第13話 地味ながらも
「なんだミギノメ、すごい疲れて見えるぜ。」
「疲れというかあまり眠れなかったんだ。」
「なんで?」
「メイディのことが気になって・・・」
「あの爺さんか?前の日のことは引きずっちゃ駄目だぜミギノメ。俺なんか寝たらすっかり忘れちまってるよ!」
鳥頭だからかな、と言おうとしたがそれは大変失礼な気がしたからやめた。
ブローズが羨ましい。
僕は物事を引きずりやすい性格なんだ。
「俺たちにできることは限られてるんだ。考えたって無意味なことさ。」
「それはそうだけど・・・。」
「それにあいつはガキじゃないんだからよ、自分でなんとかできるだろ。」
「それもそうなんだけど・・・・。」
「じゃあとりあえず城に行こうぜ。考えるより行動を起こしていくべきだ。」
「わかった。向かおう。」
僕たちはいつもの訓練場に着く。
だがそこには誰もいない。
もぬけの殻だ。
「・・・そういう日もあるか。」
「こういう時次に行く場所は決まってるよな。」
次に目指したのはハンナの部屋がある塔だ。
僕たちは窓枠に止まる。
「おお、お二人。ちょうどいいところに来ました。これから訓練が始まりますぞ。」
部屋の中にはメイディとハンナがいた。
机を挟んで一対一で向かい合っている。
机の上には六つのコップが裏返しで置かれており、近くにはコインが一枚添えられていた。
「ミギノメにフレンちゃん!」
「慣れねえなー。」
「来てくれて嬉しいわ!なにやら今日はき、きおくりょく?とやらの訓練らしいですわよ!」
「既にちょっと怪しいですが、そうです。本日は記憶力を試させてもらいます。」
どうやら今までのように大がかりなセットは何もない。
メイディはコップとコインを一つずつ手に取る。
「ハンナ様。物を覚えることに自信は?」
「もちろんありますわ!!」
「説得力のかけらもねえな・・・・。」
「それではその自信を試させてもらいましょう。私がこのコップのどれか一つにコインを入れます。そしてこの机上で六つのコップをスライドさせシャッフルし、どのコップにコインが入っていたかをハンナ様に当ててもらいます。記憶力と動体視力が試されるでしょう。」
「どうたいしりょくって?」
「早く動くものを見る力のことです。」
「わかりましたわ!」
ハンナは自信満々なご様子。
鼻をふんふんさせている。
「なんかよ、」
「いや、わかるよ言いたいこと。やけに地味だよね、今までに比べたら。」
「ああ。何か考えがあってのことか?」
時には派手さよりもその実用性が重視されるべきということなのだろうか。
メイディは裏返したコップの下に、
ハンナに見えるようにしながらコインを滑らせる。
「このコップに隠します。よろしいですね。」
「ええもちろんですわ。いつでもいらっしゃい。」
「ではまずレベル1から。」
メイディはコインを入れたコップを伏せ、
ほかのコップと一緒にシャッフルを始める。
ハンナは目だけでなく顔ごと動かす勢いでコップを追っていた。
コップが机の上をスライドする音だけが石壁に反射する。
音が止んだ。
メイディがハンナの方を見る。
「・・・さて、どのコップにコインが入っているでしょうか。」
2x3で机の上に配置されたコップ。
僕の見た限りだと正解は左上だ。
「真ん中の下のやつだな!」
おっと意見が分かれた。
ブローズはさきほどのハンナとそっくりな顔つきをしている。
「この左上のやつですわ!!」
「あーあーやっちゃったねえ。」
「わかりました。」
メイディはゆっくりと左上のコップを開く。
そこにはコインが一枚置かれていた。
「おめでとうございますハンナ様。」
「ふん!こんなの楽勝ですわ!!」
僕は右側にいるブローズの方をジトーっと見た。
ブローズは僕から顔をそらしていた。
「では本気を出させてもらいますよ。」
「私の方こそ、本気で行かせてもらいますわ!」
メイディは再度、ハンナに確認するようにしてコップの下にコインを入れる。
さあシャッフルタイムだ。
メイディは小さく息を吸い、そして勢いよくコップをシャッフルし始めた。
まじかよ残像まで見え始めているぞ。
人間ってこんなに速く物を動かせるんだと感心してしまうレベルだ。
ハンナはコップの動きに合わせて頭をぐるんぐるんさせている。
もしハンナがプラモデルだったならば、首がポキンといってしまっているだろう。
しばらくして、メイディはピタリと動きを止めた。
「ハンナ様。さあ。コインはどこにありますでしょうか。」
