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第1話 目覚め

白鳥白鳥(はくちょう)


『優雅』『美しい』『人気』。

そうした言葉が羽となり、空を飛ぶ。

時と場合によっては見るものに感動すら与える力すら持つ。

それが白鳥。




白鳥白鳥(しらとり)

白鳥令しらとりれい


『優雅』『万能』『人気』。

そうした言葉を身に纏い、この学園を闊歩する。

時と場合・・・いや、どんなときも皆から愛され、特に苦も無く生きてきた。

それが白鳥令。この僕だ。名前負けしていないだろう。



TC学園に通う高校二年生。成績はいつもトップ。

恵まれた容姿とその頭脳から、やることなすこと必ず成功を収めてきた。

自分ではあまり実感はないのだが、友人が言うに僕は裕福な家庭育ち。

そうしたお金の面はよくわからないけれど、父と母から大いなる愛を受けてここまで育ってきたのは確かだ。

とにかく今まで生きてきて何かに不自由や苦渋を感じたことはない。

まぁ強いて言えば祖母の家で飼われているポメラニアンは僕になかなか懐かなかったかな。動物は何を考えているのかわからない。



もう少し自分語りをさせてくれないか。

本をたまに読むんだよ僕は。

本当はもっと読みたいんだけどさ。友達から遊びやらなんやらの誘いがひっきりなしでね。白()でありながら引っ張り()()でもあるってわけ。


有名な文学作品をもともとは読み漁っていたんだけど、そういうわけで読書の時間を確保するのが難しくて。最近はライトノベルってやつを読んでいるよ。気軽に読書を楽しめるいいものだ。


ライトノベルを読み始めてからまだ日が浅いがゆえにまだまだ疎くてね。有名な作品とかそういうのはよくわからない。

だから基本ライトノベルはタイトル買い。ジャケ買いのようなノリでね。

面白そうなタイトルのものを手に取り時間を共有させてもらう。そういうスタンスだ。


この前買ったのはこれかな。『箱入りお嬢様はスパイになりたい!』。

カホーゴ王国で大事に大事に育てられてきたお嬢様(お姫様)のハンナが、あるきっかけからスパイになることを夢見る。その様子を描いたコメディファンタジーだ。


『箱入りお嬢様』っていうのが僕と似た属性に感じたし、そんな子が過酷なスパイを志して生きていくなんておもしろそうじゃないか。僕は惹かれたね。


あぁもっと時間があれば。自由な時間、自分だけの、自分のための時間てやつがあればこの本もあっという間に読破できていただろうに。

残念ながら最初の数ページで止まっている。なんならまだそのお嬢様すら登場していないよ。


僕は薄々感じていた。

今の僕の人生には自由がない。あるのは()()だけ。

そんなものは人間の人生ではない。


成功があって失敗がある。浮きがあって沈みがある。

そうすることで、その人生自体に人間味が生まれてくる。

成功だけの人生を送るなんてまるでAIとかロボットのようじゃないか。


贅沢な悩みと思われるだろう。だがこれが悩みであることに変わりはない。

僕はこれから一生()()という鎖に縛られて生きていくんじゃないか。

罠にかかった白鳥(はくちょう)みたいにさ。



そんなことを考えていたら寝る時間が近づいてきた。

最近の悪い癖だ。スケジュールの空き時間を自己嫌悪で浪費してしまう。

今日も日中、友人とカフェ巡りをしてきたからくたくたなのに。

足の土踏まずすらじんわりと痛いよ。どんだけ歩いたんだって話。


僕は雲のようなベットにその身を預け、瞳を閉じる。

そこから僕が眠りに落ちるのには数秒とかからなかった。


眠りに落ちてからどのくらいの時間が経っただろうか。



さわやかなラムネ色の風をその肌に感じ始め、そして浸る。

小鳥たちのさえずり、木々の揺らぎ。そうしたものが耳をなでる。

遠くのほうではかすかに話し声のようなものも聞こえ始めてきた。


僕はうっすらと目を開ける。視界に温もりが差し込んできた。

水性絵の具で染め上げたような優しい青が僕の天井を彩る。


ずいぶんと居心地の良い夢だな。ありがたい。


そんなこと考えながら、僕は自分の顔を手で拭った。


ファサァ・・・・




(ファサァ・・・・・?)


いつもの手の感触ではない。明らかな羽の感触が顔を通った。

自らの手に目をやる。


黒。唐突な黒。

この優しい世界からはあまりにも浮いている黒。

目に映ったのはそれだ。


「なんだ?」

思わず僕は口に出す。その瞬間何かが視界にカットインしてきた。

「なんだ!?」

と驚く。またもやカットインしてくる。さすがに気づいた。これは自分が口を動かすとカットインしてくるぞ。

なるほどこれはくちばしだ。しかも僕の。


ここまでで得た視覚情報から、今の自分の姿を想像するのはあまりにも容易であった。


カラスだ。白鳥とは何もかもが正反対の存在。そんなものに僕はなっていた。

足もどうだ。細いぼっこの先に三前趾足さんぜんしそくと呼ばれる構造がグワッと備わっている。なるほどこれなら木々の枝先にも簡単に止まっていられるわけだ。



ふかふかの芝生の上にポツンと佇む一羽のカラス。それが今の僕。

今自分の生きているこの世界が夢なのか夢じゃないのか。

そんなことは今の僕にとってはどうでもいい。

せっかくカラスになれたのだから、大いに楽しもうではないか。


光を吸収するこのボディとは裏腹に、僕の心はあまりにポジティブに光り輝いていたのだった。

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