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【恋愛 現実世界】

生まれ変わっても、その隣に。

作者: 小雨川蛙

 

 土曜日の昼下がり。

 人数がまばらな博物館の中で高校生になったばかりの少女が叫んだ。

「あっ、あった!」

 数歩駆け出し。

「ほら! こっち! こっち!」

 立ち止まって振り返る。

「はいはい」

 その背後に彼女の恋人である少年が気だるげに歩いていた。

「何その態度」

「うっせえな」

 前日も部活で先輩に思いっきりしごかれて疲れ切っているのに、今日は彼女にせがまれてこんなところに来る羽目になっているのだ。

「課題課題って言うけどよ。なんでわざわざこれにするんだよ」

 そんな発言を無視しながら少女は少年の腕を掴んで無理矢理一緒に歩く。

「いいじゃん。私たちにぴったりで」

 そう言われて連れていかれた場所に展示されていたは一本の槍だった。

「おー……本当にあんじゃん」

「ね! すごいよね」

 槍の下には解説パネルが置かれており、少女はそれを読み上げる。

「神話の時代。恐ろしき大妖怪を屠ったと伝えられる」

「大妖怪ねぇ」

 少年はそう言うと槍の展示ケースの隣にあったイラストを見つめた。

 そこには槍を構えた一人の女性が数えきれないほどの木々を体に纏いいわば小さな森ともいえそうなほどの姿をした奇妙な姿をした化け物と対峙していた。

「こんなもんでどうやって勝ったと思ってんだか」

「巫女には神聖なる力を森の神から託された……って書かれているよ」

「いや、その森そのものと対峙してんじゃねえか。突っ込みどころ満載だろ」

 無遠慮な雑談を聞いて人々は眉をひそめていたが、それでも二人はまだ会話を続けていた。


 そんな二人の会話から千年ほど前。

 一人の巫女が太古の昔から生き続ける巨大な妖魔と対峙していた。

 事前に聞いていた通りだと巫女は今更ながらに思う。

 それは森そのものと言えるほどに多くの木々を纏い、決して自らを死なせぬように堅牢な鎧としていた。

 木々の隙間にはありとあらゆる生物の骸が些細な枝や葉のように挟まっていた。

 これはこの者の食事にして生きるために必要な糧。

 ただ生きるだけならば良い。

 好きにすれば良いと巫女自身は考えていた。

 しかし、この十数年間。

 不意にこの妖魔は不自然なほどに多くの人間を殺すようになった。

 明らかに喰うためではなく虐殺をしているのだ。

 打ち捨てられた死体で村どころか町が出来るとさえ言われるほどの人数が既に犠牲になっている。

 巫女はこの巨大な妖魔を討ち滅ぼすためにやってきたのだ。

 とはいえ、当代一とさえ誉れ高い彼女でさえこの妖魔に太刀打ち出来るとは思えない。

 それでも彼女はこの場所に来ていた。

 来なければならなかったから。

 槍を向けて巫女は妖魔へ問いかける。

「何故、あなたはこのようなことをした」

 妖魔は嗤う。

「二十年ほど前のことだ」

 その顔は木目のように積み重なった木々のせいで捉えられない。

 元々の姿がどんなものだったかさえも分からないほどにそれは生きすぎていた。

「凄まじい力を持つ赤子が生まれたと聞いた」

 それが自分自身を指していると巫女は知っていた。

 だからこそ、無言で先を促す。

「儂はすぐに気付いた。お前だと」

 木々が揺れる。

 かさかさと。恐ろしい程に。

「だからこそだ。お前に知らせるために儂は人を殺しつくした」

 回答を聞いて巫女は怒鳴った。

「何故だ!」

「言わなければ分からぬか」

 返答と共に巫女の足元に水たまりが形成されていく。

 しかし、空は雲一つない。

「お前を呼びたかったのだ」

 繰り返される言葉と共に水が恐ろしい勢いで溜まっていき、気づけば巫女の踵を包んでいた。

 巫女は苛立ちながら叫ぶ。

「首を出せ! 今すぐに!」

 その言葉に。

 如何なるものも敵うはずのない強大な命はあっさりと従う。

 耳が千切れそうなほどの轟音を響かせながら纏っていた木々を破り、氾濫した川のような涙を流しながら巨大な顔が現れた。

「この時のためだけに生きていたのだ」

 そう妖魔が言い切った直後。

 巫女は躊躇いもなくその首に槍を深々と突き刺した。

 それと同時に妖魔は激痛に顔を歪めた。

 しかし、それでも暴れだしたりしなかった。

 巫女はさらに槍を引き抜き、さらに突き刺し、それを数えきれないほどに繰り返す。

 噴き出す赤い血が巫女の体を濡らしていく。

 それでも妖魔は動かない。

 故に巫女の行動は戦いではなく、最早作業に近かった。

 そして。

 巨大な妖魔が地に付す。

 その体に向けて巫女が告げた。

「安心して」

 全身が赤にまみれているにも関わらず、彼女の目の周りだけ肌が見えていた。

「私にも出来たんだ。あなたに出来ないはずがない」

 ぽつり、ぽつりと彼女から落ちる涙と言葉に妖魔は答えることなかった。

 死んだのだ。

 巫女は無言のまま崩れ落ちて大声で泣き続けた。


 巫女と妖魔の戦いのさらに数千年前。

 妖魔と言うにはあまりにも細やかな存在が年若い女性の前で泣いていた。

「死なないで」

 そう懇願するも女性は辛うじて浮かべた笑みで首を横に振る。

「ごめんなさい。あなたを独りにしてしまって」

 彼女は妖魔の唯一の友だった。

 生まれた頃から一人きりだった妖魔のただ一人の理解者だった。

 しかし、妖魔の下に近づいた故に彼女は人間の世界で疎まれ、遂には迫害され殺されてしまったのだ。

「嫌だ! お願いだから! 死なないで!」

 叫び続ける妖魔に彼女は息も絶え絶えに答える。

「必ず。必ず、生まれ変わってあなたの元へ行くから」

 そう言って、彼女は静かに息絶えた。


 時間は遡り現代。

 案の定、博物館を追い出された二人の高校生の内、少年の方が言った。

「だから言ったじゃん。こんなもん見に来るなら映画にでも行った方がいいって」

「うっさいなぁ。別に良いじゃん。懐かしかったでしょ?」

 少女の問いに少年はため息をつく。

「そりゃ懐かしかったけどさ。俺からしたらあんまし良い思い出じゃないんだから……」

「なんでさ」

「そりゃお前。俺が何人殺したと思ってんだよ」

「そんなに私に会いたかったんだ」

 けらけら笑いながら少女が小突くと少年は舌打ちをする。

「お前が生まれ変わって会いに来てくれるっていったからだろうが」

 道行く人々は二人の会話を奇妙に思ったが、わざわざ呼び止めて聞くつもりになるはずもない。

 故に二人が数えきれないほど転生して、ようやく共に何でもない日常を生きていることなど知るはずもない。

「あんた、地獄行決定だね」

「そんときはお前もついてこいよ」

「当たり前じゃん」

 最早定型となったやり取りをして、二人はけらけら笑いあった。

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