バラキエル様の過去
「ジョウコ、今いいか?」
「はい、バラキエル様」
今日の慈善事業が終わった直後、バラキエル様がうちに来た。
「二人きりで内緒の話をしたい。いいか?」
「はい、じゃあ私の部屋で話しましょう」
「お前たち、ついてくるなよ」
バラキエル様は自分の侍従と私の侍従たちにきつく言いつけて、私の部屋に入った。
ドアを閉めたら、バラキエル様は魔法で部屋に防音効果を付与する。
「これからしばらく、部屋に防音魔法をかけた。変なことは誓ってしないから安心してくれ」
「はい、それはもちろんです」
「それで、俺が話したいのは…俺の過去のことだ」
ああ、やっぱりバラキエル様は自ら話に来てくれた。
ステータス覗き見してしまって本当に申し訳なかったな…。
「俺は…ホムンクルスなんだ」
「ホムンクルス…って、人造人間ですよね?」
「ああ、そうだ。俺はラダマンティス一の錬金術師と呼ばれていた女に誘拐されたバラキエルという公爵家の跡取りの髪を使って生み出されたホムンクルスだ」
…髪さえあればホムンクルスって作れるんだ。
なんかすごいけど…。
「本物のバラキエルは、その錬金術師の人体実験により死亡した。だから完璧なコピーである俺を作ったんだ。俺だけじゃなく何体かバラキエルのコピーは作られたが、全員人体実験で亡くなっている」
「どうして…」
「どうして〝バラキエル〟の肉体にこだわったかと言えば、エリュシオンの血を求めてだな。エリュシオン公爵家は魔法適性が高い者が多く、特にバラキエルは突出した才能を持っていた。コピーである俺ですら結構魔法に強いんだぞ」
知ってます、ステータス激ヤバでした。
「俺も人体実験で死にそうになったんだがな、なんとか人体実験に耐え抜いて生き残って…錬金術師の女を二度と錬金術なんかできない身体にしてやった」
ああ、だから称号に罪人があったのか。
スキルの冷徹、残酷、容赦なし、女嫌いもそこから来てるんだろうな。
「俺は本物のバラキエルの遺骨を持って、エリュシオン公爵家に届けた。事の次第も伝えた。そうしたら、両親は…俺もバラキエルから生まれた子なのだから、自分たちの血も引いているし孫みたいな者だと引き取って育ててくれた」
「え、でも」
「バラキエルの隠し子を引き取ったことにされて、公爵夫婦の孫として…後継として引き取られた。そしてバラキエル・クリストフ・エリュシオンという名前をもらった。ああ、俺のコピー元…オリジナルのバラキエルはミドルネームが違ってな、バラキエル・クロード・エリュシオンという名前だったそうだ」
ちょっと待てちょっと待て。
オリジナルのエリュシオン公爵令息のコピーとしてバラキエル様が作られて、エリュシオン公爵家の跡取りとしてそのまま迎えられたのはまあ業が深いとはいえおいておいて。
「もしかして、バラキエル様は人体実験にあった時子供だったんですか…?」
大人の姿で錬成されたわけじゃなくて、子供の姿で錬成された?
じゃなきゃ隠し子扱いは無理だよね?
「そうだ」
「ひどい…」
そもそも錬金術でホムンクルスのコピーを作るのも人道的にあり得ないけど、それがなければ今のバラキエル様に出会えなかったから…おいておいて。
子供の姿で錬成して、抵抗できない子供に人体実験とか鬼畜すぎないか?
いや、大人の姿で錬成されてても十分鬼畜すぎるんだけど。
本当に酷い…!
「バラキエル様…」
「なんでお前が泣きそうな顔をするんだ」
「ごめんなさい、でも…」
「ああ、違う、責めたいんじゃない、気持ちは嬉しいんだ、ただ、お前には悲しい涙は流してほしくない」
「バラキエル様ぁっ!!!」
バラキエル様をぎゅぅと抱きしめる。
バラキエル様はそんな私を抱きしめ返してくれる。
「バラキエル様、バラキエル様っ」
「大丈夫だ、ジョウコ。両親は…祖父母ということになっているが、彼らは本当に俺に良くしてくれた。本当の孫のように接してくれた。だから、あの人体実験に怯えていた頃以外は…本当に、普通に幸せだったんだ。いや、普通以上に恵まれていた」
「でも、でも!」
「うん、ありがとう。そうだな、今でも人体実験に怯えていた日々はトラウマだし、だから女は嫌いだ」
「―…あっ」
急いでバラキエル様から距離を取ろうとしたら、バラキエル様は逆に抱きしめる力を強めて離してくれない。
「あの、バラキエル様」
「離れないでくれ。大丈夫、他の女はダメなんだが、ジョウコなら平気なんだ」
「どうして…?」
「知らない。なんとなく最初から平気だった」
「どうして…」
バラキエル様は天使のように美しいお顔で微笑む。
「お前が俺の運命だからかもな」
「え…?」
「俺たち人間は…まあ俺はホムンクルスなんだが、ともかく獣人族とは違って〝運命の番〟とかはいないだろう?でもなんでだろうな、ジョウコにはそういうものを感じる。感じるようになってしまった」
「バラキエル様…」
「ジョウコ、お前が俺をこんな風にしたんだ。責任を取ってくれ。離れないで、そばにいてくれ」
私はコクコクと頷いて、バラキエル様ももう一度強く抱きしめる。
「もちろんです、バラキエル様っ」
「…ははは。婚約したんだから包み隠さず話そうと思ってきただけなのに、自分の中のジョウコへの愛を自覚させられるとはな。…俺の運命、どうか離れてくれるなよ」
「はいっ…!絶対絶対、離れませんっ!」
バラキエル様の過去が予想外に重くてびっくりしたけれど、その重さにバラキエル様が潰されないように支えていきたいと思った。