ハンナはまだ頭をぐるぐるさせている。
完全に翻弄されたようだ。
「・・・・・・。」
ブローズはコインの在りかについて一言もしゃべらなくなった。
どうやらこの戦いにおける身の程をわきまえたようだ。
ぐるぐるぐるぐる・・・・
メイディはパシッとハンナの顔を両手で捕らえる。
「はっ!」
「ハンナ様、大丈夫ですか?」
「わかったわ爺や!また左上よ!」
今度は僕もどこに行ったかわからない。
さすがにあの速さを捉えるのは無理だ。
「わかりました。左上ですね。」
メイディは指定されたコップをパカッと開ける。
そこに、コインは無かった。
「残念でしたねハンナ様。」
「むー!もう一回よ!必ず・・・」
「いや、これ以上やるとハンナ様の首がもちませんよ。」
そんなにハードな訓練でもないはずなのにね。
「え、そしたら、今日はこれで終わり?」
「はい。そういうことです。」
「なんだ、本当にただこれだけなのかよ。」
「珍しいですわね。なんというかとてもシンプルですわ。」
さすがのハンナもそう感じたらしい。
「申し訳ございませんハンナ様。今回は私の力不足でして、良き訓練を考えることができませんでした。」
「あら、そうでしたのね。いいのよ爺や。いつも付き合ってもらってますからね。」
どうやら何か考えがあってのこのシンプルな訓練だったわけではなくて、単純に過度の疲労と困憊が思考の妨げを行った結果らしい。
「お二方もせっかく来てもらいましたが今日はこれで終わりです。」
メイディは前回同様僕らに軽く頭を下げる。
「別に気にしなくていいのにな。演劇みたいに金払って見に来てるわけじゃねえし。」
「真面目な性格が身を蝕んでいるような気がするね。」
僕らにあいさつを済ませ、メイディはハンナの部屋を後にした。
「・・・・・」
ハンナはただそこに立ち尽くしている。
元気のないメイディに思うところがあるのだろうか。
「ねえ!」
ハンナは急にこちらを振り向く。
僕とブローズは思わず飛び上がった。
「一生に遊びましょうよ!せっかくいい天気ですのに外に出ないのはもったいないですわ!」
「遊ぶ?遊ぶっていったい何して・・・おわぁ!?」
そういうとこちらが返事をしきる前に、ハンナは僕らをぐわっと抱きかかえ、そのまま城の庭目指して跳ねるようにして走っていったのだった。
城のちょうど中央らへんには吹き抜けの青天井で庭が設置されており、木々や花が自然に近い形で植えられている。
このカホーゴ王国という場所がどういうところであるかを端的に表したかのような雰囲気がそこには広がっていた。
「・・・あら?」
小鳥のような足音を立てて庭に登場したハンナ。
そこではダイナ王が花たちに水をやっていた。
「お父様!」
「むっ!その声はわしのかわいいこっこちゃんじゃな!」
なんだか久しぶりに見た気がするが、相変わらずの親バカぶりである。
「おやお友達も一緒じゃないか!今日は訓練はどうしたんじゃ?」
「訓練はもう終わりましたわ!」
「なに!スパイになるのを諦めてくれたのか!」
「そうじゃありませんわ!今日の訓練が終わったということですわ!」
「おお、そうかそうか・・・・。」
思わずボロが出る王様。
「・・・それにしても訓練が終わるのがいつもより早い気がするのう。メイディはどうしたんじゃ?」
「うーんきっと爺やのお部屋にいると思いますわ。」
「・・・そうか。ではわしはメイディのところに顔でも出そうかの。」
ダイナ王は象さんのじょうろを片手に城の中へと戻っていった。
メイディの息子が行方不明になってしまったことは当然王様も知っている。
きっとメイディのことを気にかけているんだろう。
それは無理もないことだ。メイディをこの王国に置くことにした彼にも責任がある。
「ちゃんと王様らしいところもあるんだなあの人。」
「上に立つ者らしさが出たね。」
「さあ気を取り直して一緒に遊びますわよ!」
僕たちはやっとハンナの腕から解放される。
ブローズの身体を見ると腕の形に跡がついていた。
きっと僕もそうなんだろう。
「ふいー。で、何して遊ぶんだろうな。」
「わからないけど、ハンナの考えることは読めないからね。怖いったらありゃしない。」
ハンナは庭の木の陰へと駆けてゆく。そうして何か板のようなものをこちらへと持ってきた。
「・・・・なんだこりゃ。」
「わたくし、カラスはとっても賢い生き物だと爺やから聞きましたわ。ですから、わたくしとこのオセロで勝負していただきますわ!」
・・・え、庭で?
