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Deer My Jane Doe

 様々な音と光で溢れている繁華街を、背中を丸くし歩く。背中にはギターと今日のライブの収益が入った財布が、ギターケースに入っている。個人的なルールとしてライブのあとは一人で街を歩くようにしている。特に理由はないが、喉を休める意味合いでは最適解ではある。話す相手がいなければ、声を発すると言う行為も最小限に押さえられる。ただ今日は失敗であった。いつもなら繁華街を一人で歩こうとなんら気にすることはないのだが、今日は聖なる夜の前日クリスマスイヴである。完全に失念していた。一年の中で街中を一人で歩くのが一番身にしみる時期である。左右前後、なんならビルの上や歩道橋の下、立体的に全方位カップルが目につく。少し前までライブ後の高揚感で溢れていたのに、現在の心境は今年一番の寒さを記録している。さらに雪もちらつき始め、物理的な気温もかなり寒い。しかし、クリスマスイヴに飛び込みで入れる居酒屋は割と少ない。一般企業なんかも忘年会をボチボチやり始める頃合いだ。基本予約がなきゃ店内で席につくことすらできない。道端で凍え死ぬ前に適当な店に入ろうと、何軒かダメもとで居酒屋を回る。その道中知っている顔を見かける。

 正確には俺が一方的に知っている顔だ。本名は知らないが、ライブのチラシでは「トール」と書いてあった。おそらく下の名前が「トオル」で古臭くダサいと思い、北欧神話の雷神トールに名前を被せたのだろう。シンプルに痛さと知見の浅さを露呈させているだけな気がする。トールは雷神とは言え農民の守神である。あの部類の人間が農民リスペクトで名前をつけているとはとても思えないので、自分自身で「俺の知見は浅いですよ!」と風評しているのと同義ではないだろうか?だが、そんなことはどうでもよく、道中見かけたソイツは何人かの女性とバンドメンバーであろう男と楽しそうに下卑た笑みで歩いていた。確かにアイツは顔が良い。最近広告とかでよく見る爽やか系の俳優と同じ系統の顔はしている。しかし、あのバンドの歌う曲に俺は魅力を感じないし、観客側もきっとあのバンドの曲は聴いていない。適当に売れ筋の曲をコピーしてそれっぽくアレンジしてオリジナル曲と言い張るバンドの音楽性に魅力を感じるわけがない。感じていたとしたら、耳鼻科の受診をおすすめしておいた方がいいだろう。主に聴力方面で。ただ事実として、それでもあのバンドのライブには観客が入るし、CDの手売りも好調のようだ。何より、同じギターボーカルの俺が一人繁華街を歩いているときに、こいつは両手に華の状態で楽しそうにクリスマスの中を闊歩している。これが現実だ。

 繁華街のかなり端の方まで来た。賑わいも減り、灯りのついている店も減ってくる。その中一軒の焼き鳥屋が賑わっている。正面には人間と同じサイズのサンタの看板とトナカイの置物が置いてある。トナカイは実寸大ではないだろうが、小さな子供なら乗れそうなくらいなサイズである。そろそろ寒さも限界に近づいてきたので迷わずに店に入る。外から見ても賑わっていたが、店内はさらに賑やかである。若い店員が駆け寄ってくる。

「何名様ですかね?」

目に見えて忙しそうであるが、笑顔で接客を頑張っているのがプロ意識を感じる。俺は無言で人差し指を立てる。

「1名様ですね、えーと・・・少しお待ちいただけますか?」

そう言い彼は店内に駆け戻るが、1分もしないうちに帰ってきた。

「相席でもよろしければ一席空いてますが、よろしいでしょうか?」

「大丈夫ですよ、むしろ相席の相手さんは大丈夫でした?」

「そちらは大丈夫です!」

「でしたら、お願いします」

元気よく案内される。

「こちらの席でお願いします!」

案内された席には、ギターケースを壁と椅子の間に置き一人で枝豆を食べる女子がいた。「やっぱ大丈夫です」と店員を捕まえようとしたときに声をかけられる。

「お兄さん、ここで断られたら逆に私が気不味いのでここは素直に席についてください。クリスマスイヴで周りもカップルだらけですし、むしろ都合がいいのでお気になさらず」

そう言うと彼女は店員を呼び止め「生二つ、あと焼き鳥のクリスマスセットお願いします。なかったらAセットで」と手際よく俺の分の注文まで終えてしまった。このまま帰るのは性悪が過ぎると思い素直に席につく。

