第一話 熱(2)
一時間で三キロの肉を食べ切れれば無料。
漫画のような骨付き肉、濃いソース。ご飯やスープはおかわり自由。そんな謳い文句のチラシを見ながら一行は店内に入る。
「あ」
入って早々ドコロが声を上げた。
視線の先には一人の男性がいる。
「知り合いか?」
ヨシキの言葉にドコロは首を横に振った。
「いや、でもなんか……」
「まて、近寄ってくる」
ショウの言葉に全員はこちらにくる男性を見た。
「こんにちは」
整った顔、茶色の上に琥珀色の瞳。二十代であろう男性は穏やかにそう言った。
「こんちは! えっ、視聴者さんですか?」
誰よりも早くメンバーの中でも一番コミニュケーション能力があるヨシキが反応する。
それを聞いた男性は苦笑いした。
「私はあまり芸能関係に詳しく無いので……。依頼を受けました、百合哉と申します」
全員が思い浮かぶのは今朝、ドコロが見せてきたメールだ。
「そのことなんですが……。本当に申し訳ないんですが先に用事があって」
「存じております。あなた方が大食いに挑戦している間、私はお昼をいただくという話だったので」
「メールにそんなこと書いてありましたか?」
「メールは最初と最後のやりとりだけです。実際には通話をしたんですよ」
通話? 全員が驚いてドコロを見る。見られた本人も驚いてスマートフォンを確認すると確かに昨日の十四時に電話をしている。
そんなわけない。だってその時間帯はアスレチックをしていた。
とは思ったが、口に出すと余計に怖いと思い全員は口籠る。男性はそれを察したのか穏やかな表情のまま首を横に振った。
「そう言う時もあります。そこまで必死なんでしょう」
全く気にしない百合哉の様子に全員は「自分たちは騙されているんじゃないだろうか」と疑問を持った。それでも、悩んでいる暇はない。
収録に気をつかってか、人があまりいないスペースに案内され、指定された席に着いた。
「なあ。大食いに挑戦するのはサトーとヨシキなんだろ? カメラを回すのはドコロに任せて俺はあの人から話を聞いてくるよ」
ショウが声を潜めて言う。
「確かに全員はいらないし」
「いてもうるせーだけだしな」
反対する人はおらず、話はすぐにまとまった。
ショウは務めて明るく男性が座る席に向かった。
「すいません。話を聞いてもいいですか? 俺はメンバーの代表でして」
百合哉は注文表を見ながら頷いた。ショウはとりあえず百合哉と同じように注文表を取り出し内容を確認しながら目の前の男を伺う。
肩まで伸びた茶色の髪、琥珀の瞳、整った顔立ちで体型も細い。女の子に好かれるだろうなと思ったのが素直な感想だった。
「先に自己紹介をしましょうか。私は五条 百合哉といいます。職業は……、なんでしょうね。喫茶店で人の話を聞いています」
「喫茶店? 霊能者ではなく?」
百合哉は穏やかな様子で「はい」とだけ答えた。それ以上答える様子はないのか目は再び注文表に向く。
「えっと、俺たちの家のことなんですが、どこまで知っているんですか?」
遠い席ではメンバーが大量の肉に驚いている。ソースをかけて一口大に肉をきり、一生懸命それを口に運んでいる。その様子があまりにも普通の日常でどこか遠い存在に思えた。
「出たがっている女性がいるとか」
「出たがっている?」
ちょうどその時、料理が運ばれてきてショウは黙った。百合哉にも料理が届いたのだろう。細身のわりには結構な量を頼んでいる。
「はい。爪を立てて、壁を叩き扉を開けている」
「それだけではわからないじゃないですか? 怒っているとか」
「何か悪いことをしたのでしょうか?」
「特には……」
撮影の時には騒いでいるが、基本的にあの家は借りている物で汚損破損は絶対にやらないと決めている。
「ですが、俺たち結構騒いでますし。そういう時に音がなるんです」
「なるほど」
百合哉は一度頷く、肉を口に放り込み頬を緩めた。
「実際見ないとわからないですね。予定通りお邪魔させていただきます」
「あの、撮影してもいいですか? 一応俺たち動画投稿者で、この怪奇現象も取り上げているんです」
どうでしょう。と意味ありげに答えて百合哉は再度肉を口に含む。
「私、機械と相性が悪いんです。壊れてもいい機械でならば撮影していいですよ」
そう言って、彼は無邪気に微笑んだ。