世界で生きていくのは。
「・・・どうだろうね。まだ考え中だよ。」
「まーたそれですか。ミギノメさんていつもそうですよね!」
僕とブローズはいつものように朝食の木の実を啄む。
僕は食に興味がないわけではないが、飽きやすい性格というわけでもない。
ほぼ毎日同じ食事になってもしばらく耐えられるだろう。
こうした面で言うと、僕はカラスに向いているのかもな。
いつもと同じ食事。
いつもと同じ生活。
そんな味気のない日々こそが本当の幸せなのかもしれないな。
そんなことを考えていても、現実はなかなかそうはいかない。
ハンナのことが気にかかる。
メイディのことが気にかかる。
そうした自分の中に眠る本能の部分に突き動かされ、
厳しさの中に身を投じる。
人間だった頃の自分はこういう生き方だっただろうか。
人のために自分を犠牲にしていただろうか。
親からの評価を気にして、友達からの評価を気にして優秀であり続けた僕の人生。
果たしてそれは人のためといえるのだろうか。
いや、きっと言えないだろう。
自分のために生きることが悪いと言っているわけではない。
そこに意志がないことが最悪なのだ。
そう考えたら今の僕はよくやっている。
だからこれからも、
そんな自分を貫いていこう。
「よし、そしたらハンナのもとに行こうか。」
「へっ、素直になってきたな。」
カホーゴ王国付近。
大きな門の前に辿り着いた。
なんだろう。
様子がおかしい。
いつもそこまで監視役の兵士が多いというわけではないのだが、今日はいつもよりさらに少なく感じる。
本当に必要最低限という感じだ。
むしろ足りているんだろうか。
「なんだろう、兵士が少ないね。」
「平和ボケした国だからなぁ。姫様の遊びにでも付き合わされてんじゃねえのか?」
門を越え、城下町に入る。
やはり何か変だ。
城の辺りが騒がしい。
市場も今までのにぎやかさとはどこか違った雰囲気だ。
城の辺りまで飛んできた僕たち。
「あっ、あれは」
ダイナ王だ。
ダイナ王が城の兵士に囲まれながら、城下町を歩いていた。
そばではメイディが怖い顔をしてお供をしている。
「なーんだ。パレード的なやつか。」
「・・・いや、それにしてはなんだか表情が固い。様子が変だ。ついて行ってみよう。」
僕らは街を練り歩く王様一行のあとを上空から追いかける。
王様たちは城を出て東方向、国民たちの居住エリアの方へと進んでゆく。
国民たちは王様が街に出ているという噂を聞いてかとことこと野次馬をしにくるのだが、皆その重たい雰囲気に飲まれて思わず後ずさりをしていた。
大きな通りを抜け、
狭い路地に入り、
また大きな通りに出た。
そこにあったのは教会だった。
神妙な面持ち、そして教会。
その先のことはもはや明白だった。
僕たちはすぐに止まれそうな窓を見つけ、そこに身を置く。
中では城の兵士たちが大勢座っていた。
「ダイナ王様が入られるぞ!」
兵士の一人が声を上げると、ほかの兵士たちはすぐさま立ち上がり、
入口の方を見る。
教会の扉が兵士によって開けられ、ダイナ王が姿を現した。
教会の中央の通路の先には聖母を象ったような大きな石像があり、
その下には白く大きな棺桶。
そしてその棺桶に泣きながらしがみつく兵士が一人いた。
「うぅ・・・どうして・・・どうしてでやんすか・・・・」
どうやら泣いているのはヤンス兵のようだ。
後ろからヤンス兵のもとへと歩み寄ってきたダイナ王は、肩にポンと手をのせる。
「あぁ・・王様ぁ・・・」
ヤンス兵の顔は水分でぐちゃぐちゃだ。
「・・・君には悪いことをした。これはわしの責任でもある。すまなかった。」
「そ、そんなことないでやんすよ・・・」
王様はヤンス兵を力強く抱きしめる。
ヤンス兵も、その悲しみを受け止めてもらうかのように力強く王様の身体を寄せた。
王様のローブに深いしわができる。
もう王様の肩はびしょぬれだ。
王様はヤンス兵との抱擁をやめると、棺桶の中を覗き込んだ。
僕らも窓枠からその中を注目する。
中には兵士が甲冑姿のまま眠っていた。
花が周りには添えられている。
その兵士の腕には赤いバンダナが巻かれていた。