「外で遊びなさい!」と親に言われた子供が公園で携帯型ゲームで遊ぶ、みたいな光景を現代で幾度となく目にしてきたが、この世界にも似たようなことがあるんかい。
「・・・おせろってなんだ。」
「説明が難しいんだけど、相手の駒を自分の駒で挟んだらそれはひっくり返って自分の駒になるんだ。で、最終的に駒が多かった方の勝ちって感じかな。」
「すまん全然わからん。ここはお前に任せるぞミギノメ。」
ブローズはひょこひょこと僕の後ろに下がっていった。
「いいですわ、ミギノメが相手ですわね。」
いくら賢いとはいえカラス相手にオセロを仕掛けるとは。
結構グロイことするのねハンナって。
「使う駒はもちろんミギノメが黒で、私が白ですわ!」
「(自分からオセロ持ってきたってことは自信があるのかな・・・?)」
「そんな目で見たって私容赦は致しませんわ!オセロは私の得意分野ですからね!」
「さあ!いきますわよ!!!!」
どれくらいの時間が経っただろうか。
たぶんだけど、数分くらいな気がする。
ふかふかに整えられた芝生の上には、
真っ黒に染まったオセロの盤面が一つ。
そしてうつ伏せに突っ伏して動かなくなったお姫様が転がっていた。
「なんかよくわからんけど、たぶんミギノメの圧勝だよなこれ。」
「うう・・・・どうしてですの・・・・」
「悪いやつだなお前・・・」
「手を抜く方が失礼な気がして・・・」
ブローズは大地に潤いを与え続けている姫様のもとに近寄り、その頭を翼で優しくなでる。
「おーよしよし、ひどいことされちゃったねえ。」
「うう・・・カラスって本当に賢いんですわね・・・・」
どうやら自然の脅威(?)を身をもって体感してくれたらしい。
「ほら、もうこんな小難しいのはやめて気楽に遊ぼうぜ。」
ブローズはどこかからボール、というより蹴鞠に使う鞠に近い玉をいくつか持ってきた。
「うう・・・あ、これで遊びたいんですわね?いいですわよ。ミギノメが後悔するくらい遊んで差し上げますわ!!」
後悔とは何のことやらよくわからぬが、何はともあれ元気を取り戻したハンナ。
それから僕たちは目いっぱいその鞠で遊んだ。
こんな鞠一つ二つでここまで楽しめるのか、というくらい遊んだ。
ハンナが投げた鞠を二人で競って追いかけたり。
三人で鞠を弾いてキャッチボールまがいのことをしたり。
童心に帰るとはまさにこのことなんだろうなとしみじみと感じた。
それから暫く時が経ち、陽が暮れ始める。
三人(一人と二羽)とも全身から青い匂いを漂わせていた。
「姫様~」
中から兵士が一人やってきた。
そろそろ頃合いということだろう。
「姫様、夕食の時間が近づいてきたでやんす。お城の方に戻りやしょう。」
ヤンス兵だ。
「え~嫌ですわぁ。まだこの二人と遊んでいたいんですの!」
「そんなこと言わないででやんすよ!王様がお呼びでやんすから!」
「はーい・・・・ところで、爺やはどうしましたの?こういう時呼びに来るのはいつも爺やでしたじゃない?」
「メイディ様は昼頃は部屋に居たんでやんすがね。さっき『明日のことを考えねばならんから一人にしてくれ』って城の外の方へと出ていったんでやんすよ。で、あっしが姫様のことを頼まれたんでやんす。」
「へぇ、そうなんですの。」
「あの爺さんが一人でどこかに行くなんて珍しいな。」
「相当心に来てるんだろうね。」
「なんか意外とお前と似てるとこあるのかもな、あの爺さん。」
「え?どういうところ?」
「お前も何かあったらそれを引きずるじゃねえか。」
「いや、さすがに息子が行方不明の人を一緒にしたら駄目だよ。」
「さあ姫様、城に戻るでやんすよ。」
ヤンス兵はハンナの背中に手を添える。
「わかりましたわ。ミギノメ、フレンちゃん!また一緒に遊びましょうね~!」
手を振り城の中へと消えてゆくハンナとヤンス兵を、僕たちは見えなくなるまで見送り続けた。
