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第10話 愛のカタチ

「よかったじゃねえか。案ずるより産むが易しってやつだな。」

メイディの裁量により僕はまた、ハンナと会えるようになった。

なんだか今までの苦労の全てが報われた、そう思えるような瞬間だった。


ハンナはまだ体調不良療養中だから今日はいったん帰りましょうという流れの中、ブローズは僕に一つの提案をしてくる。


「なあせっかくだからよ、王女様の部屋を覗いてかねえか?」

「えっ」

何となくそれは悪い気がした。

故人の部屋を勝手覗くなんて。


「実はな、一つ思い出したことがあるんだよ。」

「なんだい?」

「前に王女様の部屋には本が数冊置いてあるって言っただろ?ほかの遺品はすべて処分されてんのに何であの本だけ残されてるんだろうって気になっていてな。人間の言葉がわかるミギノメならその理由を解明できるんじゃないかと思ったんだ。」

「なるほどね。」

そんなこと言われたら気になっちゃうじゃないか。

僕らは来た道を戻り、メリーナ王女様の部屋のある塔を目指した。



「はあ、なんというか。寂しいねえ。」

メリーナ王女様の部屋。

机、ベッド、本棚とかつての王女様の生活感を思い出すのに必要最低限の家具のみ残されたその部屋は何とも言えない寂しさを漂わせていた。

しばらく誰も住んでいないはずだが、一応清潔感は保たれている。

まだ身内の不幸は経験がないからわからないが、きっと亡くなった人の部屋というのはこうなんだろうな。



本棚に目をやる。

王様の部屋のものより少し小さめだが、それでも一般のものに比べたらかなり大きなその本棚には、ブローズの言う通り茶色い背表紙の本が数冊ポツンと置かれていた。


ブローズはその本の中から一冊を丁重につかみ、僕の前へと持ってきた。


「本の表紙的にどれも内容的には同じだろうから、とりあえずこれを見てみてくれ。」

「わかった。」

僕はブローズと同じく丁重に本のページを開いた。





『〇月〇日 天気は晴れ

ダイナ様がまた新作のジョークを披露してきた。

前見せてくれたもののほうが好きだったかも。』


『〇月〇日 天気は雨が降ったり止んだり

今日はダイナ様が不在だから部下の者とかくれんぼをした。

こんな子供っぽいことを私がしてるって知ったら、あの人怒るかしら。』



「あー。」

「どうだ?なんかわかったか?」

「これは明らかに日記だね。」

「にっき?」

「人間はその日あった出来事を習慣的にノートに記録したりするんだよ。」

「ほえー、なんでそんなめんどくさいことするんだ。」

「さあね。目的は人それぞれだ。」


保管されていた本はメリーナ王女の日記であった。

その文章の節々から、ハンナの無邪気さが親譲りのものであることが伝わってくる。


僕はページをぱらぱらとめくる。


『〇月〇日 天気はなんだったかしら

今日、ダイナ様の命を狙うものが現れた。どこから入ったかもわからぬネズミが、私の想い人に刃を向けた。』


「(ん?これはメイディのことか?)」



『ダイナ様がねじ伏せ、その者を捕らえたが、処刑はしないらしい。城の者が調べたところ、どうやらその者には一人息子がおり、その男が男手一つで育てていたらしい。それを知ったダイナ様は、自分のもとで家臣として働くようその男に命じたのだ。その者の息子へ我が王国から仕送りをすることを引き換え条件にして。』


「(・・・さっき部屋の中で王とメイディが話していた内容だな。)」


『ダイナ様がそうしたならそれは仕方のないことだが、正直私の気持ちは反対だ。だって命を狙ってくるような野蛮な男を城内に置くなんて!夜も安心して眠れないわ。今後子供だって授かるはずなのに、もしその産まれてくる子にそいつが何かしでかしたら・・・ああもう考えたくない。今はとにかく様子見ね。ダイナ様を信じるしかないわ。だってダイナ様ですもの。そうですもの。』