「あれはたぶん軍団長だ。」
「なに、軍団長だと?」
「あの赤いバンダナ見覚えがあるんだ。そしてその時その赤いバンダナを巻いていた人物は軍団長と呼ばれていた。だからきっとあれは軍団長だ。」
「・・・あれはさすがに死んじまったってことでいいよな?」
「ああ、さすがにね。」
「軍団長ほどの力があるやつがいったいどうして・・・。」
ダイナ王は軍団長の遺体にそっと手を置き、祈りを捧げる。
頬を何か光るものが通り過ぎた気がした。
遺体に祈りを捧げ終えると、
ダイナ王はローブの裾を力強くはためかせながら兵士たちの方を振り向いた。
「皆の者、聞いてくれ!知っての通り、我が軍団長は昨日何者かによって殺された!傷口を見るに背中から刺されておる。つまり意表を突かれたのじゃ!暗殺じゃ!」
教会内の兵士たちは少々どよめく。
「これが意味することは、すでにこの王国内に犯人が侵入済みだということだ!戦いとは無縁の王国であったが今一度気を引き締めねばならん!軍団長を無駄死ににしないためにもじゃ!」
「おー!」と声を揃え、王様の熱意に反響する兵士たち。
これが王の威厳というものか。
「敵はどこに潜んでいるかわからん!怪しい者を見つけた時や何か違和感を感じた時はすぐに報告するのじゃ!!」
「「「「はっ!!!!」」」」
兵士たちに言葉を投げかけ、
そしてダイナ王はそばにいたメイディの肩をがしりと掴む。
そうだ。もうくよくよしていられないのだメイディ。
今王国は危機に瀕している。
ダイナ王だってもっとメイディを頼りにしたいはずなんだ。
「(がんばれメイディ・・・!)」
メイディは静かに王様の気持ちに頷いたのだった。
「これはとんでもないことになってきたぞ。」
教会を出ていつものように市場付近の屋根へと止まり、
そこからブローズは王国民の様子を眺めている。
王国民たちは事の詳細まではわからないものの、城の者たちを中心として広がる異様な雰囲気を感じ取り、ただ事ではない何かが起きているのだとざわつき始めていた。
「軍団長が殺されてきっと城の内部事情はかなりがたついているだろうね。」
「安全のためにつって城に匿われていた姫様も、もう安全とは言い切れない現状だ。」
「ハンナのそばにはメイディがいる。きっと大丈夫だ。」
「・・・・本当にそうか?」
「・・・はやく立ち直ってくれ、メイディ。」
落ち着かない。
安寧の象徴のようだったこの国が、
たった一人の殺人鬼の手によってその地盤を揺るがされている。
どこに潜んでいるかわからない。
故に、安全地帯はどこにもない。
城の者たちもお互いがお互いを疑い合う、
悲劇の人生を今後歩み続けるのだ。
「・・僕たちも犯人を捜そう。」
「まあ、そうなるよな。」
「メイディの息子とは違って、今回の犯人はこの国にいることはほぼ確定なんだ。僕たちにやれることはたくさんある。」
「あの森の死体も軍団長殺しの犯人と同じだと思うか?」
「そう考えるのが自然だよね。」
僕はどうやって犯人を見つけ出そうかと頭をひねらす。
「なあ、王様は怪しいやつとか違和感を見つけたら報告しろって言ってたんだよな?」
「うん、そう言ってた。」
「ミギノメ的にはどうなんだ?ここ最近何か違和感を感じるようなことなかったか?」
「うーん・・・」
違和感・・・・
違和感ねぇ・・・・
なんだろうか・・・
僕は記憶のロールをぐるぐると手繰り寄せる。
違和感・・・
怪しいやつ・・・
いやいるぞ。
一人いるぞ。
僕に明らかな不安感と不気味さを覚えさせた奴が。
「ピエロだ。」
「ピエロ?」
「この前この市場にいたピエロ。そいつが記憶の中で圧倒的に怪しい。」
ザザッ
ああクソ、また視界にノイズが・・・・。
疲れている場合じゃないのに。
「そ、そうなのか。でもピエロなんか見たことないぜ。」
「大丈夫。僕がはっきり見ている。ピエロを探そう。」
今はちょうどお昼時。
音楽隊たちが休憩のためどこかに行こうとしていた。
「あの音楽隊を追おう。ピエロはいつもあの音楽隊の近くにいる。」
「御意~」
音楽隊は四名ほどで
それぞれ管楽器やら打楽器を担いでいる。
向かう先はどうやら東の居住区域の方向だ。
