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ファイト!

いらっしゃいませー」

東雲麦、高校中退つまりは中卒である。この大卒、専門卒当たり前の時代に中卒が何をしてるか・・・バイトで食い繋ぐのである。悪く言えばフリーターである。今はスーパーのレジ打ちバイトだ。

そんな私にも一つ大きな夢がある。シンガーソングライターという私には大きすぎるであろう夢が。今日もバイト終わりに路上で安いアコギを担いで弾き語る予定である。

「お疲れ様でしたー」

「お疲れー。お、今日も駅前で?」

「そうっす!先輩も聞きに来て良いんですよー。待ってますから!」

「仕事が終わる頃には麦ちゃんきっと撤収してるよ。だから聞きに行けないなー。残念残念」

「全然残念そうじゃないのは何故なのか、問いただすのはやめておきます」

「いつか路上なんかじゃなく、ちゃんとした舞台で聞かせてなぁー」

先輩はパソコンから目を離さずそう言った。期待など1ミリもしてないかのように。悔しいが、その評価は正確である。このまま続けても芽が出ない事は薄々勘付いている。

「いつかじゃなく早々に聞かせてあげますよ!それじゃあ行ってきますね!お疲れ様でした!」

そんな憂いを吹き飛ばすかのように店を飛び出す

「はーい、お疲れ様」

バックヤードの扉を勢いよく開け放つ。夏の夜特有の生暖かい熱波が私を包み込む。


 「ありがとうございましたー」

パラパラとまばらな拍手が起こる。ギターケースの上には百円玉が何枚か。小学生のお小遣い以下である。私は撤収作業をそそくさと始める。ライブ中は気にならないが、終わると途端に恥ずかしくなるこの現象をなんと呼ぼうか・・・下を向き片付けをしてるとコチラに向かってくる足音に気がついた。前を向くと、先輩が居た。嬉しさが顔に出ないよう引き締める。

「あーやっぱり終わってたか」

「今日は珍しく帰り早いんですね」

皮肉まじりに言うが、内心は喜びで飛び跳ねていた。だが、同時にこの人の底抜けの優しさにもたれかかっている自分からは目を逸らした。

「そうだねー閉店前から締め作業やってたからその甲斐あって早く退勤できたよ」

先輩は意にも介してなさそうだ。この優しさが好きである。

「もう少し早ければ私の満員御礼状態のライブ聞けたのに!」

嘘である。だが見栄くらい張らせてくれ。無い胸張って虚栄をほざいてる自分を惨めに感じる位の常識持ち合わせていたら、こんなことしていない

「それはもったいないことしたかもなぁ。でも満員御礼だった割には、集まった金額それ?」

先輩は私の後ろを指差していた。ギクリと私はする。

「嘘くらい乗ってくださいよ。じゃないと見栄も張れないじゃないですか」

「まぁまぁ、無理して虚栄を張ったところで心も懐も膨れないぞ」

先輩は時々深そうで当たり前だよなぁって事を言う。

「先輩が来たし一曲くらい弾いてあげましょうか?」

「いいよ、悪いし、もう撤収しかかってるし。それに、俺もそろそろ帰らなきゃ。汗でベタベタだよ」

「そうですね、今日はかなり暑かったですからねー」

二人の間に流れる少しの沈黙。だが気不味くはない。むしろ心地の良い沈黙。ずっと続かないかなと、人並みな感情が湧いてくる。

「じゃあ明日もよろしくね」

先輩が沈黙を破る。流石にいつまでもは続けられない。

「はい、明日もよろしくお願いします」

先輩の後ろ姿を眺める。いつまでこんなことしていられるのだろうか?そんな疑問を払いのけるように、撤収作業を進めるのであった。


 次の日

「いらっしゃいませー」

一体あと何回この文字列を吐くのであろうか?バイト中無意味な思考をしてしまうのは、きっと疲れているからだ。そうに違いない。ぐだぐだ思考だけが回る。時間が来たのでバックヤードに休憩に行く。すると休憩室から話声が聞こえてきた。

「晴人くん、そろそろ回答が欲しいんだけど・・・正社員としてここで腰を据えて働くのか、このままバイトを続けるのか、そんなに悪い話ではないと思うんだけどね」

店長の少し困った感じの声が聞こえてきた。晴人とは先輩のことである。

「はい・・・もちろん嬉しい話ではあるのですが、まだ諦めきれなくて」

「別に正社員になったから、一切活動を禁止するとかはないのだから趣味程度に続けていけばいいんじゃないかな?それに、家族も心配するでしょ。いつまでもバイトだと」

「もう少しだけ、お時間をくれませんか・・・」

「うーん・・・今月中にはお返事くださいね」

扉の前で私は立ち止まっていた。いつもの戯けた自分に急いでスイッチを切り替える。

「あれ?どうしたんすか?お二人とも?何か在庫の数でも合いませんでした?」

流石にわざとらしかったか?と思いつつも、無理やり空気を和らげようとする。

「東雲さんは休憩か、じゃあ僕は売り場に戻るとするよ」

店長が立ち上がり先輩と少しアイコンタクトをとっていた。おそらくさっきの正社員になるかならないかの件についての念押しの意味合いがあるのだろう。嫌な空気である。店長が立ち去り、先輩がこちらを向く。

