召喚魔術は不完全!?
異世界召喚
それは、異世界の王様やら聖女様やらが地球上の人間なる生き物を魔王を倒すためにこちらの世界に連れてくること。
これは儀式を用いて行われるのだが、その儀式にかかる負担は途方も無いものだ。
見ていれば分かる。
ほら、今まさにその召喚の儀式に取り掛かっている国があるではないか。
少し覗かせてもらうとしよう。
祭壇の中央に描かれた巨大な魔法陣。
異様な光を放つそれは王国秘伝の魔術、異世界人召喚魔術である。
その魔法陣を取り囲むようにして居るのは白ローブに身を包んだ魔術師らしき人間。
七名ほど確認できるその魔術師たちは杖を掲げ、何か詠唱のようなものを唱えている。
一時間くらいだろうか。
彼らが詠唱を休まずに唱え続けていると、次の瞬間、暗がりの石造りの儀式場をとてつもない光が覆い尽くした。
現れる年の頃十代後半と思われる人間。
長い長い時間をかけて遂に召喚に成功した魔術師たちは歓喜の声を上げる。
「やった! やったぞ! 遂に勇者様が召喚に応じてくれた!」
きょとんとした表情に満ちている召喚された人間をよそにひたすらに喜び続ける召喚者たち。
やがて、落ち着きを取り戻した彼らは早速と言わんばかりに青年に告げる。
「勇者様、遠く離れた地から我々の呼びかけにお答え下さりありがたく思います」
「ちょ、ちょっと──」
「早速ですがお呼びさせていただいた理由をご説明させていただきます」
彼の声を遮るようにして続ける年配の魔術師。
彼は右手に背丈ほどの杖、左手に鏡のような楕円形の小物を抱えている。
「実は我々の世界は今現在悪逆非道な魔王によって破壊の限りを尽くされているのです。人類のためと幾人もの勇敢な冒険者、傭兵、魔術師、軍隊が対抗しに行きましたがどれも呆気なく殺されてしまいました」
涙ぐみながら言葉を紡ぐ老魔術師。
その涙からは様々な苦悩が詰まっているように見えた。
しかし、未だに状況がつかめない青年。
真剣に話す魔術師の言葉を遮るのも悪いと思い静かに聞き続けている。
「───そして、遂に残るは我々が住まうこのライデンドール王国のみとなってしまいました。そのことを危惧した我が国王、メルバット・ライデンドール様は一縷の望みにかけて勇者召喚の儀を執り行うよう我々に命令した次第でございます」
話を終え「理解っていただけましたでしょうか」と青年に確認を取る老魔術師。
だが、やはりと言ったものだろう。彼の混乱した頭では召喚されたという事実しか理解できていなかった。
そんなことは知らんといった具合に必要な事項を済ませようとする魔術師達。
彼らが差し出してきたのはあの鏡だ。
聞くに魔力量測定と魔法適性判定の二つの機能を備えた優れものらしい。
一般人にはその二つの機能しか働かないそうだが、古き文献を探ると異世界より参りし勇者様はこの二つの機能に加え『スキル』という機能も動き出すようだ。
文献の真偽を表すようにして結果が表示される。
─────ステータス─────
魔力量 20000
魔法適性 火魔法 水魔法
風魔法 土魔法
氷魔法 闇魔法
スキル ?神に近き者
───────────────────
「何だこの魔力量……」「おい! 魔法適性も凄いぞ!」「なんかスキルもヤバそうだ!」などなど、彼のステータスを見て狂喜する者たち。
熱気が冷めないうちに早急に王様への顔見せを行いたいと老魔術師が彼に伝えた。
この調子じゃ何を言っても聞いてもらえないと判断した青年はひとまず彼らの指示に従うことにする。
連れてこられたのは青年が何百人と住めそうな巨大な宮殿だった。
乳白色の岩石で作られた宮殿の骨である支柱、天井高くから吊るされている宝石を削って作られたシャンデリア、入口から続くベージュ色のカーペット。
そのどれもがこの世界では手に入れづらい高級素材で出来た代物だ。
このことからもこの国の王なる者はかなりの世界的に見ても権力者であることが窺える。
その光景に目を奪われていると突然、案内をしてくれていた老魔術師が頭を垂れて膝をついた。
