第二話 社(2)
「田舎道を走っていると人影が二つ見えました。慌ててハンドルを切って跳ねるのは免れたんです。ですが、車は近くの藪につっこみました。鈍い音もしたと思います。幸い、俺たちには怪我はありませんでした。
ひきかけた人たちも無事みたいでした。
「驚いた。無事か?」
「おー、俺はなんとか」
そんなのんびりした声が外から聞こえました。男が二人でそのうち一人は俺たちと同じくらいの年齢でした。
俺らは轢きかけたことや、車がつっこんでしまったことに気が動転していたんだと思います。車から降りて彼らに向かって文句を言いました。
「こんな夜道に歩いてんじゃねえよ」
「道の真ん中、歩くんじゃねえよ。あぶねぇだろうが」
「俺の車どうしてくれるんだよ」
「ふざけんなよ」
俺の車には俺を含めて四人いました。それぞれ好き勝手言ってたと思います。
怖かったのもありますが、体格的にもこちらが優位のように思えたんです。
一人の男は、俺たちをまっすぐ見てるくせに、怯んでたし困惑していたようでした。当然ですよね。轢かれかけた上に文句も言われるんですから。
でも、もう一人の……おそらく最年長でしょうね、その男がニヤニヤしながら言ったんです。
「お前ら」
そう言われて俺たちは驚きました。実際にどう言ったのか覚えていませんが、キツい方言だと思います。
「どこにぶつけたのかも知らないで、よくそんな事が言えるな」
確かに藪に突っ込んだ時、嫌な音がしたんです。こいつらの他に友達がいたのかもしれないと思って慌てて確認すると、そこには何の変哲もないただの棒切れが一本倒れてました。
「怒っているぞ」
外見にそぐわない冷たい声で男が言いました。先ほどまでニヤニヤと笑っていたのに急に無表情になったんです。その豹変した態度にぞっとしたのを今でも覚えています。でも、そういうヤツっているじゃないですか。
幽霊が見えるとか私は他の人と違うんだとか思春期によく見られるアレですよ。だから、俺らもこいつはそういった類なんだと思って鼻で笑ってやったんです。
そうやって馬鹿にしてると、急に今まで黙ってた一番怯えてた男が前に出てきて言ったんです。
「俺たちは関係ない」
はっきりと、でもどこか怯えた様子でその男は言いました。でも、その男もどこか気持ち悪いんです。俺たちのほうに向かって言ってるのに、その目線は誰一人としてあってないんです。よくわからないけれど、なんとなく違和感もありました。
「今後何があっても一切呼ぶな。俺は無関係で同じ被害者なんだ」
男が今まで黙っていたのは、この暗がりの中で文字を書いていたからでしょう。
警察を呼ばないと約束した紙を俺たちに押し付けるとさっさと行ってしまいました」
「夜中の二時に気持ち悪い男ですか」
百合哉の言葉に草太は頷いた。
いつの間にか紬が注文していたアイスを持ってきた。しかし、誰も手を付けない。
「幸い、車には傷一つ、ついていませんでした。手入れされていない茂った草が間に挟まってくれたのでしょうか。とにかく運が良かったんです。でも、問題はその後でした。
友達の一人がその夜、熱を出しました。救急車を呼ぶような高熱でした。俺たちは、はしゃぎすぎが原因だと笑い、他にも遊びに夢中で事故のことをすっかり忘れました。けれど、その二日後、今度はまた違う友人が救急車で運ばれました。
階段から転げ落ちたと言うんです。骨折になったと聞いたので見舞いついでにからかいに行ったらあいつはひどく震えていました。
「骨折ってそんなに痛いのか?」
そう友人の一人が聞くと、違うとその友達は言いました。それはとても大きな声で他に入院している人たちが飛び上がったほどです。
「足を噛まれたんだ。今は包帯で見えないけど、痣もしっかり殘ってたんだ」
そいつはそう言うと、大声さに思えるほど震え出しました。
「誰に?」
「わからない。わからないんだよ」
友人は泣き出してしまってそれ以上話が聞き出せませんでした。看護師がかけつけて俺たちは廊下に立たされました。
「あの子また騒いどるんかね」
廊下で待っていると相部屋にいる一人の患者が俺たちに絡んできました。
「また?」
「ここにきた夜も騒いで騒いでうるさくて看護師を呼んだんだよ」
「なんでまた」
「なんでも「噛まれる」って騒いでてね」
そこまで言うとその患者も疲れの表情を見せました。
「俺も見えたんだけどな。影だけだったが、詳しくは見られなかった。俺は怖くなって部屋の移動を頼んだが聞き入れてはくれなかった」」