「麦ちゃん聞こえていたでしょ」

私はギクリとする。

「さて、なんのことでしょうか?」

下手くそにとぼける。少しの沈黙。私は意を決する・・・

「正社員、なるんですか?」

「やっぱり聞こえてるじゃん」

「えぇ、まぁちょうどドアの前にいたもので・・・正社員なんていい話じゃないですか中卒でフラフラしている私には縁遠い話で羨ましいですよ」

一気に言い切る。間を開けたら何かが鈍りそうだ

「羨ましいか・・・俺は麦ちゃんの方が羨ましいよ」

「えっと、それはどういう意味で?」

「少し昔話を聞いてくれるかい?」

唐突な切り口だが、断る雰囲気でもない。

「もちろんいいですが、休憩時間に納まりますか?」

「納めるよう努力はするよ」

私は背もたれのない丸いすを先輩の前まで持っていき座る。なんとなく緊張が走る。

「麦ちゃんは高校中退してどれくらいたった?」

「今が二十一歳なんで、三、四年くらいですかね?」

「若いね、俺は今年で二十六、もうアラサー突入だよ」

先輩が苦笑する。

「俺はね・・・いや、俺も昔ね音楽で生きていきたい思っていたんだ。始まりは大学生の終わりで、人の記憶に残るような人間になりたいと思ってギター一本担いで大学卒業と同時に上京してきたんだ。もちろん地元の両親には秘密で。俺の地元って結構田舎でさ、近くの国立大学でも行って普通に就職か、公務員になれればいいねー、なんてそんなことを本気で言っちゃうような田舎のテンプレみたいな両親だったんだ。今思うとそれが正解かもしれないけど、俺にとっては飼い殺しされてる気分だったよ。だから内緒で上京の計画立てて、趣味のフリしてギター買って、音楽で何かを変えるんだって思って、ここに来たよ。もちろん電話はめちゃめちゃかかってくるし、電話に出れば薄情者がって母親から罵倒されたりもした。そりゃそうだよな、何百万円という学費を費やしたのに最後の最後に裏切ったのは俺だ・・・だからそういう罵倒とかはまるっと受け入れた。だから最近まで実家とはほぼ絶縁状態だったよ」

私はここまで相槌も打たず黙って真剣に聞き入ってしまった。もちろん色々な思いはあったが、とりあえずは飲み込んだ。先輩は続けて言った。

「でだ、最近実家の状況が一変したんだ。簡潔に言えば親父が死んだんだ。葬式くらい来いって言われたけど今更どの面下げて行けばいい・・・そしてそれと同時に親父の会社の跡を継げだとかなんだとか。あの家に俺の意思は介在しないと思ったよ。一応店長には音楽を諦められないとは言ってるけど、実際は実家を継ぐ話も絡んでるっていうことだよね・・・悪いな。こんな暗い話してしまって。色々疲れてるのかもな。表戻るよ」

先輩が立ち上がりドアに向かうとき思わず腕を掴んでしまった。何を言えばいいか固まってなかったが、コレを逃したらもう言うチャンスはないと思ったからだ。

「うまく言えないですけど・・・先輩は優しすぎるんだと思います。だから三つの選択全てに真摯に向き合って悩んでいるんでしょうけど、キッパリと決めないのは、全ての選択肢に不誠実です。だってどれでも良いって言っているようなものだから、簡単な事じゃないのはわかります。でも、こんな時くらい優しさとか人の事ではなく、自分勝手にやりたい事やればいいんじゃないですか?」

私は一呼吸置いて頭に流れてた知らない人の知らない曲名の曲から一つフレーズを持ってくる。なんとなくぴったりな気がして。

「闘う人の事を笑うのは闘ってない人です。そんなの気にしちゃダメです」

「・・・なにそれ」

先輩が苦笑している。

「中島みゆきのファイトかよ」

「あー・・・この曲ファイトっていうんですね」

「知らなかったのかよ。弾き語りしている人間なら一度は通ると思っていたんだが・・・世代かねぇ」

「そんなに歳離れていないじゃないですか」

先輩は笑いながら「それもそうだな」そう言って店内に戻って行った。なんとなく嫌な予感が走る。


 次の日

その日小雨だった。透明なビニール傘をバサバサと開閉し、バックヤードの入り口で水を切る。昨日の先輩の話が頭の中をグルグルしている。だが先輩は今日休みである。まぁしょうがない。シフトとは残酷である。