「ありがとうございます。今頼んだビール代は私が払うのでお気になさらず。その後のお酒の注文は払ってください。焼き鳥は割り勘してくれると助かります」

彼女は真顔でつらつらさも当然かのように言った。その顔から感情は読み取れなかった。

「ビールの料金は大丈夫だよ。どうせワインとか日本酒を飲む気はなかったから全部払うよ。焼き鳥は俺も食べたいから割り勘だと俺も気兼ねなく食べれて嬉しい」

「でしたらその方向で」

そう言うと彼女は再び枝豆を食べ始めた。しばらくして俺の分の枝豆も届いた。多分お通しなのだろう。そして二人して枝豆を無言で食べるマシーンとなるのであった。


 「生二つです!」

さっき俺をこの席に案内した店員がビールを二つテーブルに置く。もう片方の手にはさらに生ビール二つがジョッキで握られていた。随分な握力だ。

「でしたら、この偶然の出会いに乾杯」

「乾杯」

彼女が乾杯の音頭をとり自分が合わせるが、全体的にローテンションである。出会って数分で楽しく酒を酌み交わせるほどお互い人間力があるわけでないようである。しばらく無言でビールと枝豆を口に運ぶ。いつのまにか焼き鳥も揃う。普段だと飲みながら色々話すのだが、無言で黙々とアルコールを摂取してるせいで酔いが早い。何か話さねばと思い俺が口火を切る。

「そこに置いてあるのはアコギかな?」

彼女は表情を変えずにこちらを見る。

「そうです。お兄さんはエレキギターですか?」

「そうだよ。君のに比べると、かなり薄いからわかりやすいかな?」

「確かにエレキ持ってる人はわかりやすいです。ただ、その人の雰囲気でもわかったりする時ありますよね」

「言われてみればそうかも」

そこからはお互い同じ人種だとわかったのか、スムーズに会話が続いた。ビールも二杯三杯と続いた。結局焼き鳥は足りなくなり追加で何本か注文もした。

「そういえば、お兄さんの名前聞いてなかったですね。お聞きしても良いですか?」

「あれ?言ってなかったけ?」

むしろ、店員がラストオーダーを聞きに回る頃までお互い名前も知らずに話してたのか。

「俺の名前は相良っていいます。こんな人間ですがバンドで食っていこうと抗ってます」

「・・・そうなると、プロではなくインディーズですかね?」

「正解、さぁ次は君の番ってことで、名前は何というのですか?」

俺がそう言った瞬間彼女は少し目線を逸らし思案したように思えたが、酔っている自分の勘違いだろうと思いその時は深く考えなかった。

「私の名前は・・・ジェーン・ドゥ・・・です」

珍しい名前だなと思った。ただ国際化の進む現代、ハーフの子供も珍しくないので、そういうカタカナの名前もまぁあるよなと、変に一人合点した。


 時間は進み日付も変わってしまった。既にクリスマスイヴは終わりクリスマス当日である。全国の小さな子を持つ父、母は子供の寝室に忍び込みプレゼントを置いている頃だろう。一方俺はギターを担ぎ店を出るところであった。店員が気を利かせたのかお会計の時には割り勘の準備はできており、キッチリ半分の料金で会計をした。