「行ったり来たりじゃねえか。」
その通りであるがしょうがない。
音楽隊は談笑をしながら路地を抜けてゆく。
段々と見たことがある景色が増えてきた。
「あれ、ここってもしかして。」
「一回来たことあるよな?」
到着したのはかつて僕たちがハンナのために氷を拝借したバーだ。
バーの扉はブローズが刺さった穴を補修するように板が張り付けられている。
カランカラン
「いらっしゃい。いつものでいいかね。」
音楽隊はバーの中へと入っていき、
中から寡黙そうな男の声がしたが扉がぱたんと閉まってしまった。
「中にいるのはきっとマスターだろうな。」
「一応姿を確認しておきたい。どこか中を覗ける場所はないだろうか?」
僕はバーの側面へと回り込む。
そこには高い位置に小さな窓が一つだけ取り付けられていた。
幸い透明のガラス張りで作られた窓だったため、
僕は音をたてないように注意しながら窓を覗く。
中では先ほどの音楽隊四人とマスターの男が一人いた。
和気あいあいと話している様子から、顔なじみであることは重々伝わってきた。
「・・・どんな感じだ?」
窓の下で待機しているブローズは僕に尋ねる。
「・・・いや、あのマスターはピエロじゃない。あんなに大柄じゃなかった。」
「着やせするタイプなのかもよ。」
「もしそうならそれを生業に生きたほうがいいレベルだよ。」
僕は諦めてぴょんと窓枠から降りた。
カンッ
なんだろう。
何か地面から固い音がした。
音のなった方を見ると何やら小さい小さい、米粒ほどの金属の塊が一つ落ちている。
今飛び降りた衝撃で、どうやら僕の身体から出てきたようだった。
僕はそれを足で転がり寄せる。
「なんだそりゃ?」
「わかんない。なんか僕の身体から出てきたみたい。」
「え、それってうんt・・・」
「いやそういうことじゃなくて!体に刺さっていたかなんかしてそれが取れた、みたいな。」
「へえ。あれか?昨日の激しい逃走劇の中で知らぬ間に刺さっちゃってたんじゃないのか?」
「あー、そうかも。」
僕はとりあえずその金属片を道の端に蹴とばしておいた。
一つ思い付きで音楽隊の後を追ってみたものの、何も手がかりは得られなかった。
まあそうだろうとは思っていた。
音楽隊と関係があるにしては不自然な距離感だったからだ。
ここからは完全ランダム。
手当たり次第で探していくしかない。
「手分けして探そう。僕は西のホテルエリアの方に行ってみるよ。」
「おうけい、じゃあ俺は訓練場の方にでも行ってみようかな。」
「ありがとね協力してくれて。」
「協力?ただ楽しいからやってるだけだぜ!殺人鬼探しってわくわくするだろ!」
そんな「当然やったことありますよね」みたいな
テンションで来られても困ってしまう。
「じゃあ日が落ちる頃にホテルピア集合で。」
「あのおばさんのところだな。わかった。」
ブローズの方はわからぬが、とにかく僕は飛び回った。
人を見つけては尾行をした。
ちょっとした会話も聞き逃さないようにした。
それは僕には焦りがあったからだ。
ハンナが殺されたらどうしようという焦りだ。
メイディが不完全な状態である今、ハンナはいつ殺されてもおかしくはない。
軍団長が一人で城の外にいたとは考えにくいから、
軍団長が殺されたことから犯人は一度城に侵入済みであることは明白なのだ。
もし仮に犯人を見つけることができず、その間にハンナが殺されでもしたら。
僕はこの世界で生きる生きないに関わらずに
一生後悔することになるだろう。
もう迷いはない。
この気持ちに偽りはない。
僕はハンナを愛している。
心からハンナのために命を尽くしていきたいと思っている。
自分が苦しむことになっても構わない。
実際の身分など関係なしに、あの子は僕にとってのお姫様なんだ。
僕はこれからもずっと、愛する姫のために空を飛ぶんだ。
僕はハンナへの想いを翼に乗せ、命の限り大空を舞い続けた。
だが日は暮れ始め、ブローズとの約束の時間が近づいてくる。
結局ピエロは見つからなかった。
大体ピエロがいつもメイクしているとは限らない。
メイクをしてないのであれば、その該当のピエロを探すなんてほぼ不可能だ。