「おはようございます〜」

私はいつの口調で挨拶をする。

「今日までありがとうございました!」

ドアの向こうには店長に勢いよく頭を下げる先輩がいた。

「えーと、どういう状況でしょうか?」

困り顔の店長と険しい顔の先輩。なんとなく察しはついたが、見て見ぬふりをした。現実を見たくない・・・先輩が私を見つける。

「店長最後のお願いです。麦ちゃんを30分くらい貸してくれないでしょうか?」

「良いよ。後輩と積もる話もあるだろうし。それじゃあ、ありがとうね」

そう言うと店長は作業を再開した。私の承諾は省力されたようだ。

「じゃあ行こうか」

私は訳もわからず先輩の後ろをついて行く。


 行き着いた先は店から少し離れた公園だった。屋根のあるベンチに座り、私はとりあえず確認をする。

「辞めちゃうんですか?」

「そうだね」

「これからどうするんですか?」

「地元に戻る」

「意外ですね。私は音楽をもう一度志すのかと思いましたよ」

「それも考えたけど、俺にはもうあの世界は眩しすぎる。それに麦ちゃん言ったでしょ。闘う人の事を笑うのは闘ってない人だって」

「言いましたね」

正確には中島みゆきが言っているのだが、今は私の言葉ということにしよう。

「だから俺は親とキッチリ決着つけてくる。逃げ回るのは終わりだよ」

「そうですか・・・私には口を出す権利ないと思うので、先輩の好きにしたらいいと思いますよ」

「ありがとうね」

「で、わざわざ私にそれを言う為に此処に連れてきたんですか?」

「いや、違うよ。本題はここからだよ」

「なんです?」

「俺、実は麦ちゃんのライブ何回か観たことあるんだよね。お客さんは少ないけど、爆音で楽しそうに弾く麦ちゃんを少し羨ましく思ったよ」

「それはどうもありがとうございます」

見られていた恥ずかしさが少し込み上げる。

「けどね、俺は心のどこかでそんな麦ちゃんを見て愉悦してたんだと思う。笑っていたんだよ。芽は出ないだろうなぁって。そうやって安心してた。自分を慰めていた」

「そうですか・・・最低ですね」

「そうだな。最低だよ。だから俺は麦ちゃんと一緒には歩けないし、同じ道を目指せない。だから・・・さよならだ」

「そうですか・・・残念です」

私は小さく言った。

「先輩、私からの最後のお願い、いいですか?」

「なんだい?」

「少し一人にしてください」

出来る限りの取り繕い言う。

「わかった」

先輩がベンチから立ち上がり、少し歩いた先で振り返る。

「麦ちゃん。さよなら。あと・・・ファイト!」

先輩は大声でそう叫ぶと、手を小さく振って去っていった。

「ったく・・・うるさいですよ」

私の友情以上恋未満の気持ちはここで終わりを告げられてしまった。空は私の気持ちと正反対の、皮肉じみた雲一つない晴天だった。



 〜数年後の冬〜

「東雲さん、今日残業頼める?」

「店長すいません今日はだめなんですよーちょっとこのあとライブがあるんで」

「あーそうだったね。ごめんごめん。そっち優先して良いからさ、なんなら少し早めに上がりなよ、こっちは大丈夫だから」

「ありがとうございます!」

この数年で私の周りは色々変わってしまった。まず私自身バイトから契約社員になったつまり出世である。だが、シンガーソングライターは続けている。そしてそのシンガーソングライタ―の方も今は路上で細々やっているのではなく、弾き語りの聴けるバーでしっかり給料をもらいやっている。お店では大人気である。一応副業という形で許可はとったが、バーの給料袋はいつも薄いため半分趣味みたいな感じだ。

「お疲れ様でしたー」

「はーいお疲れ様、頑張りなよー」

私は軽く会釈をして扉を開ける。雪がちらつき始め、寒さが頬を刺す。電車に揺られバーに着く。新しく買った少し良いギターの準備をしてステージにでる。今日はオリジナルソングと何かリクエストを聞いて即興で弾こうかと思っている。電気が点灯し顔を上げる。拍手がなる。バーは満席である。私はライブで弾き始める前に少しだけ話す。話す内容はその場で考えているが、今日は頭が回らなくなってしまった。それはそうだ。一番奥の席に先輩が座っているのだから。スーツ姿の少し老けた先輩が笑顔で拍手をしている。左手には指輪が光っていた。心の中で祝福はしておいた。下を向きもう一度前を向く

「皆様、拍手ありがとうございます。すいません、この場で確認申し訳ないのですが、店長、急遽セトリ変えても良いですか?」

カウンターでカクテルを作っている店長がキョトンとしながら親指を立ててくれた。

「ありがとうございます。では皆さん一曲目なのですが、私はこの曲を数年前まで、歌詞だけ知っていて、誰が歌っているとかどんな曲だとか全く知りませんでした。けど実際はすごい有名な曲で知らない方が珍しいみたいです。そんな数年前の私に向けて歌います」

私は一呼吸おき先輩を見る。私から目を離さず笑っていた。

「聞いてください」

私の恋は今やっと終わった

「ファイト!」


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