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「宿敵」

1位と2位の差は0.01秒。一瞬にも満たないその差には、数字以上の重みがある。この差は俺とアイツの努力の差だ。途方もないくらいの時間と、毎日動けなくなるまで走った血の滲む努力を凝縮した結果だ。他人はこの差を才能の差だとか、時の運だとか吐かすだろう。だがこの差は明確に俺とアイツの優劣なのである。俺の限界なのである・・・

 高校一年生の4月。合格してから出される中学の総まとめみたいな課題をこなし、入学していきなりある課題試験。内容は解いてきた課題と、それを少し捻った問題。割と難しかった記憶。

「ふぁ〜・・・眠い」

「春眠暁を覚えず、まさにお前のことだな」

中学陸上東北大会の1位と2位が高校でも揃って歩いている。1位は隣の眠くなっている高身長イケメンのコイツ。2位は身長が低くはないが高くもないそこそこの顔をした俺である。中学が一緒なのは近所で当たり前なのだが、高校まで揃うとは・・・合わせたわけではない。つまり偶然である。しかし、推薦の話は俺以上に来ているはずなのに、なぜこんな田舎の自称進学校みたいな所に来たのか謎である。俺ですら6校から推薦があった、つまりコイツは7とか8とか来てる気がする。引く手数多だったろうに・・・聞いてみるか。

「そういえば、中学在学中は推薦の話タブーな感じだったから聞いてなかったけど、何校から来た?」

「俺は10校から来た。学費全額免除も何校かあって嬉しかったよ」

想像を遥かに超えてきた。人によっては0なんてのもザラにいる中10校は規格外である。俺の6もまぁまぁ多いが・・・コレが1位と2位の差である

「そんなに好条件ならそっちに行ってもよかったろ」

「うーん・・・行ってたら俺は速くなれないだろうね。俺は速い人が隣に居ないと速くなれない気がする。そして1位の次に早いのは2位、理論的にはお前になる。だから先生に聞いてついてきた」

中学3年間で気づいてはいたが、コイツはまぁまぁ狂ってる気がする。俺が無条件にまだ陸上をすると思っていやがる。それと先生は何故他人に人の受験先をポンポン言ってしまうのか。普通にダメだろ。

「お前が勘違いしているようだから今のうちに訂正しておくが、俺は陸上を続ける気はないぞ。お前みたいに恵まれた体躯があるわけでもないし、限界まで努力をして負けたんだ、もうやることもないだろ」

言い切り横を見るとアイツがいなくなっていた。アレ?と思い後ろを見ると冷たい視線が俺を眺めていた。辞めるの?と言わんばかりの目だった。

「やめるんだ」

「あぁそうだよ」

「そっかぁ〜・・・」

空を見ていつもの平坦な口調で言う。空は赤く染まり出していた。

「でもね、君はまた走り出すと思うよ。僕が言うんだ間違いない」

「なんだよ、お前はいつから預言者になったんだ?」

「預言者?確かに預言者になれたら良いかもね・・・でも今回は違うよ。3年間君の隣を走った僕が言うんだ。君は誰よりも楽しそうに走っていた、間違いない。根拠なんてないけど、この感覚は確かだし、僕はそれをひたすらに羨ましく思っていたんだ。毎日トラックをぐるぐる回って疲れ切って歩けなくなるまで走って、何が楽しいのか訳わからない状況でも君は笑っていた。歯を食いしばりながら、顔が苦痛に歪んでいるのに目はずっと笑っていた。そんな狂人とも言える君が僕の横で走っていたから、僕は最後まで走りきれたし、これからも走っていけると思うんだよ。だからなんて言っていいかわからないけど、君は一旦ここで立ち止まるだろうけど、きっとまた走り始める。そしてまた僕に追いついてくる。その日を楽しみにしているよ」

俺はなんて返答したらいいのか、その時はわからなかった。俺が狂ってると思っている奴に、狂人と言われた。多分二人して狂っていたのだろう。

「お前がそう言うならそうなのかもな。けど、一旦立ち止まらせてもらうよ」


 〜二年と数カ月後〜


「何が腹立たしいって、お前が5レーンなのに俺は6レーンってところだな」

「しょうがないよ、だって君一年間くらい運動部じゃなく美術部とか才能の全くない分野にいたわけだし」

「ウルセェ入学早々立ち止まった俺が悪いが、お前も部活テキトーにサボったりしてたじゃないか」

「それは君がいないせいでつまらなかったからであって、間接的に君が悪い」

「あ?そんな言い訳通用しないと、これからのレースでわからせてやるからな」

「君さっきから強気だけど、レーン的には僕の方が速い判定で予選抜けているからね、どうせ今回も一位は僕で二位は君だから。安心して走るといい」

「ハハハ、その発言レース後に撤回させてやるからな。土下座しても許さん」

こんなやりとりが心地いい。だがこれも後数える程度だろう。下手すればこれが最後である。コイツは文系、俺は理系、目指す大学も違う。おそらく大会が終わり受験になれば疎遠になるであろう。大学に行けばもっとである。

「お前、覚えてるか?」

「何を?」

「一年生の課題試験の帰りに陸上やめるって俺が言ったこと」

「あーあったねそんなことも。いやぁー見事僕の言う通りになったね。預言者の才能あるかも」

「本当にあるかもな・・・ありがとな」

おそらくコイツに言った最初で最後のお礼である。

「いいよ別に。君のことを引き止めるつもりで言ったわけじゃないし。思っていること言ったまでだよ」

「そっか」

これ以上は不要な気がした。


 会場にアナウンスが流れる

「只今より百メートル決勝を開催いたします」

各選手がガチャガチャとスタートダッシュに使うブロックを調整し始める。鉄の匂いとトラックのラバーの匂いが鼻につく。横のアイツが1本スタートダッシュ練習をする俺はチラリと白線から前に目線を動かす。静かに笑っている狂人がいた。俺はクラウチングスタートの体制をとりその狂人に見せびらかさんばかりに10メートルほど走った。今日の俺は絶好調だと伝えるために。歩いてスタートラインに戻る途中もう一度アイツを見る。狂人はもう笑っていなかった。真剣な眼差しで俺を見ていた。お互い最高のレースにとアイコンタクトをとったつもりである。スタートラインに全員がつく。機会音声が流れる

「オンユアマーク・・・セット・・・」

雷管が鳴り響く・・・俺はもう止まらない。

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