第四話 代(5)
「覚えが?」
今度は静かに尋ねる百合哉に佳樹はこくこくと頷く。
「ここにまだありますか?」
佳樹は頷いて慌てて別室へとかけていく。
「もし、違うところに行くなら綺麗でいなくちゃ」
美咲はそう言いながら俯く。その拍子にあかねの手の甲に大粒の涙が落ちた。
「これだ」
佳樹がそう言いながら持ってきたのはヨレヨレで使い古されたであろうちりめんで出来た人形だった。
「それは誰の物ですか?」
「美咲のです。美咲が生まれた時、お袋が作ったみたいで」
「作ってはないです。ゆずりうけた物なんです」
今まで黙っていたあかねがようやく口を開いた。
「亡くなったお義母さんから譲った物です。旦那が産まれた時に『母が作ってくれたお守りなのよ』と。幼稚園に行ったので思い出の箱に……ベビー服と一緒にしまっていたんです」
代々受け継いできた成長を願うお守り人形。市販の物ではなく型紙から丁寧に作り上げた世界で一つしかない人形。
三人は美咲の……この人形の言葉を思い出す。今までしまわれていたというその言葉に偽りはないようだ。
「それがどうして美咲に憑くんだ? 悪い人形なのか?」
「一番近かったからですよ」
百合哉はそう言って美咲の中にいるであろう人形を見た。
「捨てる予定だったんだ……」
佳樹はそう言って黙り込む。人形を入れたのは捨てると判断した段ボールの中であり、誰かに譲る気はなかった。
「子供は感受性が強いのです。それに、赤ん坊の頃からずっと一緒で、しかも身内から代々大事に受け継がれた物ですからね」
「悪霊になるのか?」
「なれませんよ」
百合哉はそう言って佳樹から人形を受け取った。
「こちらで預かりましょう」
「いえ、私にください」
あかねの言葉に男二人は驚いて彼女の顔を見た。
「怖いと言って恐る恐る扱うのも良くありません。一時の情に流されて後々捨てるなんてlこと、今度は私が許しません」
「いいえ、そんなことしません。これは夫と美咲を守ってきてくれた物です。そしてお義母さんの残した物です」
美咲はそう言いって自分の手に手を重ねる娘を……お守りを見る。
その小さな手はこれから先の未来を思い震えている。これはお守りであり義母の想いが溢れた物だろう。そう思うと益々愛おしく思った。
「気がつかなくてごめんなさいね」
あかねはそう言って、娘の頭に頬を寄せた。
ようやく、といったタイミングで救急車がやってきたようだ。
その後、美咲に異常行動は見られなかった。
ずっと泣き続け、冷水を長時間浴びていたのに風邪一つひいておらず元気に幼稚園に通っている。
佳樹は引越しを終えたあと、すぐに先祖の墓掃除をした。
あの人形は捨てることなく居間で陽の当たる良い場所でぬいぐるみたちと一緒に家族を見守っている。
段ボールから拾ってきたよれよれの人形は、不思議なことに凛としてどこか誇らしげに見えた。