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第15話 厳しさの中で

朝日の温かみを肌で感じ、薄く目をあける。

視界にブローズが映りこんでくる。

頼もしい。

居てくれてありがとう。


僕が目を覚まし、起きる時にかき分けた草の音で

ブローズは目を覚ます。


「ああおはよう。ごめんね起こしちゃったね。」

「ん、いや気にするな。まったくそんな朝から謝るなってーの。」


ブローズは横になりながら僕の身体をぺしぺしと叩いた。


今日の朝ごはんは、

昨日の城からの帰り道で見つけてきた木の実たちだ。


「・・・そろそろ虫食べるか?」


「・・・そろそろとかないよ。僕は絶対に食べない。」

強い意志を顔で表現する。


「ほんと変なとこで意地っ張りなんだよなあ。」

「変じゃない。死活問題だ!」

「はいはい、そうですカー。」



木の実をカリカリとついばみながら、

ブローズは空をぼーっと見上げていた。


「・・・?どうしたの?」


「いや、なんていうかだな。本当に何となくなんだが、今日はあまりいい一日にならなそうな気がしてな。」

「えっ、そうなの?」

「理由なんてないがな。」

「そしたら、ここでゆったりする?」

「いいや、それはそれで悪いことが起きるかもしれねえ。それにそんな()()なんぞにビクついてたら強いカラスになんてなれねえからな!」

「強いカラスになりたかったんだ・・・。」

「大体みんなそんなもんじゃねえか?」

「まあ、そんなもんかも・・・。」



ブローズの予感が心に引っ掛かりつつも、

確かにそれにおびえているようじゃつまらない。


僕たちは朝食を終えるとすぐさま城の訓練場を目指した。







数分後、訓練場に着いたが誰もいない。


「なに、二日連続でいねえなんてことあるのか。」

「ハンナの部屋に行ってみよう。」


行動は決まっていた。



「・・・あら、二人ともおはよう。」

ハンナは部屋の中にいた。

なんだか元気がない。

僕は首を傾げてみる。


「・・・あのね聞いてほしいのだけれど、爺やが来ないんですの。いつもは大体このくらいの時間に(わたくし)の部屋に来てくれるのに。」


なるほどそれで元気がないのか。


きっとメイディは部屋に居ることだろう。

僕は扉の方に翼を動かし、メイディの部屋を訪ねるよう促した。


「・・・そうですわよね。見に行きましょう。」


ハンナはゆっくりと扉から出て、螺旋階段もお姫様らしい降り方をする。

ゆっくりとメイディの部屋を目指すハンナに、どこか安心した様子のブローズ。


ハンナの来ているドレスのスカートがこんなに気品のある感じで揺れているのは

初めて見たかもしれない。




塔を出る。

そこには昨日も見た広い廊下。

だがなんだか昨日よりも更に広く寂しく見えた。


メイディの部屋前にたどり着き、ハンナは軽く扉を叩く。

中から足音が聞こえ、人が出てきた。

もちろんメイディだ。


メイディはフッと下に目線を落とす。


「・・・ああお嬢様でしたか。」

「ああじゃないですわよ。爺や、いつも朝私の部屋に来てくれていたでしょう?」

「申し訳ございませんお嬢様。」

「ほんとに・・・とりあえず、訓練に行きますわよ。まさか今日もお休みだなんて言いませんわよね?」

「いえ、そんなことはありません。行きましょう。」


メイディはそう言い、部屋から静かに出るとハンナを連れて歩き出した。

「なにしてるんですの?訓練場はこっちでしょう?」

「・・・そうでした。」



「風邪を引いてる感じはないな。」

「まあハンナに心配をかけないための嘘だったんだろうね。・・・もうあまり取り繕えてはいないけれど。」

「とりあえず俺たちも訓練場に向かおうぜ。」

「そうだね。」



訓練場に戻った僕たち。


「おや?」

そこにはダイナ王の姿もあった。

メイディのことかハンナのことか、どちらが気がかりなのかは定かではないが、

訓練の様子を見にきたらしい。


広々とした訓練場。

長机が一つポツンと置かれている。

