第一話 熱(4)
「目を瞑っても瞑らなくてもいいですよ。ただの例え話なので。そしてこれは特別怖い話でもないので、怖がらないでください」
メンバー全員は厳かにうなずいた。目を瞑る者もいれば、百合哉がどんな話をするのだろうかと凝視する者もいる。
「あなたは和室で寝ている病人です。熱があって体がだるい。友達全員外出している中、喉が渇いたと自覚します。大抵の人は水を取りに行きますね」
百合哉の言葉に数人がうなずいた。その奥でカタンと音がし、数人が振り返る。百合哉は穏やかな調子でお気になさらず。とだけ告げた。
「やっとのことで扉を開けます。疲れているし通るのは自分だけなのだからふすまは全部開けなくたっていいでしょう。けれど、扉を開けると床が物で散らかってます。熱のせいで体はだるくて歩くのがやっと。片付ける体力なんてもちろんありません。どうします?」
どうします? と問われてつい反射的に答えてしまうのは一種の職業病だろう。間を作らないという大切さはこの状況下でも反映される。
「足でどける?」
ドコロの答えに皆は笑わなかった。
思い出されるのは部屋の隅に押しのけられたメンバーの私物だ。そういえば誰か一人通れるようにスペースが作られている。
「えぇ。そうですね。まずは道の確保が必要です。水をとって部屋に戻ります。扉はしめられればいいのですが、なにせ疲れてるので気分がのらなければ開けたままでもいいでしょう」
百合哉はそう言って少し声のトーンを下げた。
「ここから少しオカルトになります。死者の中には自分が死んだことに自覚のない方がいます。死んだ自覚がないので病気はまだ続いています。ただ、不思議なことに自分が寝込んでいる時に知らない人が家を占拠しています。タイムラグが発生しているとでも思ってください。体力もないので「ここから出ていけ」そう怒鳴る気力もありません、壁で手を叩くにも体力がいりましょうね」
かりかり。と鳴る不快な音を思い出す。
「自分が寝ている間に部屋には知らない誰かの荷物が放り込まれ、廊下も知らない荷物で溢れかえっている。そしてなぜか複数人も男性がいる。自分は病人でしかも女。怖くて出られないでしょうね。もちろん、あなたたちが何か危害を加えるなんてこと、私はしていないと思っています。ですが、相手は何もわかっていない。熱で意識は朦朧としているので余計に」
「そりゃ怖いわな。こんな騒いでる奴がいたら」
と、呟いたのはショウだ。明るく言っているようだが、顔面蒼白になっている。
「おそらくこれが全貌だと思います。残念ながら私は霊感がなく、過去の経験から結論を出しているので断言できませんが」
百合哉は申し訳なさそうに言うので、メンバー全員がいやいやいやと連呼する。まるでギャグだ。
「どうすれば成仏できますか?」
死の自覚がない人間を相手に。それが問題だろう。
「いずれ本人が気付きます。なので、その間だけ和室貸してあげましょう」
突拍子もない言い方に全員が驚いた。
「貸す?」
「えぇ。とりあえず病気の完治が先でしょう。相手はとにかく風邪でつらいのですからね。それに殴られたり蹴られたりの実害もないじゃないですか。風邪をうつすことだって、とりつくことだって出来たでしょうにそれもない。家の中を歩き回るのも水欲さでしょうし、爪を立てるのも和室に物があって怖いから、もしくは病院に行きたくてもいけないからといった具合でしょうか」
本人でないからわかりません。と百合哉は言う。
「なので通路を作ってあげてください。そうですね。ふすまは全開にして一日に一回くらい換気もし、玄関までの道と台所までの道には極力床に物を置かない。足音が聞こえるかもしれませんが、メンバーが一人増えたと思った方がいいかもしれませんね」
「簡単に言うじゃないですか」
幸先が見えて安心したのかヨシキが笑いながら言う。
「解決するのって早いんですよ。……とりあえず二ヶ月ほど様子をみましょうか。風邪で体調を取り戻し、現状を把握するのって時間かかりますからね」
百合哉はそう言ってまた少し開いたふすまを見た。そこに何かがいるのかメンバーにはわからない。けれど、ふすまの奥にいる相手は納得したのか、そのふすまはそっと閉ざされた。