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第4話:名前を決める

 雪の民をワンパンで倒して一時間が経った。

 俺はベッドの上で眠っている雪の民を観察する。


 青色の髪は肩までかかっている。

 身長は150センチほどの小柄、黒色を基調とした忍び装束を着ている。

 首にはマフラーを巻いており、朝は口元が見えなかったが、顔全体が見えるようになると、かなりの美少女だとわかった。


「ご主人様。その子を見る目つきがいやらしいわよ」

「……俺はリリア一筋だ。他の女に目が移ることなどありえない」

「本当かしら?」


 冒険者としての信頼はあっても、下半身に対しての信用はないようだ。

 リリア様とたわいもない話をしていると雪の民が目を覚ました。

 雪の民は上体を起こす。


「むにゃむにゃ……拙者はいったい」

「よう、気がついたか」

「むっ!?」


 雪の民は俺たちに気づくと、ベッドから跳ね起きて、俺たちから距離を取った。

 彼女はすぐに剣を抜こうとしたが、既に回収済みなので無意味。

 剣が奪われているとわかるや彼女は憤怒した。


「ぬぬぬ、泥棒め!! 拙者の大切な剣をどこへやった!!」

「いや、泥棒はお前だろ」

「拙者は断じて泥棒ではない!! 拙者はこの屋敷の守護者ガーディアンでごじゃる!」


 雪の民は自分の事を泥棒ではないと断言した。

 彼女の反応に俺は眉をひそめる。

 

守護者ガーディアン?」

「どういう事? ちゃんと事情を説明してもらえる?」


 リリア様も困惑している。

 すると雪の民は、その言葉を待ってましたと言わんばかりの自信に満ちた笑顔を作る。


「拙者を知らないとは命知らずの二人でごじゃるね。ふっふっふ……それでは教えてやろう」



 雪の民はこれまでの経緯を話し始めた。



 あれは半月前の事でごじゃる。

 拙者は未来のあるじを探すために王都にやってきたでごじゃる。

 拙者は『掟』の関係上、王都で働くことができなかったでごじゃる。

 里から持ってきた路銀も次第に底をつき、その日の宿代すら用意することが困難になったでごじゃる。

 かといって、人様のモノを盗むという行為も断じて許されないでごじゃる。

 拙者は婚活どころではなくなってしまったでごじゃる。

 お腹を空かせて王都を彷徨っていると、拙者は偶然この屋敷を見つけたでごじゃる。

 雨風を凌ぐためにこの屋敷に一泊したでごじゃる。

 すると夜中に、屋敷に泥棒がやってきたでごじゃる

 そいつはこの屋敷の魔導書を盗もうとしていた不届き者だったでごじゃる。

 大悪党でごじゃる!!

 拙者は自慢の鷹剣をふるってその泥棒を倒したでごじゃる。

 その時の拙者の気分たるや、充実感、達成感、幸福感に包まれたでごじゃるよ。

 拙者は気づいてしまったのでごじゃる。

 拙者はこの屋敷の魔導書を護るためにこの王都にやってきたのだと!!

 拙者はそれから毎晩この屋敷で寝泊まりをしたでごじゃる。

 泥棒はたびたびやってきたでごじゃる

 相当ここの魔導書が欲しかったっぽいでごじゃるな。

 だが、拙者がすべて返り討ちにしてやったでごじゃる。

 拙者は最強でごじゃるからな。

 ゆえに、拙者はこの屋敷の『守護者ガーディアン』なのでごじゃる。

 その報酬として、たまに屋敷の品を市場で売りながら、今まで生活していたでごじゃる。



「ふふふ……どうでごじゃるか? 拙者の華麗なる守護ライフを見て、何も言えなくなったでごじゃろう?」

「アナタのやっている行為も十分泥棒と言えるんじゃないのかしら?」


 リリア様の正論に雪の民は目を見開いた。


「そ、そんなはずないでごじゃる!! せ、拙者は正義のためにこの屋敷を護っていただけでごじゃる!!」

「不法侵入に無断売買。王都では立派な犯罪よ」


 ガーンという効果音が聞こえてくるほどの表情を見せた。


「お父様ああああああああああああああああああああ!!!! 雪一族の名を汚してしまった拙者をお許しくださいでごじゃるうううううううううううう!!!」


 少女はワンワンと泣き始めた。

 どうやら頭のネジが数本外れているだけで、根は良い子のようだった。


 俺は彼女を慰めることにした。


「まあ落ち着けよ。

 今の持ち主はこの俺だ。

 慈愛なる心をもって、お前の罪を許そうじゃないか。

 罪を憎んで人を憎まず。

 お前も生きるために必死だったんだろう?

 誰だって間違いを犯すことはあるさ」

「あ、ありがとうでごじゃる……!

 ぐすんぐすん……この愚かなる雪一族を許してくださるなんて!!

 お名前を……お名前を教えて欲しいでごじゃる!」

「俺はSランク冒険者のシルヴィルだ」

「おお、シルヴィル殿でごじゃるな!

 Sランクというのがイマイチわからないでごじゃるが、すごいのは伝わったでごじゃる!!

