1度失った信用
「と、とりあえず麻痺を治そう。スズを呼んでくるよ」
誤魔化すようにそう言ってトールは馬車に戻る。トールが馬車に入っていったことを確認した後でクロノが言う。
「あれに、、、勝てると思うか」
「正直厳しいのだ」
「さっきの再生女はイアさんに任せればいいのであります。強い敵があの2人だけなら全員で当たれば何とか、エンラの報告次第であります」
「えぇ!! 私も行くことが決定してるんですか!?」
イアが驚きの声を漏らす。
「まだ言ってなかったんでありますか? 隠しててもいいことないのであります」
ルルが呆れた声でいう。
「すまん。言うタイミングがなくてな」
「どういうことですか!!」
「実はご主人様と話し合ってな。君を引き抜こうということになったんだ。どうだろう、一緒に旅をしてくれないか?」
イアはそれを聞いて返答に迷った。イアとしてもトールたちといるのは楽しかったし、食事もちゃんと食べさせてくれるので一緒に行きたいのだが、ハズレ職が進化した今ならライトたちに認めてもらえるかもしれないという思いもあった。
正式な勇者パーティーの一員と認めてくれれば孤児院に送れるお金も増える。トールたちと一緒にいたら自分だけが得をして孤児院のためにならない。
迷ったすえにイアが出した結論はやはり孤児院を守ることだった。
「お気持ちは嬉しいですが私には行くべき場所があるのでお断りします」
クロノはまさか断られると思っていなかったようで慌てた様子で言う。
「ま、待て! 君がいなくなるとあの女に対する対抗策がなくなってしまう!! せめてカルネーレを平定するまでは一緒に」
「クロノ!!!!」
クロノの言葉を遮って馬車の方から怒号が聞こえてくる。
「な、何でしょうか、ご主人様」
クロノは今まで一度もトールに怒鳴られたことなどなかったので、突然のトールの怒鳴り声に驚き、反射的に背筋を張った。トールはクロノにどんどん近づいていく。
「本当に自分が何で怒鳴られたのか分からないのか?」
クロノには本当に心当たりがなかった。トールのことを1番に考えてきた自分がトールから反感を買うなどあるはずがないと心の底から信じていた。
「まず、イアの引き抜きに関してはイアの意思を尊重すると言ったはずだよね? 何で無理やり引き抜こうとしていたの?」
この疑問に対してクロノは正直に自分の考えを述べる。
「それはイアがいないと先程の女に対する対抗策がなく、カルネーレ平定が困難だと考えたからです」
「なるほどね、カルネーレ平定のためならイアの自由なんて関係ないし、僕の指示も無視すると」
クロノは苦い顔をして黙る。
「それと誰がイアに血が出るほどの戦闘訓練をさせろと言った? 誰が嘘をついてみんなを危険にさらしてまで僕を守れと言った? 僕がなんで君に馬車人形の権限を持たせたか分かっているのか? それは僕を守れってことじゃない。馬車に、僕たちに何かあったときに『みんな』を守れって意味だ。君たちに僕の言いなりになれだなんて言わない。でもイアや周りの人に迷惑をかけることだけは認めない」
クロノは初めて自分の過ちに気付いた。目が覚めたようだった。今まで主人であるトールの指示を聞き、そのミッションを完遂することだけが正しいことだと思っていた。だからこそカルネーレ平定の成功率を少しでも上げるためにイアの戦闘訓練を行い、引き抜きを提案したのだ。
でもそれは結果としてトールの株もトールからの信頼も落としてしまうことになる。そんなことを今更になって気がついたのだ。目の前には急に迫られて恐怖を抱いているイアと激怒の顔に染まったトールがいた。
「1度失った信用はなかなか取り戻せない」そんな当たり前のことをふと思ったクロノの目からは、一筋の涙が流れた。そしてクロノは今にも消えそうな、震えるような声で言った。
「ごめん、なさい」
トールはそんなクロノのことを優しく抱きしめた。
「はぁー」
その日の夜、イアは大きなため息をつき、悩む。このままイアが勇者パーティーに戻ったらトールたちはきっとカルネーレでみんな死んでしまうだろう。けどトールたちについていったらライトたちに見放され、孤児院の経営が厳しくなる。
「明日までに決めなきゃいけないのかぁー」
そう、いよいよ明日はカルネーレ到着の日だ。
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