机の上には石が数個あるようだ。


「そこの兵士たち。」

「「「はっ!」」」

「そこに並びなさい。」


机を挟んで向こう側。

ハンナとは反対の方向に兵士が三名、メイディによって並べられた。


「爺や、今日の訓練は何をするんですの?」

ハンナはメイディを見上げる。


「訓練は簡単です。この机の上に石が置かれていますが、これを動き回る兵士にぶつけてください。投擲の訓練です。」


「えっ」

「「「えっ」」」


ハンナも兵士も戸惑いを隠せない。

どうしてしまったのか。いやどうしてしまったのかはわかるのだが。

今までのような楽しい雰囲気はどこにいったんだ。


「・・・そ、そんなひどいこと私にはできませんわ。」

「ひどいこと?お嬢様、訓練とはこういうものでしょう。」

「えっと・・・・いや・・・・」


「メイディ、さすがにそれは行き過ぎておるかもじゃぞ。」

ダイナ王が割って入る。

「お前がハンナのために考えたことは伝わるが、あまり好ましいものではないのう。」


「・・・私、今日はお部屋に戻らせていただきますわ。」

「えっ、珍しいなそれは。」


ハンナは肩を落とし城の中へと歩いて行った。

ハンナがあんなに小さく見えたことが未だかつてあっただろうか。


メイディは何も言わずにただ王様向かって軽く頭を下げ、

メイディもまたとぼとぼと城へと戻っていった。


「・・・なんか、ガタガタだぜ。あの日からよ。」

「城全体が暗くなっちゃったね・・・」


「うーむ。」


王様はメイディの消えゆく背中をじっと見つめながら、考え事をしていた。

そしてしばらくして兵士を一人呼びつける。


「ちょっといいかね。」

「へい!なんでございやしょう王様!」

「すまないが、キビシイノ王国に行ってきてほしいのじゃ。」

「へっ!?今からでやんすか!?結構かかるんでやんすよ・・・?」


「馬車を貸し出すから、頼む。もうこれ以上メイディの件を放ってはおけんのじゃ。

ジュニアを探し出す必要がある。」

「えー・・・・」

「褒美はあるぞ。」

「行ってくるでやんす!」


「(あっさりと・・・・)」


時刻は昼過ぎだろうか。


僕は今の会話をブローズに伝える。

ブローズはただ虚空を見つめている。

なんだか僕と目を合わせないようにしている気がした。


だがこれは絶好のチャンスだ。

自分たちでは厳しくとも、

馬車に乗ればキビシイノ王国に迎えるはずである。


そうすればメイディのために力を果たすことだってできるであろう。


僕の中に迷いはなかった。


「ブローズ。あの兵士について行こう。メイディの息子を探し出すんだ。この王国のためにも!」

僕は熱を帯びさせ、言葉を飛ばす。


「・・・・・。」


「ブローズ!」


「はぁ~~~~」

ブローズは深い深いため息をついた。


「悪い予感が当たっちまったなー。まあでも、しょうがねえ。お前が行くなら俺も行く。そう決めたんだ。強いオスは一度決めたことを曲げちゃあいけねえからなあ。」

ブローズは首をぽきぽきと鳴らし、そして翼で僕の背中をドンと押した。


「気合入れていけよ。」



それからしばらくして、城の外には立派な馬車が構えられた。



「それでは王様、行ってくるでやんすよ!!」

「頼んだぞーーーい!」


ヤンス兵は褒美目的ながらも元気よく城を出発する。

二頭の馬が引く一台の馬車。

その中に僕らはこっそり搭乗していた。

ヤンス兵は馬車に備わった運転席のような場所に乗っている。


「ミギノメ。」

「うん?」

ブローズはいつになく真剣なまなざしで僕を呼びつけた。


「今から行くキビシイノ王国はどういうところか知ってるか?」

「いや、まったく。」

「・・・そうだろうな。まあもしかしたらもう察しは付いているかもしれないが、俺が前住んでいた森、それはキビシイノ王国近くの森のことだ。」

「そうなんだね。」


「あそこの人間がどんな奴らか詳しくはわからないが、カホーゴ王国と一緒だと考えていたら必ず痛い目を見る。普通に接していながらもどこかお互いがお互いの不幸を願っているような気がする。そんな雰囲気がある場所だ。」