 拙者はお主に仕えたいでごじゃる!!」


 雪の民は俺に懇願した。

 やれやれ、下心はなかったんだが、雪の民を虜にしてしまった。


「いやあ、まいったなぁ。俺の徳が高すぎるばっかりに雪の民を従えちゃったよ」

「あっそ。じゃあ私はもう消えるわね。明日からその子とパーティ組めば?」

「ごめんなさいいいいいいいいいい!! 正直調子に乗ってましたああああ!! 俺を捨てないでくださいリリア様ああああああ!」


 俺はリリア様に全力土下座する。

 リリア様はため息を吐いた。


「大体理解できたわ。ちょっと頭が痛くなったけど、アナタが悪い人じゃないのは伝わったわ」

「当たり前でごじゃる。拙者は正義の雪一族でごじゃるよ。ところでお主は誰でごじゃるか?」

「アナタをワンパンで倒した白狐族よ」

「なんと!! 拙者を倒したのはお主だったのでごじゃるか!! 気がついたら意識が飛んでいたから気がつかなかったでごじゃる。それは失礼なことをしてしまったでごじゃるなぁ」

「気にしてないわ。アナタも結構強かったと思うわよ」


 リリア様はクールに答えた。


「そうか! 拙者は強かったか! 強い者に褒められるのは気持ちいいでごじゃ……」


 雪の民の言葉が止まった。

 その視線はリリア様の首元に集中している。


「……ところで、お主は奴隷、で、ごじゃるか?」


 雪の民はリリア様の『奴隷の首輪』に気がついた。

 晴れやかだった笑顔がどんどん青ざめていく。


「ええ、ご主人様の奴隷よ」

「や、やっぱり奴隷でごじゃる!? もし、もしやシルヴィル殿は拙者を奴隷としてごじゃごじゃごじゃじゃじゃじゃじゃじゃじゃ!!?」


 ま、まずい!

 雪の民は自分が奴隷になるとわかると自殺する性質がある。


 俺は慌てて事情を説明しようとした。

 しかし、リリア様がゆっくりと口を開いた。


「まずは自己紹介から行きましょうか。

 私はリリア、ここにいるご主人様の奴隷よ。

 立場上は奴隷だけど、奴隷として不当に扱われたことは一度もないわ」

「!!」

「もちろん、ご主人様はアナタを奴隷として従えることもないわ。そうでしょう?」


 リリア様は俺に視線を移した。

 リリア様の助け舟もあって、なんとか弁解するチャンスが与えられた。


「信じてもらえるかわからないが、お前を奴隷にするつもりはない。だから安心して欲しい。従者として迎えるつもりだ」

「ご主人様はえっちだけど絶対に嘘をつかないお方よ。それに誰よりも優しいわ」

「……」

「だから早まった真似はやめてちょうだい。引っ越し初日から遺体の処理なんて勘弁よ」

「……わ、わかったでごじゃる。自殺するのはやめるでごじゃる。でも奴隷になるのは嫌でごじゃるよ」


 リリア様のおかげで雪の民は納得してくれた。

 とはいえ、奴隷のインパクトが強すぎたみたいで、未だに不安な表情を浮かべている。


「じゃあご主人様。改めて彼女に自己紹介をしなさい。勘違いが起きないように、丁寧にお願いね」

「俺の名前はシルヴィル。彼女の所有者だ。

 奴隷として接したことは一度もない……とは言い切れないが、大切に扱うようには心掛けている。

 少なくとも、今の俺にとって世界で一番大切な人。これは断言できるよ」

「あらあら、ご主人様もだいぶ口が上手くなったわね」

「……ったく、そう発言するようにお前が誘導したんだろう」

「じゃあ事実じゃないの?」

「事実だよ」

「じゃあ私にキスして証明しなさい」

「リリアと会話すると知能指数下がっちゃうなぁ」


 そう言いながらも、俺はリリア様の唇にキスをした。

 ここまで見せつけておけば大丈夫だろう。


「ところで、お前の名前はなんだ?」


 今度はこちらから質問することにした。

 そういえば、まだ彼女の名前を聞いていなかった。


「拙者に名前はないでごじゃるよ。

 拙者はあるじの影でごじゃる。

 名前なんて不要でごじゃる」


 マジか。

 噂には聞いていたが本当に名前がないんだな。


 じゃあなんと呼べばいんだろう。

 

「もし呼びづらい場合は、ご自由に名前をつけてくださって結構でごじゃるよ」

「じゃあ『ソフトクリーム』なんてどうかしら?」

「ご、ごじゃる!!? か、かしこまりました……今日から拙者はソフトクリームでごじゃる……」


 リリア様のネーミングセンスは壊滅的のようだ。

 雪の民はリリア様のつけた名前に酷く動揺していた。


 もちろん俺が却下した。

 雪の民はホッと胸をなで下ろした。


 俺は一生懸命少女の名前を考える。

 

 名前というのはかなり大事だ。

 言葉には言霊というものが宿るため、適当な名前をつけるとあとで後悔する。



「フィーリア」


 自然と口からこの名前がこぼれた。

 俺にとって一番安心する名前だ。


「えっ?」

「もし女の子が産まれたら、この名前をつけようと思っていた。それを彼女につけてあげてもいいか?」

「……うーん。私としては少々複雑だけど、いいと思うわよ」

「ありがとう、リリア」

「すごく綺麗な名前ね。名前の由来とかあるのかしら?」

「俺の初恋の女の名前だ」


 ドンっ!!

 地面に大穴が空いた。


「ご主人様は私に喧嘩を売っているのかしら?」


 やばい、めちゃくちゃ怒ってる。

 目がまったく笑ってない。


「じょ、冗談だよ」

「まったく、冗談も選んでもらいたいわね。私だって傷つくのよ」

「ごめんなさい」


 そんなこんなで、俺たちは雪の民を従者にしたのだ。

 雪の民の名前はいったん『保留』ということになった。

 

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