王様だ。この国の王、メルバット・ライデンドールが装飾に凝った縦長の椅子に腰を据えていた。
慌てて真似をする青年。
彼は今まで誰かに対してここまで畏まったことがないのか、少々たどたどしい動きで膝をつく。
「ここまでの案内ご苦労であるバトスよ」
芝居がかった声で老魔術師に労いの言葉を与える王。
バトスと呼ばれた老魔術師は「ありがたき御言葉」と感無量な様子で返した。
「して、そちらの青年が勇者であるか」
鋭い眼光で一緒に連れられた青年を見る。
「は、その通りであります」
即答するバトス。
未だに状況がつかめていない青年は話題が自分に向いたことで少し不安を覚える。
「そち、面をあげよ」と王様が言った。
恐る恐る顔を上げると彼の眼には何とも形容しがたい光景が映った。
王様がいた。いや、王様が居るのは先程も確認したため問題はそちらではなかったのだ。
彼の視線の先には一人の少女がいた。
見目麗しい少女だ。
腰ほどまで伸びる艶やかな白髪。
触れたら溶けてしまうような雪を彷彿とさせる肌。
程よく肉がついた華奢な身体。
そして何よりも彼女を彼女たらしめているだろうその深紅の瞳。
すべてが美しかった。まるで童話に出てくるお姫様のようだ。
気づけば青年は見惚れていた。
王様がなにか話をしているがそんなものもう既に彼の耳には届いていない。
結婚したい。素直に思った彼の本音だ。
そう本音だった。心のなかで密かに呟くはずの本音。
しかし……
「そち……今、結婚したいと申したか?」
声に出ていたらしい。無意識だった。彼女の美貌に目を奪われているうちに心と口が直結してしまっていたようだ。
咄嗟に口を塞ぐ青年。
ただ、もう遅いだろう。
少女が顔を赤らめ驚いたような表情をしている。
聞こえてしまったようだ。彼は恥ずかしさのあまり顔を地面に向ける。
バクバクとなる心音が彼の耳を覆い尽くす。
言ってしまった。告白してしまったのだ。
その事実を理解し死にたくなるような思いに駆られる青年。
すると……
「勇者……様、ですよね?」
鈴を転がしたような美声が聞こえた。
声を聞き途端に胸が高鳴る。
なんだあの声は!
天使か!?
天使なのか!?
高まる思いとともにそんな事を考える。
気付けば鼻血がポツポツと垂れ落ちていた。
天使は彼にとって天敵のような存在なのかもしれない。
「だ、大丈夫ですか!? 勇者様!?」
心配する天使の声が響く。
もう彼に悔いはないだろう。
一目惚れした存在に自分のことで心配させているのだ。
そう、心配されているのだ。
この時だけは彼女が彼のことで頭をいっぱいにしてくれる。
気持ち悪さが出てきたような気もするが関係ない。
幸せに満ちた顔をしているのだから。
「……わかった」
それまで人を殺せてしまいそうなほど恐ろしい顔で黙りこくっていた王様が突然口を開いた。
彼には解らなかった。
王様は何を理解したのだ?
必死に少女のことで九割方支配された脳を回転させる。
───しかし、わからない。
未解決問題を提示された学者のように頭を悩ませていると……
「そなたが魔王を倒した暁には我が娘、セリシア・ライデンドールと結婚することを認めようぞ」
思いも寄らない了承の言葉が返ってきた。
「ちょっ……父様!?」とセリシアがびっくりしたように声を出すが青年には聞こえない。
数瞬前まで王様に割いていた脳のリソースは一割にも満たなかったはずが今ではほぼ全てがその言葉に使われている。
そして、さも当たり前ですと言わんばかりの声量で青年は応えた。
「ありがたき幸せ。必ずや魔王を討ち取ってまいりましょう」
その言葉を残して青年は光のような速さで宮殿から飛び出していった。
多分魔王のところへ向かったのだろう。
いや、確実にそうであろう。
居場所が何処かわかっているのだろうかといった不安を感じたがまあどうにかなるだろう。
それにしても可笑しなこともあったものだな。
召喚された青年はセシリアの美貌に見惚れてしまったあまりその事について忘れてしまっているが、彼こそがこの世界を混沌に陥れた魔王であるはず……なんだけどなぁ…。