「ええ・・・」


「さらにやっかいなのがな、あそこらへんにいるカラスどもだ。」

「ブローズはそりが合わなかったカラスたち?」


「ああそうだ。奴らは縄張り意識が強く、獰猛だ。きっと俺らを見つけ次第、排除しようと襲ってくるだろう。」

「でも、ブローズは知り合いもいるんじゃない?」

「いる。だが、それがどうした?って感じだ。俺は村八分にされた側の存在。そんなやつの里帰りなんぞ、誰も望んでいないのさ。」

「そんな・・・・」


「いいか、あの街でじいさんの息子を探す。それはもちろんやり通すが、絶対にカラスどもには見つかっちゃならねえ。最悪命はなくなるもんだと思っておけ。」


もしかしたら僕はとんでもない賭けに出てしまったのはないかと思わされる。


だが真剣に注意喚起してくれて助かった。


この世界に来て今が一番気が引き締まっている。





馬車の揺れに揺られ、少し眠っていたのだが

馬の(いなな)きに目を覚ます。

気づけば外は日が落ちかけていた。


「うひゃあ。相変わらずおっかない場所でやんすねえ。」

ヤンス兵の声がした。僕は馬車から顔を出し、前方を確認してみる。


ああそうだよな。


本来王国ってこれくらい厳かだよな。


キビシイノ王国は、威圧感という言葉を

具現化したような雰囲気を醸し出していた。


「ちっ、帰ってきちまったな。」


重厚な両開きの門の前で、

これまた重厚な装備の兵士が馬車の方へと近づいてくる。


「・・・何者だ。」

「カホーゴ王国の者でやんす。」

ヤンス兵は甲冑の紋章を見せる。


「何用だ。」

「メイディジュニアさんに仕送りでやんす。いつものことでやんすよ。」

ヤンス兵はにこやかに答える。

意外とこういう時は物怖じしないらしい。


「・・・入ってよし。」


ゴゴゴゴとうなりをあげて扉が開かれる。

僕たちはとうとうキビシイノ王国に入国を果たしたのだ。



ブローズはずっと馬車の中でじっとしていた。

下手な真似はしない所存なのだろう。

正しい選択だ。




「えーっと、メイディジュニアさんのお家はっと・・・あっ、ここでやんすね。」

馬車がキイと音を立てて止まる。

どうやら目的地に着いたようだ。


「メイディジュニアさーーん!いるでやんすかーーー!」


「ブローズ、僕たちも行こう。」

「ああ。」


僕とブローズも飛ぶことは控えつつ、なるべく小さくなりながら

ヤンス兵の後ろをついていく。




「(あ、これは・・・・)」


路地の片隅にペナントが捨てられている。

キビシイノ王国の紋章が描かれているようだ。


「(この紋章、メイディの左手首に描かれているものと同じものだな。)」


見覚えがあったのだが、それはメイディの入れているタトゥーと同じ紋章であった。


紋章と別れを告げ、捜査を続ける。




小一時間探し回り、

ヤンス兵を見失わない程度に離れて探したりもしたが、結局息子は見つからなかった。

周囲は完全に闇に包まれ始めている。


「ふぅ。わかりきってはいたでやんすが、やっぱり見つからなかったでやんすねぇ。

 さて、そろそろ帰るでやんす。」


ヤンス兵は諦めをつけ、馬車を置いてきた方へと戻っていく。


「リスクを冒したが見つかんなかったな。」

「しょうがない。僕たちも帰ろうか。」


ヤンス兵の後を追い自分たちも帰ろうとした。


その時だった。



「おいおい、どこから来たんだいおチビちゃんたち。」


どこからか声がする。


ヤンス兵は何も反応しない。


つまりこれは人間にはわからぬ声。


カラスの声だ。


僕とブローズは上を見る。


屋根付近の吊り看板。

そこに一匹のカラスが居た。


カラスなんてみな同じ顔だと思っていたが、このカラスは違う。

内なる狂暴性が溢れ出ているように感じた。


「おや、その口ばしの傷はもしかしてブローズじゃないの。おかえりだねぇ。猫ちゃんに負けた情けないカラスの登場だあ。」


「クソっ見つかっちまった!」


そのカラスは鋭い目つきで僕らを睨みつける。


「勝手にのこのこ入ってきて、なんの挨拶もなしに帰ろうとするだなんて・・・・。これは《《お仕置き》》が必要だなあ。そのお友達も一緒にねえ・・・・。」

「ミギノメ逃げるぞ。」

「え?」

「早く逃げるんだ!」


ブローズにグイッと羽を引っ張られ、

咄嗟に逃げの体制となる。


「逃がさねえよ。おいお前ら!」


