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陽奈田町の宿り木
ブビンガの一枚板は、キャンドルの灯りに照らされてキラキラと輝いていた。
オイルランプの焦げ臭い香りと、微かな煙草の残り香。
極限まで落とされた照明が、真空管アンプから流れるスロージャズを引き立てる。
北関東郊外にある小さな町『陽奈田町』。
駅から歩いて5分程の場所に小さなバーがある。
お世辞にも綺麗とは言えない雑居ビルの1階の片隅にそれはあった。
『Bar Fogy』バーフォギー。
10坪程の狭い店内にカウンター席が7つだけ。
それがフォギーの全てである。
カウンターに立つのは1人の年老いたバーテンダー。
姓を及川というこの男は、老練という言葉で表現するのが適切であろう。
皺一つ無いワイシャツに黒のベスト。
赤い蝶ネクタイに白髪頭の髪の毛は、たっぷりのポマードでオールバックにまとめている。
及川は、自慢の一枚板のカウンターを固く絞った布巾で念入りに拭き上げてキャンドルに灯りを灯す。
時計の針が18時を指した頃、パチリとスイッチを1つ押し玄関のポーチライトが明るく輝く。
すると今日もまたフォギーの1日が始まるのである。