第16話:心の成長
ランクと危険度はまったく比例しない。
たとえDランクの討伐依頼であっても、相手が第一級魔物認定を受けている魔物であれば、Aランクの冒険者パーティを壊滅させることだってあり得る。
今回の相手がまさにそうだ。
シャーマンゴブリン。
第一級魔物認定を受けている魔物。
単純な戦闘力は他のゴブリンとそう変わらない。
しかし、シャーマンゴブリンには見過ごすことのできない特技がある。
俺と同じく、『地図』の特殊能力を持っている点だ。
索敵能力が異常に高いため、
奴の範囲内に近づけば場所がバレてしまう。
人間ほどではないが統制力もある。
弓兵、棍棒兵、盾兵、鉈兵を操って陽動や奇襲をかけてくる。
中々の強敵だ。
それでも。
Aランクのパーティなら苦戦はすれど最終的には勝てるだろう。
兵士がゴブリンだからな。
ゴブリン自体は頭良くないし、動きも単調だ。
囲まれてもスキルや魔法連打でごり押しできる。
ピンチの状態でも気合で勝てるからAランクなのだ。
100以下のダメージを完全無効にするチートバリアを使うプリースト。
広範囲を焼き尽くすメガフレアを使う魔法使い。
ドラゴンビームとかいうクソダサい技の割に半端ない威力の気功波を使う武闘家。
こんなのが使えるチートパーティだったんだ。
多少の無理は効くはずだった。
しかし。
今回のシャーマンゴブリンは普通とは違っていた。
なんと『罠』を仕掛けてくるのだ。
転移の罠、毒の罠、睡眠の罠、麻痺の罠。
討伐隊の話だけでもこれだけの罠に襲われたそうだ。
いくら奇襲をするとはいえ、シャーマンゴブリンがここまで高度な罠を使うなんて聞いたこともない。
しかも罠にはステルス性能があり、踏むまで人間の目に見えないオマケつきだ。
この個体は『特異種』だったのだ。
特異種とは、他の魔物とは違った動きをする奴の事を指す。
こういう奴は動きが読めないから危険度も跳ね上がる。
おそらく自分のスキルを自覚しており、自由に使うことができるのだろう。
持っているスキルは『罠生成』といったところか。
デフォルトで地図を持ってて罠まで仕掛けてくる魔物
そりゃつええよ。
俺だってできれば戦いたくない。
冒険者ギルドはメンツを守るために何度か討伐隊を向かわせた。
しかし、その大半が奴の罠で殺された。
もし王都まで攻め込んで来たら話は変わっていただろうが、奴らは自分たちのテリトリーから動こうとしない。
奴らの住処は人里離れた山奥。
無理やり倒した所で山が平和になるわけじゃない。
また別のゴブリンが湧くだけだ。
放置したところで、いずれ寿命で死ぬだろうから問題なしという判断の元、奴の討伐は見送りになった。
何とも情けない話だが仕方ない。
どんなに強い奴もいずれ寿命で死ぬ。
ゴブリンは人間と違って寿命が長いわけじゃない。
長くても三十年くらいだ。
それにシャーマンゴブリンは老ゴブリンが多い。
苦渋の選択であったのは言うまでもないが、本部のとった判断は正解だろう。
つまり、本部も新しい討伐隊に対して消極的だ。
現にここ数か月はシャーマンゴブリンを完全に放置している。
ギルドの建前上、完全放置はできないため依頼として一応残っている。
勇気ある冒険者パーティに討伐を丸投げしているのだ。
誰も手に取ろうとしないけど。
「このクエストを受けるよ」
受付嬢にシャーマンゴブリンの依頼を渡す。
「あのー。シルヴィル様。この依頼は少々危険だと思うのですが……。引き受けないほうがいいと思いますよ」
「問題ない。ウチにはAランクのリリアがいる」
「どやです。私は天下のAランクですよ」
「依頼ですから我々は了承しますけど、責任等は一切取れませんよ。お二人だって討伐隊が撃退されたのはご存知ですよね?」
「わかっている。承知の上で引き受けているんだ」
受付嬢はため息交じりでクエスト開始のハンコを押した。
「かなり心配されていましたね」
「まあな。本部も匙を投げる相手だからな。人間みたいに罠を仕掛ける『特異種』ということもあるし」
「ご主人様。特異種とはなんですか?」
「リリアにはまだ説明してなかったか?」
「はい。まだ聞かせてもらっていません」
意外だった。
てっきりどこかで説明しているとばかり思っていた。
この半年間忙しかったから説明を省いてしまったかもしれない。
これは良くない傾向だな。
リリア任せにしすぎて勘が鈍ってしまったのかも。
油断していると足元をすくわれるからちゃんと反省しなければな。
「変な動きをする魔物の事だ。基本的にゴブリンは罠を仕掛けない。しかし、このシャーマンゴブリンのいるテリトリーには、見えない罠があちこちに仕掛けられていると聞いた。きっと奴のスキルが原因だろう」
「なんだか手ごわそうですね」
「案ずるな。罠に関しては問題ない。罠は俺の地図スキルで全部探知できる。リリアは油断せずに一体ずつゴブリンを倒していけばいい」