今日は一度中断して・・・
中断している間にハンナが殺されたらどうしよう。
いや今はとりあえずブローズが来るのをここで待とう。
僕はホテルピアの屋根に止まり、ぼーっと空を眺め彼を待つ。
空をへろへろと漂っている黒い物体が近づいてきた。
ブローズだ。
彼は僕が待つホテルピアの屋根に滑り込むようにして着陸した。
捜索に全力を注いでくれたことがしっかりと伝わってくる。
「へぇ・・・」
「大丈夫?」
「ああ・・・だいぶ飛んだぜ。北から南からどこもかしこも。俺はそいつを見たことがないからとりあえずピエロを探してみてたが、全然だ。」
「ありがとうね。」
「ミギノメは?」
「こっちも見つからなかったよ。」
「そうか・・・・姫様が心配か?」
「もちろん。」
「まあそうだよな。最後に姫様のとこに顔出して今日は終わろうぜ。」
「・・・そう、だね。」
ホテルピアの近くのゴミ箱で軽食を啄み、僕たちはハンナの元へと向かった。
きっとハンナはもう夕食を終えた頃だろう。
ハンナの塔に着くと、机に置いたランタンの灯の元でハンナは本を読んでいた。
「あら、こんな時間に珍しいですわね。」
僕たちに気が付くと、ハンナは本をぱたりと閉じた。
その口調から元気がないことが伺い知れる。
「今日はみんな軍団長様のお葬式に行ったからね、一人でこうしてお部屋で過ごしていたんですの。」
「そいつはつまらなかっただろうなあ。」
「爺やが買ってくれた本もみんな読み終えてしまいましたわ。こんなにいっぱいあったのに。最近爺や変ですの。明らかに元気がありませんし、それに」
「それに、違和感といいますか、」
あっ
もしかして、今朝の夢の答え合わせ?
ハンナが言葉を続けようとしたところで背後の扉がノックされた。
「はーい?」
入ってきたのはメイディだった。
「爺や。」
「お嬢様、そろそろ寝る時間でございます。」
「・・・・わかりましたわ。」
メイディは就寝の刻を告げると、
そのままスッと引き下がっていった。
扉が閉じるや否や、ハンナはこちらを向き直す。
「私は爺やに違和感を感じているのです。」
「ここ最近、私のことをお嬢様と呼ぶようになったのです。前まではハンナ様と呼んでくれていたのに。」
「・・・そうだっけか?」
「いや俺は人間の言葉はわかんねえからよ。」
・・・そうだっけか?
でもそういわれたらそんな気がしてくる。
僕とブローズは顔を見合わせた。
ハンナ様と呼んでいたのに、お嬢様と呼ぶようになるなんて
心に距離が生まれてしまったのか?
どうして?
「・・・私、そろそろ寝ないとですの。二人とも来てくれてありがとうでしたわ。」
ハンナは僕とブローズを優しく一撫ですると、
ランタンの灯を消してベッドの中へと潜っていった。
「・・・・なんでお嬢様って呼ぶようになったんだろう。」
気にしたことがなかったから確かではないが、
ハンナがそう言うならきっとそうなんだろう。
それにさっきハンナの部屋に顔を見せた時も「お嬢様」と呼んでいた気がする。
ハンナがメイディに感じていた違和感。
その正解は『呼び方』であった。
「なんだろうな。人間のことはよくわからんが、ハンナ様って呼ぶのが気まずくなったとか?」
「うーん・・・」
「王様にそう呼ぶよう怒られたとか?」
「うーん・・・」
どれも理由とするには弱い気がする。
そもそも意図的に変えているのだろうか。
なんだろうか。
メイディの立場に立ち、
メイディの目線となってこの違和感の裏側を頭の中で探り続ける。
いくつにもこんがらがった思考の迷路。
あっちに行ったりこっちに行ったり。
森へ帰る空の途中。
僕たちはそろって頭を悩ます。
「・・・・もしかして。」
一つ、仮説が僕の中で立てられた。
この仮説が正しいのかどうか立証するのは、とても恐ろしい。
立証する過程も、立証した後までもだ。
だが、そんな僕の気持ちとは裏腹に
その仮説は今までの不審な出来事を説明するのに、
あまりにも有効な一説であるように感じた。
この仮説を追わねばならない。
恐怖に打ち勝て。
ハンナのためにも。
「ブローズ、森の死体を見に行こう。」