「「ごちそうさまでした〜」」

二人揃ってそう言い店を出る。寂しいクリスマスが偶然の出会いで楽しくなり始めてたのか、俺は軽い気持ちで二次会行くつもりはあるかと尋ねる。

「いいですね。ただ、場所は指定して良いですか?」

「良いよ。ほどほどの金額で済む店にしてよ」

冗談混じりに言う。彼女は俺の前を歩く。座っている時は気づかなかったが、女性にしては身長がかなり高い。俺自身176センチと少しの身長なのだが、俺と同じくらいの高さである。そんな大きな後ろ姿を追いかけ、たどり着いた場所はカラオケだった。喉を休める口実で一人歩いていたのにカラオケに来るとは不思議なこともある。カウンターで彼女は手際よく受付を済ませ、グラスを二つと会計の用紙を受け取り振り返る。そして片方のグラスを差し出してきて

「ドリンクバーは部屋の料金に含まれてたので、好きなのをどうぞ。ホットアイス兼用だそうです」

「ありがとう」

俺はそう言いグラスを受け取る。ほんの数時間の付き合いだが少しわかってきたことがある。基本的に彼女の表情に現れる感情は希薄だが、言葉は例外らしい。声量とか語調とか語尾の強さ、言葉遣い、様々な要因が複雑に絡み合い顔から読み取れずとも、言葉から何となく感情を読み取れる。だから今の彼女の感情は「緊張」であると思う。

 カラオケの廊下を早足に歩く。その後ろをアルコールによる酔いでぼんやりする視界で捉える。カラオケ特有の防音性能に一抹の不安のよぎる扉を開ける。部屋番号は27であった。音楽をやる人間には不吉な数字である。電気をつけてエアコンの温度を高めに設定する。デンモクを探すため部屋の中で視線を泳がせてると、彼女がギターを取り出してチューニングをしていた。

「カラオケするためではなく、防音室使うためのカラオケか」

「そうです。むしろ楽器やる人間でカラオケ屋にカラオケをやりにくる阿呆っているのですか?」

「耳の痛い発言だね」

彼女はチューニングが終わったのか、スッと立ち上がる。開放弦の状態で6弦を鳴らす。明るいレギュラーチューニングの音が鳴る。YAMAHAのギターである。おそらくFSシリーズのギターなのか少しボディーが小さい気がした。低価格のアコギだが、価格に似合わない良い音がするコスパの良いアコギだったと記憶している。

「相良さん・・・私は学業と並行でシンガソングライターをやっています。ライブハウスは勿論、駅前や大きめの公園で弾いて歌っています。私の曲を一曲聴いて、忖度なしの意見を言ってください」

「なるほど・・・良いよ」

入室前の彼女の緊張感ある雰囲気はコレを考えていたからか。俺だってライブ前は緊張する。それが学生ともなれば尚更緊張するだろう。

「よろしくお願いします」

彼女は伏し目がちにそう言うと静かに弾き始めた。コードでかき鳴らすのではなく、指で一音づつ丁寧に鳴らしていく。耳馴染みがいい音と一緒に歌声が入ってきた。その声は話している時と同じで感情が読み取れる。しかし、話している時はどこか一枚壁を挟んでいる印象だったが、歌はその壁を感じない。剥き出しの感情を感じる。「聞いてください」みたいな謙虚なものではなく、「私の歌を聴け!」と言わんばかりの感情を。俺は少しの懐かしさと、哀れみの入り混じる感情の納めどころを探ることに脳の機能の大半が使われていることにあまり驚きを感じなかった。これが現実を知り大人になったと言うことなのだろうか・・・そんなことをぼんやりと彼女の歌から感じる。

 4〜5分の曲だった。ジャンルとしてはおそらくポエトリーリーディングにあたるのだが、曲の一部は普通に歌っているのでハッキリとは分類不可能であろう。

「どうでしょうか?」

彼女はカラオケのソファーに座り俺をまっすぐ見る。俺はひたすらに考え用意していた言葉を踏み外さないように話す。

「かなり良いと思う。語り口調でゆったり始まってサビもキッチリ盛り上がる。ギターも普通に上手いから耳馴染み良かったよ。俺はあまりそのジャンルの曲詳しく無いからわからないけどオリジナル?だとしたら、学生で大したものだよ」

和やかに俺は言い切る。彼女がこれで熱を収めてくれれば良いのだが・・・チラッと顔を見る。彼女は少し考えている。そして胃を結したかのようにこちらを見る、というより睨む。