「(ここだけやけに文章が長い。それだけ王女様も思うところがあったんだろう。)」


僕は書かれていた内容をブローズに伝える。


「・・・まあそりゃ不安になるよな。俺だって不安になる。でも、恐れずそういうことができるっていうのが王様が王様たる所以なのかもな。」

「たしかにね。」

「ていうかあの爺さん元スパイだったのか。」

「ああそうなんだ。僕は街中の噂話で知ったんだけどさ。」

「そうかそうか。そうなると奴の手首に刻まれた異国のタトゥーも合点がいく。」

「気づいてたの?」

「当たり前よ。俺は人間を観察するのが好きなんだ。」

ブローズはカラスらしからぬ鳩胸になる。


「ねえブローズ、あの一番右端の日記を持ってきてくれないかな?」

「ああいいぜ。」

ブローズはパタパタと飛び、今見ていた日記を戻した後、一番右端の日記を僕の足元へと運ぶ。


僕はそのブローズが持ってきてくれた日記を後ろ側から開いた。

案の定、後ろの方は白紙のページだらけだった。

この日記が王女が最期に使っていた日記ということだ。


僕は何かが書かれているページが見つかるまで、ぺらぺらと遡る。


あった。このページだ。


日付も天気も書かれていない。



『私を、この世を去るであろう私を、どうか皆許してほしい。

私はきっと駄目です。ああ神様、どうか産まれてくる命だけはお守りください。

私が死ぬことになっても、あの子だけは、ハンナだけは生きていてほしい。

ハンナ。どうか生きて。私みたいな病弱な子にはならないで。たくましく。誰よりもたくましく生きて。


ごめんねハンナ。本当にごめんなさい。ごめんねダイナ。あとはお願いね。』




僕とブローズは顔を見合わせる。

きっとお互いに同じことを考えている。

軽い気持ちで見るんじゃなかった、と。


「・・・まあなんだ、せっかく会えるようになったんだしよ。大事にしようぜ。あの姫様のことはな。」

「うん、そうだね。」

「なんかあれだな、人間って案外素敵な生き物なんだな。」

「いいや、素敵なのは()()じゃない。()()()()()()自身だ。」



なんだかんだで、ハンナの母の想いに触れらえたのは良かった。

自分の人生に良い影響を与えてくれる。そんな気がした。

母の愛はやはり偉大だ。



「(ほかのところはどんなことが書かれているかな?)」

ふと気になって僕は別のページを開こうとした。





ザザッ




「うっ」

「ん?どうした?」

「いや、なんか視界がぼやけたような・・・疲れてるのかな。」

「まあそんなところじゃねえか?今日は色々あったし。あーあ、俺ももう疲れちゃったぜ。ほら、そろそろ帰るぞ。」

「うん、わかった。」




ゆったりとしたペースでいつもの帰り道を辿り、家に着くなり当たり前のように僕の寝床で会話を弾ませる。

きっともうブローズがブローズ自身の寝床に帰っているのは寝る時くらいだろう。



「ねえブローズ。」

「おうどうした。」

「君は今後どうするつもりなの?」

「どうするつもりって、この木の実を食べ終わったら帰って寝るだけだぞ。」


相変わらず僕はまだ虫は食べられない。


「違うよ。もっと先のことだよ。この街で何をするとか、何になりたいのかとか、そういう話。」

「は?そんなこと考えてねえよ。目的とか理由とか、そんなもんテキトーだ。食べたいから食べる!寝たいから寝る!話したいから話す!そんな感じだ。」

「えー、そうなの。」

「なんだよ生きるのにもちゃんとした理由が必要だってのか?こんなテキトーな理由じゃ、生きてちゃだめだって言うのかよ?」

「いや違う!そういうことではないんだ。」

「へっ、お前はいろいろと考えすぎちまう癖があるからな。気楽に生きるべきだぜ。俺様を見習いな。」

「ああそうだよね。ごめん。」


「お前は?お前は今生きる理由ってのはあるのか。」

「そりゃあ・・・」

「言うまでもないよな。」

ブローズは二やついている。


「で、どうなんだ結局。好きなのか?姫様のことが。あ、『わからない』とかはナシだぞ。」

「やめてよそんな意地悪。」

「ハハハ!」


ブローズは高らかに笑う。

と思ったら、フッと笑顔が消え失せ、まっすぐ僕を見つめながら口を開いた。


「人間に恋なんかしてみろ。地獄だぞ。」

いつになく真剣な表情のブローズに、僕も顔がピリつく。


「人間を好きになったところでその先には何もない。出口のない迷路を一生懸命に歩むようなものだ。歩けど歩けど、その思いが報われることはない。」

「・・・・・。」

「ミギノメがあの姫様のことをどう思おうが基本的にはどうだっていい。だが好きになるのだけはやめろ。カラスと人間は一生交わるのことのない運命なんだ。言っておくがもしお前がそれでも姫様のことを好きだというのなら、俺はお前と会うことをやめる。二度と会わない。」

「ど、どうして!」


「それは、お前が苦しむ姿を見たくないからだ。」

ブローズは僕に背を向ける。

その背中はいつもよりも小さく見えた。


「お前と会わなくなるのはつらい。だがお前が苦しむ姿を見るのはもっとつらい。」

「ブローズ・・・・」

「・・・もう一度聞く。どう思ってるんだ。姫様のことは。」


僕は喉から絞り出すようにして声を形にした。

「大切に思っている。命を救ってもらった分、恩返しをしたい。今はただそれだけだよ。」

「・・・そうか。じゃあ、また明日来るぜ。残りの木の実はミギノメにあげるよ。」

そう言い残しブローズはその背中を見せたまま飛び去って行った。


本当の気持ちを隠したわけではない。

本当のところ、自分でも自分の素直な気持ちはわからないし、なによりそれをはっきりと口に出すのがとても怖かった。


きっと今の僕はブローズにも、そしてハンナにも不敬な存在だ。


僕はここにいない方がいいんじゃないか。

そのほうが皆がもっと素直に幸せでいられるんじゃないか。


そんなことを考えながら、僕は草むらに潜り込んだ。


ブローズの残した木の実は、今もまだ地面に影を作ったままである。

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