「わかりました。攻略はいつにしますか?」
「一週間後だな。しっかり準備をして奴を倒すよ。1ダメージもくらうつもりはない。完膚なきまでに奴を叩き潰す」
一週間後、俺達は山の麓にいた。
この山に凶悪な魔物が潜んでいると思うと少し怖いな。
するとリリアの手が俺の手のひらに触れた。
「誇らしきご主人様。リリアが守りますから安心してください」
まっすぐな目で俺を見つめるリリア。
いつの間にか俺の方がリリアに心配されていた。
やれやれ。
ご主人様として少しだけ情けないな。
「ご主人様。山に登る前に何か聞いておきたいことなどはありませんか?」
「『召喚の加護』は問題なく使えるか?」
「はい! バッチリです! ご主人様の持つ『パーティシェア』のおかげで自由にアイテムボックスから物を引き出せますよ」
「うむ。ならばよい。信じてないわけではないが一応見せてくれ。リリアが武器を構えると安心する」
「わっかりましたー! 私の華麗なポーズで見惚れてください! さあ括目せよ!」
リリアの右手が光り輝く。
何もない空間から大太刀が出現した。
右足を前に出し、剣先をやや前方に向け、剣を下に構える。
強烈なパースが付いているため、大太刀がとっても長く大きく見える。
いわゆる勇者のポーズだ。
うーん! これはかっこいい!
リリアにまた惚れてしまったよ。
戦いが終わったらスキンシップ確定だな。
そういえばこっちも説明してなかったな。
これは俺が持つ三つ目のオプションスキル。
『パーティシェア』という強力なスキルだ。
内容はとても単純で、
パーティに加入している奴全員に俺の加護をかけることができるというものだ。
リリアには『認識阻害の加護』、『召喚の加護』、『ステータス共有の加護』の三つを重ねがけしている。
このスキルのおかげでリリアは『召喚の加護』が使用できる。
俺のアイテムボックスに接続して物を取り出すことができるのだ。
他人に付加できる加護の数は三つまでという条件があるため、
三つしか付加できなかったが、どれもリリアを守護するための強力な加護だ。
この三つの厳選した加護だ。
『認識阻害の加護(レベル強)』
:今のリリアはシャーマンゴブリンの地図に映らないステルス状態。
『召喚の加護』
:アイテムボックスが常時手札状態。
『ステータス共有の加護』
:俺のステータスをいつでも見ることができる。
最後はいらない?
知るか。
リリアの目が届かないと怖いだろうが!!!
俺はゴブリンすら満足に倒せないS級敗北者なんだぞ!!!
今のは冗談だ。
俺も少しは『強くなった』からな。
ゴブリン程度なら何とか倒せる。
本当の加護はこっちだ。
『ステータス共有の加護』
:パーティメンバーのいる方角がわかる。
ステータスを共有すればお互いの方角がある程度わかるようになるのだ。
地図マップのように正確な位置はわからないものの、孤立状態になるリスクを少しでも減らすことができる。
転移の罠への対策にはなるだろう。
俺達は山を登っていく。
地図を見ながら魔物の動きを確認していく。
ゴブリン
魔族 レベル3
ゴブリン
魔族 レベル4
ゴブリン
魔族 レベル6
餌を探して適当に歩き回っているようだ。
こちらに気づいている様子もない。
この状態なら取るに足らない存在だ。
こいつらに見つかったところで怖くもなんともない。
こちらから近づいて戦闘開始。
リリアが次々と仕留めていく。
イカズチの軌道を描くように、木の側面を蹴りながら高速移動するという離れ業まで見せた。
ガチで無双状態だ。
ちなみに今のリリアは変身前だ。
変身せずとも奴らを葬ることが超余裕になっていた。
リリアのステータスを確認する。
「……随分と成長したな」
**********
リリア
種族 白狐族
レベル43
ステータス
HP:200
パワー:660
スピード:780
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リリアは強くなっている。
これは文字通りの意味だ。
リリアのステータスは格段に上がっている。
気づいたのは一か月前。
ステータスが上がっていないはずなのに、やけに強いなぁと不思議に思って確認したらこうなってた。
リリアの成長にびっくり仰天だ。
心が成長したことでステータスも上がるようになったのだと思う。
順調に雑魚を仕留めていく。
一時間ほど歩いた所で、
ゴブリンの動きが突然統制されたような動きに変わった。
ピコン!
地図に反応があった。
シャーマンゴブリン
魔族 レベル70
レベルがやけに高いな。
討伐隊を倒したことでレベルが上がったのか。
だが、今の俺達にとっては問題ない。
「ふむふむ。どうやらあちらの親玉も気づいたようだ」
「レベル70ですか。相手にとって不足はなしですね!」
「もちろんだ! 行くぞリリア!」
「はい!!!」
シャーマンゴブリンよ。
今日がお前の命日だ。