そのカラスが大きく号令をかけると、

街のいたるところからカラスの鳴き声が聞こえ始めた。

威嚇の鳴き声だ。


ただならぬ雰囲気を感じる。


僕とブローズはものすごいスピードの低空飛行で路地を駆け抜けてゆく。

風を切る音で耳が痛い。


僕はちらっと後ろを見た。

そして後悔した。

真っ黒い塊が、僕たちと同じような速度で迫ってきてたのだ。


逃げる。


逃げる。


必死に逃げる。


気を抜けばもう先はないだろう。





「・・・ん?なんの音でやんすか?」


先に馬車に乗っていたヤンス兵は

さすがに大きな羽根音とカラスたちの鳴き声に異変を感じ始める。


ヤンス兵は後ろを確認した。


そして驚愕した。


ものすごい数のカラスたちがこちらめがけて飛んできていたのだ。




「えええ!!!は、早くいくでやんすよ!!!!」


ヤンス兵は急いで馬に鞭を入れる。

馬が高く吠え、地面を蹴り始めた。


「まずい!急げミギノメ!」

「急いでるよ!!」


置いていかれたら命はない。


僕たちは死に物狂いで場所を目指し、風となる。



あと少し・・・・


あと少し・・・・



真後ろでは口ばしをガシガシと鳴らす音が聞こえ始めている。




「「うりゃああああああーーーーー!!!!」」


そして僕たちは気合で馬車の中に滑り込んだ。

馬車の入り口が少し開いていて助かった。

急いで入り口の扉を閉める。

だが馬車の入り口は木でできているため、カラスに襲われて今にも壊れそうになっていた。


「いやあああ!!!やめるでやんすよおおお!!!」



ヤンス兵は感情に任せて鞭を叩く。


馬車を引っ張っていながらもさすがの馬力でぐんぐんとスピードを上げていく馬たち。


二頭の馬の頑張りもあってキビシイノ王国の門を出る頃には、

なんとかカラスたちを振り切ることに成功したのだった。









「おお、帰ってきたか。どうじゃった。メイディジュニアはいたかの??」

「・・・いなかったでやんすよ。」


地面に身体を投げ、力尽きた様子で帰還報告をするヤンス兵。


「そうか・・・わかった。ご苦労じゃった。」

「もう二度と行かないでやんす・・・・・。」


ヤンス兵は地面を這いつくばりながら城の方へと戻っていったのだった。






「なんとか帰ってこれたね。」

「・・・なんの成果も得られなかったけどな。」


わずかながらも残された体力で寝床へと帰ってきた僕たち。

それはヤンス兵とは違い、馬車の中で少し眠れたからであろう。

草むらに大の字で横になり、僕らは語り始めた。


「メイディのために動けただけでも僕は満足だよ。」

「へえ、おめでたい奴だ。危うく死にかけたんだぜ。」

「そうだけど、メイディだって大切なもののために命を張る覚悟だったんだ。

 僕だってそう生きる覚悟だよ。」

「・・・ほんと、尊敬するよ。お前みたいなカラス見たことねえ。」

「・・・・・。」



僕は心に引っ掛かり続けていた。

「もとは人間だった」ということを隠しているのは、

なんだかブローズに対して不誠実な気がしていたのだ。


ずっとずっと申し訳ない気持ちがあった。


だから僕はともに命を懸けたこの夜に、もうひと勝負仕掛けてみようと思う。




「ブローズ、あの・・・」

「ん?なんだ?」


ブローズは横になったまま、声だけで興味を示す。


「あの、実は僕人間だったんだ!人間からカラスになったんだ!」


「・・・・・・。」


「・・・。」




「・・・ああそう。それはよかったぜ。」

「・・・え?よかったって?」


ブローズはゴロンと寝返りを打ち、こちらを向き直した。


「そっちのほうが《《自然》》なんだよ。元は人間でしたって言われたほうが、お前という存在がしっくりくる。」

「そ、そうなのか・・・・。」


ブローズは拍子抜けした僕の顔を見て、軽く笑った。

「別に驚きやしねえよ。お前に何があろうと、お前が俺にとって大事な友達であることに変わりはない。だろ?」

「ブローズ・・・」


「さ、もうそろそろ寝ようぜ。さすがに疲れちまったよ。」

ブローズは変わらず笑顔を見せてくれた。

ブローズは僕の心の引っかかりを取ってくれた。


僕は本当に恵まれている。



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