第10話:魔法精霊
「そろそろ本題に入るか」
ドーナッツを食べ終えたメルディは、3枚の資料を俺たちの目の前に並べて、魔法精霊の説明を始めた。
メルディの話によると、シャインは文献通り絶滅しており、メルゼリア王国での目撃記録は200年ほど存在しないらしい。
他国の記録も似たような感じで、それっぽい情報はちらほらあるが、10年前とか信憑性に欠ける大昔の記録ばかり。
「シャインは元々数が少なく貴重だったから情報も出回っていない。
スリープの全盛期ならともかく、いまのスリープは禁術扱いだからな。
現在も使用が許可されている国はどこにも存在しない。
よって、対処法とされるシャインの扱いも、時代と共に軽視されるだろう」
「ところでシャインは何故絶滅したんだ?」
魔法精霊が絶滅することは基本的にない。
精霊は自然発生する生き物なので、数こそ少ないが、際限なく湧いてくるものだ。
「専門家の話によると世界規模の精霊変異が起きたという説が有力だ」
「精霊変異?」
「猿から人間に進化するように精霊も進化する場合もある。
シャインの場合はキュアだな。
状態異常を治癒する魔法だ。あの魔法はシャインがいなくなったと同時にキュアが現れ始めたんだ」
メルディによるとキュアの原型がシャインとの事だ。
進化した理由は漠然としており、現在も調査中との事だ。いずれにせよ進化した理由なんてわかっても大して役には立たないが。
俺が求めているのは「シャインはどこにいるか」というシンプルな『結果』だけだ。過程はどうでもいい。
「ご主人様の仰っていたように、シャインはもういないんですね……」
リリアは悲しそうな表情で呟いた。
じゃあヘカテーは今後もあのまま目覚めないということか。
屋敷にずっと置いておくわけにもいかないし困ったなぁ……。
「たしかにシャインはもう存在しない。だが、シャインを所持している可能性がある者を私は一人知っている」
「「え?」」
俺とリリアは同時に声を発した。
「リッチという魔物に聞き覚えはないか?」
メルディの口から物騒な名前が飛び出した。
本来、人間は死亡後にターンアンデットで浄化されるんだが、事故や失踪などで遺体が見つからずに浄化から漏れた存在はゾンビになる。
その中でも高レベルで、さらにステラの加護を受けた者は、ゾンビからリッチという上位モンスターに変異する場合がある。
上位モンスターというだけあって非常に強く、Aランク冒険者でないと太刀打ちできない桁外れの強さを誇る。
「一週間前、《カフカの幽遠》と呼ばれる場所でリッチの目撃情報があった。
こいつが《シャイン》を所持しているかどうかは不明だが、《ナイトメア》を使用できることが確認されている」
「ナイトメアだと!?」
「ご主人様、《ナイトメア》ってなんですか?」
「相手に悪夢を見せる魔法だ。実はこの魔法精霊も絶滅しているんだ。それもシャインよりもっと昔にな」
「!!」
リリアの尻尾がピンと逆立った。
「リリアも気づいたようだな。
ナイトメアを所持しているということは、シャインが存在していた時代から存在していたという事だ。
運が良ければシャインの魔法精霊も所持しているかもしれない」
メルディの追加情報によると、カード化されている魔法精霊は自然界とは切り離されるから、変異する可能性は極めて低いとの事。
現にナイトメアの魔法精霊を使ったのがその証拠。
運が良ければまだシャインの状態で所持しているかもしれない。
「だが期待するなよ。シャインは元々数が少ないんだ。そのリッチが持っている可能性はせいぜい3%だ」
と、メルディは一言補足した。
「万に一つでも可能性があるだけで充分だよ」
「お前がそう言うのなら別に構わないが……。
ところで、肝心のスリープを受けた奴は誰なんだ?」
昨夜の会話を思い出したのか、メルディはヘカテーのことを訊ねた。
そういえばまだメルディには説明していなかったな。
説明しようと口を開きかけたが、
「ヘカテーさんですよ」
と、リリアが俺の代わりに答えた。
「…………ああ、同姓同名の方ですね」
「本人ですよ」
「……はい?」
メルディはリリアの発言に対して首をかしげる。
当然の反応だろうな。ヘカテーは1000年前に存在していた魔術師。今はお亡くなりになっているはずだからね。
俺はメルディに《フィッツの森》で起きたことを説明した。
メルディは腕を組んで黙って話を聞いていた。大体話し終えたタイミングでゆっくりと口を開いた。
「興味深い話ではあるな。お前が言っている本とやらを見せてみろ」
俺はメルディに地下で拾った本を渡した。
メルディはそれを受け取ると、顔をしかめた。
「汚い字だなぁ」
「もしかして読めるのか?」
「もちろん読めるぞ。
これはアース語というものだ」
なんと!
メルディはこの本を解読できるようだ。
流石メルディさん! 宮廷魔術師は伊達じゃない!
「アース語ってなんですか?」
「地球という国の言語だ」
「聞いた事がない国名だな」
「この世界には存在しないからな」
「どういうことだ?」
「メルゼリア王国にはまれに流れ者がやってくるんだよ。
私たちの世界とはまったく異なる言語、知識、価値観を持っている謎の存在。
それを私たちは異世界人と呼んでいる。
この異世界人は、共通してアース語というモノを使用する。
たとえばこの文字はアース語ではプリンと読む」
「プリンなら私も好きですね」とリリアが呑気な感想を口にした。
ふむふむ、異世界人か。
そんな存在初めて知ったな。今はまったく聞かないけど昔はそんな奴がいたのかな。
「彼らの共通した特徴だが、我々の世界に地球の知識を落とし込もうとする傾向がある。
それが悪いとは言わないが、あまり歓迎されず、奇異の目で見られていたそうだ」
そうなんだ。
「だが、一部のお菓子は異世界人が発祥と言われている。
お菓子は材料と作り方さえわかれば誰だって作れるからな。彼らでも知識として反映させることができたのだろう」
言いたいことはなんとなくわかる。
元の世界の知識はあるけど肝心の原理はわからないというやつでしょ。
俺たちが使用するスキルもそうだね。
女神ステラが作ったものだとわかっているけど、その原理は未だに解明されていない。
ヘカテーが偉人扱いされているのは、魔法の原理を解明し、体内魔力だけで魔法を使用できるように開発したからだ。
余談だが、ステータスというキーワードも異世界人が発祥らしい。
街中で「ステータスオープン!」と叫んでいたのが大ウケして世界中に広まったらしい。
他にも草生える、激おこ、ぴえんという謎ワードも異世界人が広めたそうだ。
本当に変なモノしか広めてないなこいつら。
「それには何と書かれているんだ?」
「こいつの字が下手すぎて解読に時間がかかる。三日ほど時間をくれ」
「わかった。じゃあ三日後にまた来るよ」
俺たちはメルディにお礼を言ってメルゼリア城をあとにした。