第8話:剣士のなれの果て
地下牢にいたのはまさかの剣士クラウスだった。
半年前と比べると、彼はひどくやつれており、幽鬼のような顔で俺を睨んでいる。
シャーマンゴブリンにパーティを壊滅させられて、冒険者を引退して田舎に帰ったと思っていたが王都に帰ってきたのか。
パッと見た感じ、仲間の死から立ち直ったという感じではなさそうだ。
むしろ半年前より悪化してないか?
知人のあまりの変わりように、少しだけ驚いたが、俺はいつも通りの雰囲気で話しかけた。
「よう、クラウス。どうしてお前がこんな所にいるんだ?」
「シルヴィルか。お前に用があってきたんだ」
クラウスは俺が屋敷を買った事を知らないはずだが、どこかで情報を仕入れてきたのだろうか。
「俺に用事?」
「手に入れたい魔法精霊がいる。地図スキルを持つお前の力が必要だ」
俺の地図スキルには索敵スキルがあるため、近くを魔法精霊が飛んでいたら探知できる。
「なんていう名前の魔法精霊だ?」
「《ネクロ》だ」
ネクロの魔法精霊。
死者を甦らせる能力を持っている力がある。だが、この甦らせるという行為はゾンビという形でだ。
死者を冒涜する行為であるため、王都でもこのネクロを使用することは禁止されている。
「あいにく無理な相談だな。ネクロの使用は王都で固く禁じられている。使用すれば憲兵に捕まるぞ」
「三人にまた会えるなら別に捕まってもいい」
クラウスの発言にやや恐怖を覚えてしまう。
今の発言から察するに、彼はネクロを使ってエディア、ティオ、リンの三人を蘇生させたいのだろう。
仲間が死んでしまったのは同情するが、それはちょっと違うと思うぞ。死んだ三人もそれは望んでいないはずだ。
それに雪の民が言っていた、屋敷の魔導書を盗もうとしていた行動も気になる。
本当に俺が目的でやってきたのか?
考えてもわからん。
ちょっと言動がおかしくなってるもんこの人。
これから寝ようとしていたタイミングで、めちゃくちゃ面倒な奴がやってきた。
これじゃあリリアと気持ちよくスキンシップできないじゃん。
俺はため息を吐いて、地下牢をあとにした。ちなみにクラウスはあのままだ。
今は放置安定。
いま会話しても上手くいきそうにないので、アイツとの話は明日に回そうと思う。
その後、一時間ほど入浴して、一日の疲れを取り除いた。
お風呂から上がり、寝室に戻り、就寝前のティータイム。
すると、扉からノック音が聞こえた。
寝室の扉が開いて『リリア様』が入ってきた。
帰ってきた時はリリアだったのにいつの間にかリリア様になっている。
「どうした? もう眠ったんじゃなかったのか?」
現在の時刻は23:00
普通の彼女は既に眠っている時間だ。
「なぜ私がここに来たのか当てて見なさい」
「うーん。わからないなぁ。ヘカテーの件か?」
「残念ながらハズレよ」
「じゃあ正解は?」
「その説明をする前に今のメルゼリア王国の状況を理解する必要があるわ」
あっ、これは答える気がないな。
長年の付き合いで薄々理解できた。
クールなリリア様もリリア同様にジョークを言うことがある。
性格は違っても、同じリリアだからね。価値観は同じだ。
「ご主人様は相変わらず紅茶を飲んでいるのね」
「俺から紅茶を取ったら何も残らないぞ」
メルゼリア国民は紅茶が大好き。
俺自身も紅茶が欠かせない。
「リリアも飲んでみるか? 甘くて美味しいぞ」
「私は遠慮しておくわ。紅茶は私の口に合わないもの」
リリア様はベッドに座った。
俺の顔をジッと見つめてくるので、ニコリと微笑んであげると、彼女は大きくため息を吐いた。
俺というイケメンに対して、とても失礼な態度だ。
「最近、アナタが私に冷たいような気がするのよ」
「ええ!? そんなことないと思うけど……」
彼女の隣に座り、彼女の肩にそっと手を回した。
「思い出してみなさい。雪の民の一件以来、一度も戦った記憶がないわ」
「今日も戦ったじゃないか」
「それは変身前でしょう? 変身後の姿では戦っていないわ。これは立派なタイトル詐欺よ。私に戦わせなさい」
あまりの出番の少なさでメタ発言してしまうリリア様。
「困ったな。戦いたいと言われても明日は宮廷に行く予定だぞ」
「宮廷で戦えばいいじゃないの。宮廷には強い人がたくさんいると聞くわ」
「誰と戦いたいんだよ」
「聖騎士セシリア。彼女と手合せをしたいわ」
名前だけなら聞いたことがある。
三か月ほど前、この王都にめちゃくちゃ強い女騎士がやってきたそうだ。
冒険者ギルドでも話題になっていた。
「宮廷ではあまり目立ちたくない。白狐族だとバレると面倒なことになるぞ」
「バレたところで問題ないわ。向かってくる奴らを全員ボコるだけよ」
まるで武闘家と同じような思考回路だな。
あいつもすべて暴力によって解決しようとしていた。
暴力イズベストです!!
アイツの口にした言葉で一番インパクトがあるものだ。
「王都で暮らせなくなるからやめてくれ」
「だったらどうすればいいか、ご主人様ならわかるはずよ」
リリア様はセシリアと戦いたいみたいだ。
彼女は頑固だ。一度戦いたいと決めたら中々折れてくれない。
このまま続けても押し問答になるだけなので、彼女の気持ちを尊重することに決めた。
「しゃーないな。一応メルディに掛け合ってみるよ」
「愛してるわご主人様」
「これもご主人様の役目だ」
「ご主人様の役目なら他にもあるわよ」
リリア様はベッドの上に横になった。
「今夜はここで眠るわ。私のお願いを聞いてくれたご褒美よ」
「今日はやけに甘えてくるな」
「たまにはいいじゃないの。私だってそういう気分の時くらいあるわ。ご主人様、私を抱きしめなさい」
リリア様が手を広げた。
命じられた通り、リリア様を抱きしめた。
変身した彼女は身長も高くなるので、抱きしめた時の感覚も全然違う。
彼女のご奉仕キスを丹念に味わう。
「変身前の私と変身後の私、どっちの方が好きかしら?」
「愚問だな。今はお前の方が好きだ」
何度もキスを交わして、彼女の胸にパフパフする。
衣服越しでもわかる柔らかさ。とても幸せだ。
結局、一晩中リリア様とスキンシップをしてしまった。
翌朝、7:00にメルディから連絡が入ったが、俺は全く気づかなかった。
スヤスヤと夢の中だったからだ。
彼女の連絡に気づいたのは3時間後の10:00だった。
履歴が三件ほど入っていた。
思わず飛び上がるほど驚いた。
おそるおそるメルディに連絡を入れる。
絶対に怒っていると思った。
女性は着信スルーを極端に嫌う傾向がある。
昔、エディアも着信スルーした時はガチ切れしていた。
しかし、メルディは違っていた。
怒るどころか「何かあったのか?」と逆に心配されてしまった。
すごく申し訳ない。
リリア様と一晩中スキンシップしてましたとは言えないので、剣の鍛錬に夢中になってて気づかなかったと嘘をついてしまった。
現在、彼女は宮廷で仕事中らしい。
メルディの方から屋敷に赴く事は、夜まで難しいと言われた。
その代わり、今から宮廷に来てもいいと許可を貰った。
ありがたや、ありがたや。
俺より若いのに対応がずっと大人だ。
謝罪もかねて、ドーナッツの詰め合わせを持って行こう。




