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お盆

 何年前だろうか?自分が学生時代に友人が死んだ。もうその友人がどんな顔だったか、どんな声だったか、忘れてしまっていたが、覚えていることがある。友人はとんでもないお人好しだった。そんなお人好しが今目の前に「久しぶり」と言い、片手を上げて立っていた。とりあえず・・・顔と声は思い出した。


「まぁ〜久々の再開だしゆっくり座って話そうや。募る話もあるだろうしこっちに座れよ」

 友人がまるで自分の家かのように仕切り出した。

「いや、ここ俺の家だから」

 俺は呆れながら言う。椅子から降り冷蔵庫から飲み物を取ってくる。

「麦茶でいい?」

「いいよ〜」

 麦茶をピッチャーごと出して、グラスを二つ用意した。すると友人はこちらを見て「サンキュー」と歯を見せて笑った。その顔は昔のまんまだった。

「麦茶をピッチャーごととは成長しましたね!昔はコップ半分くらいしか注いでこなかったくせに」

 友人がはやし立てる

「そろそろ飲み切りたかったんだよ。そう言うお前は昔から姿も中身も変わってないな」

「当たり前だろ、だって俺死んだんだぜ、成長してたらまずいだろ。そんなこともわからなくなるくらい阿保になったのか?」

 中学生の見た目の奴に阿保よばわりされるのは些か腹が立つが、今はとりあえず再会できたことが嬉しい。何を話そうかと頭を回すが、いざ考えると案外ない。俺は本当にコイツと仲が良かったのか?と疑問になるくらい何も浮かばない。そうこうしてると一杯目の麦茶を飲み干した友人が声をかけて来た。

「問題!今日俺はどうやってここまで来たでしょうか〜」

 実に学生みたいなノリである。昔の俺達なら自転車だが・・・

「自転車?」

 俺はそのまま答えてみた。

「惜しい!正解は・・・馬!」

「は?お前乗馬できたのか?結構難しいって聞くぞあれ」

 気にするところはそこではないであろうが、死人が目の前にいるのだ、今更些細なことだ。

「確かに難しいけど、天国では必修だからな〜帰省に必要だし必死で覚えた」

「お前みたいな中学生でも乗馬できるなら、俺も機会があればやってみようかな」

「そうだな、やってみろ。ダイエットにもいいらしいから、いいんじゃないか」

「まぁ・・・機会があれば」

「つまり・・・やらないと」

「・・・」

 俺たちは顔を見合わせて笑った。久々にこんなくだらないことで笑った気がする。


 ひとしきり笑い合った後、俺は本題に切り込んだ。

「天国ってどんなところ?」

「そうだな〜・・・」

 少しの沈黙。開け放った掃き出し窓から熱い風が入って来た。セミが鳴いてる音だけが部屋に反響する。

「あんまりいいところじゃないよ」

 友人は静かに呟く。二人して外の入道雲に目を移した。遠雷がした・・・気がする。

「天国はさ、要は第二の現実なんだよ。つまりこことあまり変わらない。過労死は問題になっているし、環境汚染とかも騒がれてたよこの前。もちろんいじめとかブラック企業もあるよ」

「そっかぁ・・・大変そうだな」

 吐き出すように俺は天井を仰ぎ見る。

「そうだよ。」

 友人の同意が、変に真実性を帯びさせる。

「でもさ、お前がいるじゃん。それだけで楽しいそうだよ」

 俺は天井を見ながら、いや、友人の顔から目を逸らしながら言った。

「・・・」

「俺はもうお前の顔を直視できるほど、綺麗じゃない、ただの疲れたサラリーマンだよ。昔と変わらない臆病者だよ」

 友人がどんな顔で俺の独白を聞いているのか、そんなの、見ないでもわかる。きっとあのお人好しは、悲しい顔をしてくれている。

「とりあえずさ、天国はいいところではない。帰ってくるために乗馬は覚えなきゃだし、行きは早いけど帰りはゆっくりで尻痛いし、社会問題もいっぱい。だからまだまだくるなよ。首を長く待たせてくれよ・・・」

 長い沈黙。セミの声はもう聞こえなくなっていた。外は少し赤く染まっている。


 友人が突然立ち上がり、玄関の方に歩き出した。俺も後ろをついていく。

「じゃあな、そろそろ時間だから」

「おう」

 俺は素っ気なく返す。

「あと最後に、俺は誰も恨んでいない。あれは・・・ただの事故だ。だから泣くな。男だろ」

 俺は涙を拭い、友人の方を見た。

「親父みたいなこと言うなよ。」

 俺は笑いながら言う。

「そうそうその調子。じゃあ〜これでお別れだ。またな」

「あぁ、またな」


 俺は玄関の鍵を閉めて家に戻る。もう一度椅子に登りとりあえず縄を解く。麦茶を飲みながら、自分の代わりに虐められ、川に身投げしたと思っていた友人を思い出した。事故だと友人は言った。手放しで信じるわけではないが、もらった命だ。くれた本人の意思を優先するのが筋だろう。冷蔵庫を開けて胡瓜と茄を出し、割り箸で足を作る。夕暮れ時どこかからか子供の声が聞こえる。俺は友人の名前を呟き「さよなら」と一言、窓を閉めた。


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