僕とブローズをそこに引き留めていたのは、名残惜しさだと思う。
僕とブローズは城の庭から飛び立った。
思い出の鞠が米粒のようになっていく。
「ブローズ、夜ご飯どうしようか。」
「ああ、最近言ってなかったし、あのおばさんのとこのゴミでも漁るか。」
「・・・ねえ、僕と出会った当初は確かゴミは漁らねえみたいなこと言ってなかった?」
「ん?ああ言ってたかもな。」
「どうしたの?なんか心境に変化があったの。」
「まあ、俺もお前と同じで小さいこと気にして生きてたなあって思って。カラスならカラスらしく泥臭く生きようってなっただけの話だよ。」
「そうなんだ。なんて言うか、すごくうれしい。」
「え?なにがだ?」
「ブローズも一緒になってそう生きてくれるなら、僕も泥臭く頑張って生きていけるなって。」
「ふん。またまた変なこと言いやがるぜ。」
ツンとしながらも、
その言葉の上ずり方から喜びを感じているのは重々伝わってきた。
そんな会話をしているうちにホテルピアのゴミ箱についていた。
人間なら数十分かかるような距離でもカラスならちょちょいのちょいだ。
僕たちはさっそくゴミ箱を漁る。
正直ここはガチャみたいな気分だ。
ゴミを漁ることにワクワクを覚える日が来るとは、思いもしなかった。
「おいミギノメ!こいつはアタリだぜ!」
「え!なになに!」
「じゃーん」
「うわ!ステーキだ!」
食いさしかつ脂が白く浮き出てはいるが、
ステーキなんてこの世界に来てから初めて見た。
ちょっとした雑巾ほどあるステーキ。
さすがに僕もテンションが上がる。
ブローズはそのステーキに対し足を使いながら、なにやらぐいぐいと引っ張っていた。
「?」
「ほらよ、半分やるぜ。」
「え!」
僕の前に差し出された半分のステーキ。
少々向こうの方が大きい気がするが、そんなことはどうでもよい。
ステーキを食べられること自体の喜びよりもさらに大きな喜びを、幸せを、
ブローズは僕に授けてくれたのだ。
「うわぁ、ありがとう・・・。」
「ミギノメ、なんか目が潤ついてるぜ。」
溢れてしまった。
肉汁は溢れてこないが、このステーキが溢れてさせたのは僕の涙だ。
やっぱりうれしい。
表面上だけではない、本当の友情。
下手な語彙で表現することさえ憚れるような喜びがそこにはあった。
口ばしでステーキをぐいぐいやる。
それを見ていたブローズもどこか満足げな表情でステーキをくわえていたのだった。
「(・・・ほかに何かないだろうか。)」
僕も何かお宝を見つけ出しブローズと分け合いたいと考え、もう少しゴミ箱に頭を突っ込んでみる。
そうすると、何かが僕とゴミ箱の間からコテンと転がりおちた。
「(ん?)」
なんであろうか。
真四角の小さな黒い物体だ。
言うならばビデオカメラのバッテリーだが、これがビデオカメラのバッテリーなのだとしたらあまりにこの世界の時代背景に合ってなさすぎる。
「(・・・へんなの。)」
まあ考えたところでわかるはずもないので僕はそれをゴミ箱へと戻しておいた。
ブローズから学んだ教訓のおかげで、
少しは気持ちの良い生き方ができるようになった気がする。
仮に元居た世界に戻ることができたならば、きっと前以上に楽しい生き方が・・・
・・・・・
楽しいのかな?
幸せなのかな?
元居た世界に戻ったら。
ずっとここにいたほうがいいんじゃないのかな。
ずっとここにいれたらいいのにな。
元居た世界、人間だった頃の世界は、今考えれば冷たく悲惨なものであった。
やっとこの世界で人生に自分のシナリオを描けるようになった。
なのに、またあの世界に戻る必要が僕にはあるのか?
ホテルピアから寝床へと戻り、
ブローズと解散した後も僕はそのことが頭の中を堂々巡りしていた。
きっと今夜も眠れそうにない。