「当たり障りのない総評は置いておいてくださいわ、インディーズとはいえ音楽で食べている人間の耳と目で見た私は、音楽でやっていけそうか、それが聞きたいのです」

まぁ・・・だよな。音楽の道を志す奴は揃いも揃って皆要領が悪い。そして狂ってる。楽に生きようと思えば、生きられるのに、どいつもこいつも自ら進んで地獄の一丁目に走っていく。それが辛いとわかっていても・・・だからその道を走ろうとする相手に伝えることは簡単だ。引き返すならここだぞと。

「わかった。君が本気なら俺も本気でモノを言おう。まず、さっきやった曲は君の一番の自信作?」

「そうです」

「じゃあ、まずは技術的な話は問題ないと思う。ギター弾きながら遅れずに歌えてる。歌の技術と声質も悪くない。君より下手なプロも普通にいると思う」

彼女の顔が少し明るくなる。褒められれば誰だって嬉しくなる。

「ただ、それとプロとして食べていけるかどうかコレは別問題だ。結論から先に言うと、君がその音楽のスタイルでプロになって食べていくのはかなり難しいと思う」

彼女の少し顔が険しくなる。

「理由は需要の少なさ。市場規模のサイズと言ってもいいかもしれない。そもそも現代人の音楽に対するIQはとてつもなく低い。そのせいかわかりやすくて、単純で、どこかで聞いたことのあるような曲ばかりが流行るし売れる。では一方君の曲は?勿論好きな人は好きだろう。だが、その曲に金をかけてCDを買ったり、ライブに足を運ぶ人数は?きっとそもそもなターゲット層が薄い曲は金にならない。そんなこと音楽事務所もわかっている。だから君に出資して、その曲を世に広めようとする人間は変わり者か、本気で音楽に熱い馬鹿だろうな」

「じゃあ、曲の方向性を変えて万人ウケしやすい曲を書けば食べていけるのですか?」

まぁそうくるよな。ただ、俺も一時期同じ考えに至った人間だ。そして結論も出てる。

「それはそれで難しいだろうな・・・例えば、今日の居酒屋の前にいたサンタとトナカイ。トナカイは鹿の近縁種だし見た目も大した差はない。クリスマスシーズンにトナカイはあちらこちらで見る。サンタの相棒というブランディングで。じゃあ、鹿は?サンタの相棒を鹿にしても誰も気づきすらしないだろう。けど、横にいるのはいつもトナカイだ。ここまで来ればわかるだろ。万人受けする曲を書いても俺達はトナカイにはなれない、鹿なんだよ」

気不味い沈黙。

「わかりました。今の言葉参考にさせていただきます」

下を俯き彼女は言う。そして意を決したかの如く顔を上げ俺を真っ直ぐ見る。あぁ彼女はとうの昔に覚悟を決めてたのか。地獄に突き進む覚悟を。俺は目を見て何となくだが感じ取れた。

「参考にさせていただいた上で、私はそれを否定します。全力で否定します。私は私のまま、鹿でありながらトナカイを蹴落とします。なんならサンタすらも振り落としてみせます。なので、相良さんもそれまでステージに立っていてください」

彼女は勢いよく立ち上がり、5千円札をテーブルに置き部屋を出て行った。俺もしばらくした後ノロノロ立ち上がり部屋を出て会計を済ませる。彼女の置いて行った5千円札は使わなかった。


 カラオケを出て帰路に着く。雪は既に降ってない。雪は積もりもしなかったようで、綺麗なホワイトクリスマスにはならなかったようだ。地面は水分を多く含んだ雪でびしゃびしゃである。繁華街の人もまばらになり始めている。カラオケに入る時はまだ賑やかだった店も、準備中の看板を掲げて電気が消えている。帰宅するためカラオケに来る時に通った道を逆行していく。さっきのカラオケでの出来事が頭の中を意識せずともぐるぐる回る。人にはいくらでも綺麗事を言える。そして何よりこのままでは音楽で食っていけない事。全てわかってる。俺が彼女に突きつけた現実は、実際俺が直面している現実だ。大学生の女の子に八つ当たりしたようなものだ。気分が良いワケがない。自己嫌悪に陥る。ため息ばかりが出てくる。

