第11話:全滅
そろそろ終盤です。
メルゼリア城をあとにした俺たち。
そういえばリリアを聖騎士と戦わせるのをすっかりと忘れていた。そのことをリリアに謝罪すると、
「リッチと戦うので大丈夫ですよ」
リリアは笑ってそう答えた。
どうやら彼女の興味は聖騎士から上位モンスターであるリッチに移っているようだ。
行きは馬車だが帰りはテレポートで一瞬。すぐに我が家へと帰宅できた。
屋敷へと戻った俺たちは翌日の出発に備えて遠出の準備を行う。
準備といっても必要そうなものをアイテムボックスに収納するだけなので大して時間はかからない。
雪の民にも《カフカの幽遠》に行くと一言伝えて、昨夜放置したクラウスのいる地下へと戻った。
正直な所、いまはシャインよりもこっちが悩みの種だ。
クラウスは何もない壁をボーっと眺めている。俺がやって来ても無反応なので一瞬死んでいるのかと思ってしまった。
話しかけても反応がない。体が小刻みに動いているので生きているのは間違いない。
様子がおかしいのは間違いないが、シャインの問題が終わるまでは放置しようと思う。
「俺はしばらく出かけるから雪の民に迷惑をかけるんじゃないぞ」
「ネクロの魔法精霊は見つけたか?」
クラウスが急に反応してきてびっくりした。
俺は黙って首を横に振る。
「残念だがお前の望みを聞くことはできない。ネクロで仲間を蘇生させる事は間違っている」
俺ははっきりとそう答えた。
普段のクラウスなら反論してもおかしくないが今のクラウスは無言だ。
「ネクロの魔法精霊は見つけたか?」
それどころか同じ言葉を繰り返した。
「何度も言わせるな。無理なモノは無理だ」
「ネクロの魔法精霊は見つけたか?」
「いい加減にしろ! ネクロで復活させてもそいつはもうお前の知っている仲間じゃない! ただのゾンビなんだよ!」
俺は感情を爆発させて話が通じないクラウスに対して怒鳴った。
意味がないのは薄々わかっていたがそれでも声を張らずにはいられなかった。
彼らが死んだのは俺だって辛い。
自分だけが被害者みたいな面をしているこいつが気に食わなかった。
「ネクロの魔法精霊は見つけたか?」「ネクロの魔法精霊は見つけたか?」「ネクロの魔法精霊は見つけたか?」「ネクロの魔法精霊は見つけたか?」「ネクロの魔法精霊は見つけたか?」
クラウスは同じ言葉を何度も繰り返した。
俺はクラウスに対して狂気を感じた。
こいつやっぱりおかしくなってるわ。
地下室を出た俺はすぐにメルディに連絡をする。
『どうしたシルヴィル。先ほどの事で何か質問でもあるのか?』
『いいや、俺が暮らす屋敷に精神に異常をきたした奴がいるんだ。ちょっと見てもらえないか?』
『……ったく、睡眠病患者の次は精神病患者か。お前のところはいったいどうなっているんだ』
メルディはぶつくさと文句を言いつつも、すぐにやってきてくれた。
俺はメルディにクラウスの事を新しく説明する。
すると、メルディは眉を潜める。
「いまクラウスといったか? そいつってもしかして金髪の剣士か?」
「ああ、そうだけど、メルディも知っていたのか」
「知っているもなにも、そいついま王都の憲兵が全力で捜索している犯罪者だぞ」
マジ?
あー、ついにやっちゃったのかクラウス。
犯罪だけはダメだっていつも言ってたじゃないか。
俺も白狐族を所有しているから人の事は言えないけど、憲兵から追われる案件はマジでヤバイって。
運が良くて国外追放、最悪処刑されるぞ。
クラウスの今後に暗い未来を感じながらメルディを地下へと案内する。犯罪者とメルディなら後者の方を優先すべきなのでクラウスを庇ったりしない。下手に庇ったら俺たちも共犯になるしな。
「こいつで間違いないか?」
「ああ、間違いない。ネクロの魔法精霊を宮廷から盗み出した重罪人だ」
しかも宮廷から盗み出したのかよ。どんだけ命知らずなんだ。
クラウスが逮捕されるのはもう仕方ないにしてもクラウスの様子がおかしい理由を知りたい。
俺はクラウスの様子が異常であることをメルディに伝えた。
「それはスキル使いが無理やり魔法を使おうとした反動だ。
魔力がない者が魔法を使おうとすると、魔法精霊の制御ができずに自分自身にはね返ってくるのだ」
「え? じゃあそれって」
「一言で説明するなら、今のこいつは『ゾンビ化』してるって事だ。姉さんを冒涜した者に相応しい愚かな末路だな」
一切の同情の欠片もなくメルディはそう吐き捨てて、鼻を鳴らす。
また、クラウスを前に口にした姉さんという呼び名。
そうか、メルディにとってクラウスは実の姉を死なせてしまった男なのか。
もちろんそれはわざとじゃなかったのかもしれない。
最後の言葉は、双子の妹としてのやるせない気持ちなのだろう。
その後、クラウスは憲兵に身柄を引き渡された。
また、これはメルディの推測であるが、屋敷の魔導書を盗もうとしたのも、生前の行動を繰り返すゾンビの性質が原因とのこと。
なんにせよ、出会った時点で頭がおかしくなっていたのは間違いないだろう。
肝心の治療法であるが、
ゾンビ化の状態を解除する方法は《キュア》しか存在しないらしい。
「皮肉なモノだな。
私は偶然にも《キュア》を持っている。
だから私はこの男を助ける事ができるというわけだ。
そしてお前はキュアではなくその原型となる《シャイン》を探している。
この噛みあわなさが姉さんを死なせてしまったのだろう」
メルディは苦笑いをした。
俺は何も答えられなかった。できる男なら気の利いた一言でもかけられたかもしれないが、あいにく俺は自分では何もできない男だ。
リリアがいたから上手く行っただけで、もしリリアがいなければ俺は今でも底辺冒険者として地べたを這いずり回っていただろう。
俺はただ運が良かっただけだ。
メルディが屋敷をあとにした後、俺は当時の記憶に想いを巡らせた。
もし、俺がエディアの真意に気づいていれば、ティオたちは死ななかったかもしれない。
俺なら絶対にクラウスのような初歩的なミスをしない。間違っても敵のアジトに誘い込まれるような事はない。
だが、ティオ、リン、エディアは全員死んでしまった。
そしてクラウスも犯罪者として捕まってしまった。
俺のいたパーティは正真正銘、全滅したのだ。