第二話 社(1)
もうだめだ、殺されてしまうんだ。そう思った最中に足がもつれて派手に転んだ。立ち上がろうにも恐怖のあまり体が言うことを聞かない。
ぐすぐすと無様に泣いていると、すっと影が入ってくる。
「あーあ。言われて見てみればこれはひどい」
声がして反射的に顔を上げるとそこには見知らぬ中年男性がいる。
「あの、俺、あの」
「わかってるよ」と男はどこか疲れたような、呆れたような調子で言った。「でも、これは俺の仕事じゃねえんだわ。名刺やるからそこに行きな」
手を掴まれて強引に引き起こされると同時に名刺を渡される。
『喫茶店 紬』
「その店に行けば相談に乗ってくれるから。相談というか話をするだけでいい。百合哉ってやつ指名しときな」
男はそう言うとさっさと歩いて行ってしまう。
名刺を強く握りしめ、相田 草太はすぐさまスマートフォンの地図アプリを開いた。
「知らない人にこの店を紹介されたと……。疑った方がいいと思うのですが」
草太の前には茶髪の男性がいる。名前を百合哉といい、聞けばこういったオカルト話の収集家らしい。
今いるところは名刺に書かれていた喫茶店 紬という店だ。
古民家を改造したおしゃれな店にはしかし、客は自分たちしかいない。店員も百合哉と車椅子にのった女性だけだ。
「あなたが相談に乗ってくれると聞いているのですが……」
「それは、そうですけど」
「霊能力者ですか?」
「いいえ、私に霊感はありません」
穏やかな口調で、しかしきっぱりと百合哉は言う。
「ですが、そういった類の話をたくさん聞かされているので類似したものなら少しは役に立つかもしれません」
あまり信用できそうにないな、と思いながらも草太は頷く。
「ご注文は?」
突然、車椅子の少女に聞かれ草太は飛び上がるほど驚いた。おどおどしている草太をよそに百合哉は「抹茶のアイス、おすすめですよ」などと言ってくる。
あんな怖い体験をしてはたして胃が、口が食べ物を受け付けるのだろうかとは思ったが、草太は頷いた。車椅子の店員は手慣れた様子で注文をメモすると「それではごゆっくり」と静かに去っていく。
「それで、あの……。話をしてもいいですか?」
「えぇ、どうぞ」
百合哉が頷いたのを見て草太は話し出した。話すのは怖いが、話さないといられない。早くしないと胸にたまった黒い煙のような物が全身を覆ってしまうようなそんな不思議な感覚に襲われていた。
「一週間前のことです。俺は友達乗せて車で走ってたんです。夜中の二時くらいで、人もいないしそれなりにスピードを出していたと思います。その日はサークル活動、遠征での帰りでした」
話をしながら自分の声が震えているのを自覚する。
視線は常に己の震える手ばかりを見つめて動こうとしない。今どこかを向いたら何かを見てしまいそうでおそろしい。