第18話:エピローグ
「今日は街で買い物しようと思う」
「いいですね」
「この半年間リリアには大変苦労をかけた。だからリリアの欲しいものならなんでも買ってあげるよ」
「じゃあ家が欲しいです」
「ファ!? リ、リリアちゃん。なんでも買ってあげるとは言ったけど、家という答えには流石のご主人様もびっくりしちゃったぞ。理由を聞いてもいいか?」
「ホテルだと毎回チェックアウトがあるのでご主人様と長くイチャイチャできないからです」
なるほど。
たしかにそれは死活問題だ。
スキンシップの時間は非常に重要。
ホテルに帰る理由なんてスキンシップ以外にないからな。
「しかしリリアよ。家を買うのはリリアが考えている以上に難しい問題だぞ」
「お金の問題ですか?」
「それもあるが、家の管理というのが非常に大変なんだ。たとえば衛生面。定期的に家を掃除をしなければならない。ホテルのように散らかしたままクエストに出かけるなんてできない。食事のサービスもないから毎日自炊だ」
「炊事洗濯ならご主人様が得意じゃないですか」
現在、野宿での炊事洗濯は全部俺がやっている。
リリアも不器用というわけでもないので頼めば最低限はできるが、リリアに雑用をやらせた場合、俺のやる事が本格的になくなる。
「クエスト中ならともかく、王都でまで家事をするのは流石に面倒だ。できれば楽をしたい。ホテルは家事をする負担がないから楽なのだ」
「そうですか。では仕方ありませんね。家を買うのは諦めます」
リリアの尻尾が残念そうに萎れていく。
「誰も買わないとは言ってないぞ」
「本当ですか!? 家を買ってくださるのですか!?」
「リリアのおかげでここまで来れたからな。家を買うという幸せも経験させてあげたいと思っている」
「でもご主人様が忙しくなるんじゃ」
「メイドでも雇えばいい」
「なるほど。それは盲点でした。流石ですご主人様」
「家事の負担を軽減する方法ならいくらでもある。そこは心配するな。始めに言ったのは一般意見だ」
リリアの頼みとあれば家を買わないという選択肢はない。
リリアにはお礼をしたい。
実はAランクになる過程でかなり稼いでいる。
他の冒険者みたいに取り分を考える必要もないのが大きい。
資金は潤沢だ。
家を買えばこれまで以上にリリアとスキンシップができるのだ。
ホテルのように隣の部屋を気にする必要もない。
購入への意欲も自然と湧いてくるものさ。
さてさて。
家を買うのは初めての経験だ。
孤児院での経験もあまり役に立たない。
あそこで学んだ知識は処世術が大半であって家の購入とはまったく関係がない。
その辺になぜか詳しいアルセーナがいたらスムーズに家を購入できたかもしれないが、生憎あいつはセイレーン王国にいる。
アドバイスをもらう事もできない。
やはり自分でやるしかないか。
購入までの知識がまったくないわけではない。
パーティ時代にも家を買ってた奴はちらほらいた。
アイツらを参考にすればいいだけだ。
もっとも、誰かが家を買う時って、パーティ崩壊の前触れでもあるからあまり思い出したくない。
パーティ内でデキるのホントやめて欲しい。
メンバー全体が高確率でギスるんだよなぁ……。
「まずは何からすればいいんでしょうか」
「王都の場合は国が土地を貸し出す形になっている。詳しい話は王国直轄の管理局で聞けば行けばいい」
王都の役所には『王国直轄土地管理局』という名前の長ったらしい部署がある。
そこで土地や家を買う事ができる。
要するに『不動産屋』だ。
俺達は管理局に赴いた。
受付嬢はスマイルで俺たちを出迎えてくれた。
家を買いたいと伝えるとカタログを渡された。
値段、部屋の数や敷地の広さ、建物内部の図面などが詳細に書かれている。
「ご予算はどれくらいでしょうか?」
ローンを組む気はない。
男は黙って一括購入。
「おおよそこれくらいで収まれば助かる」
手持ちの金額を伝えると居住区の端にある屋敷を紹介された。
石造りでできた三階建ての屋敷。
普通の一軒家が二つくっついた広さに加えて地下室と大きな庭までついている。
部屋の数は非常に多い。
パーティ会場としても使える広間が二つもある。
ギルドまでの距離もちょうどいい。
近すぎず遠すぎない。
立地としては最高だ。
なにこれ。
めちゃくちゃいいじゃないか。
リリアもご満悦のようだ。
尻尾を犬みたいにフリフリと振っている。
「お値段以上の良物件ですよ」
「なんでこんなに安いんだ? 呪いの屋敷だったりとかしないよな?」
「まさか。仮に呪われていたとしてもギルドで除霊を済ませてから紹介しますよ。辺境の領地ならともかく、ここは王都ですよ。呪いの物件なんてありえません」
それもそうか。
アホなことを聞いてしまった。
いわくつきじゃないとわかったから安心だ。
よくよく見返してみると値段相応の屋敷だ。
稼いでいたという事実を改めて実感した。
普通の冒険者なら倒せない奴も余裕で倒せるんだ。
当然といっちゃ当然だ。
俺たちでも家を買えないなら大半の冒険者は家なんて一生買えないだろう。
「とりあえず、この家を買おうと思う」
「ありがとうございます」
「本契約は実際に家を見てからでもいいか?」
「もちろんです。担当の方が屋敷まで案内しますので少々お待ち下さい」
受付嬢は案内人を呼んだ。
案内人がやってきて、案内人と一緒に屋敷の住所まで歩いて向かった。
とても大きな屋敷だ。
カタログどおりの石造りの屋敷の三階建て。
唯一記載されてなかった屋敷の色合いだが、外壁は白を基調としている。
屋敷を囲むようにある高い門は威厳がある。
予想していたよりも大きくて立派だ。
未だに信じられない。
こんな立派な屋敷にこれから暮らせるなんて。
半年前までほぼ無一文だった俺が今では持ち家まで手に入れた。
なんという成り上がり。
冒険者ドリームの勝利者。
リリアちゃんを選んだ事が一番の大成功ポイント。
我ながらすごい慧眼を持ってるな。
「わあ! なんて綺麗な家なんでしょう! まるで絵本に出てくるお屋敷みたいです」
一般人から見たら立派なお屋敷なんだけどな。
とにかく、喜んでくれて良かった。
俺ではなくリリアが喜んでくれることが大切だ。
「ここがご主人様と私の愛の巣なのですね」
「そうだよハニー。この広さなら二人の子供ができても大丈夫そうだね」
「ご主人様との子供。その言葉だけで一晩でメルゼリア城が建てられちゃいます」
「なに言ってんのキミ」
冗談はさておき。
いずれ作るにせよ、今はまだ早いかなと思っている。
リリアにはもっと世界の素晴らしさを知ってほしい。
子供を作るのはそれからでも遅くはないかな。
「ご主人様」
突然、リリアが話しかけてくる。
彼女は最高の笑顔で、こう言葉を続けた。
「ありがとうございます」
彼女が伝えた感謝の意味。
それは家のことではなく、別の事を指しているのは、簡単にわかった。