 気づけば最初に入れたあの居酒屋である。既に閉店しているが中にはうっすら灯りがついている。閉店作業であろうか?その時視界の端に入るサンタとトナカイの置物。無意識に近づいていた。そして近づいて俺は気がついた。

「この置物・・・鹿?」

俺はスマホを取り出して寒さで上手く動かない手を必死に動かして調べる。鹿は夏毛に白斑点という白いドットマークの模様が出るのとトナカイよりサイズが小さい。経年劣化のせいで白斑点は怪しいが、サイズは実寸大なのではないだろうか?そう思い調べていると、居酒屋の入り口が開く。

「アレ?相席してくれたお客さんですか?忘れ物でもしましたか?」

俺を案内してくれた若い店員だ。バイトが終わり帰宅際だったのだろう。私服である。

「いや、まぁ、ちょっと」

苦笑いで誤魔化す。閉店後に店の前に置いている置物がトナカイか鹿なのかを必死で検索してたなんて言えない。普通に不審者である。

「お客さん少し待っててくれませんか?」

彼はそう言うと店にもう一度入っていった。ケータイをもう一度開き調べてると、彼はあっという間に戻ってきた。

「これ、お客さんか、相席していた女性の方の物じゃないですか?」

彼の手にはピックが何枚かと、俺のバンドのCDが握られていた。

「あー俺のじゃなさそうですね」

自分のバンドのCDを持ち歩くほど自己陶酔はしてない。

「だとしたら、女性の方のですかね。お二人が出た後あの席には誰も座ってないので、間違い無いですね。これ・・・お任せできたりしますか?」

「俺に?」

「はい。お二人とも意気投合して退店してたので、連絡先とかわかれば、返していただければなと」

「わかりました。一応俺の電話番号も伝えておくんで、彼女が店に来たら連絡ください」

そう言いそそくさと連絡先を伝える。そして俺は変わり者と思われる覚悟を決めて一つ質問をする。

「あのーこのトナカイの置物・・・トナカイではなく、鹿ですか?」

彼は置物と俺を見比べ、少し嬉しそうに答える。

「そうなんですよーこれ実は鹿なんです!トナカイの置物のレンタルどこもいっぱいで、鹿なら貸してもらえて、でも店長はトナカイだろうと鹿だろうと気づかないって言ってて、本当にもうわかってないですよねー」

そう言った後、彼は店内に向かって「店長!鹿の件バレましたよー!」と声を張る。中からは「うるせぇ!さっさと帰れ!」と返ってくる。職場の人間関係は良さそうである。

 

 その後は普通に何事もなく帰宅できた。家に着きギターを下ろす。そして何枚かのピックと俺のCDをテーブルに並べる。彼女の連絡先等は一切聞いていないため返す方法がないのだが、彼女の名前は聞いていたので、ネットに検索をかける。シンガーソングライターとして活動もしていると言っていたので、引っかかるだろうと「ジェーン・ドゥ」と検索する。結果の欄には「名無し」と出てきた。その後も色々検索ワードを変え調べるも、名無し、名無しの権兵衛、海外版名無しなど、似たようなものが並ぶ。俺は何回かの試行の末、本名を言ってない事に気づいた。なので、俺は俺なりの探し方をする事にした。財布に入っている彼女の5千円札とピックとCDをエフェクターの空箱に詰める。そしてガムテープを貼り封をする。上には「絶対に返す」とマジックで書いておいた。

 俺は音楽家だ。なら音楽で伝えよう。彼女の耳にまた俺の音楽が届くように、鳴らし続けよう。あのトナカイの置物が実は鹿だったように、鹿でも主役のトナカイになれるのであれば、まだやりようはあるのではないだろうか。俺は新しい曲を書き始める。題名は「Deer My Jane Doe」俺はまた地獄を走り始める。


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