第四話 代(4)
荷物の入った段ボールをどけて人が座れる場所を確保する佳樹。
まるで別人になってしまった美咲を泣きながらタオルで拭くあかね。
どけられた段ボールを見ながら首を傾げる百合哉。
それぞれが黙り込み、部屋は異様な雰囲気のまま時間が流れていく。
「百合哉。救急車は呼んだか?」
「呼びました」
「美咲はどうしたんだ? 引っ越しのストレスか?」
「私にもわかりません。本人に聞きましょう。あかねさんは娘さんを膝に乗せて。できれば彼女の太ももに両手をのせておいてください。体温を分けるような感覚で」
百合哉はそう言ってあかねの膝にのった美咲を見た。しかし、その琥珀色の瞳は美咲ではなくどこか遠い物をみている。
「どうして泣いていたんですか?」
「ボク」
美咲の唇がまた動く。美咲はボクとは言わない。
「ボク、捨てられちゃうから」
「捨てるわけない!」
叫ぶ佳樹を百合哉は睨みつける。
途端に美咲は「嘘だ」と叫んで泣き始めた。
暴れようと一瞬体を動かそうとしたが、なぜか先ほどのように力は感じられない。それどころか何かに押さえつけられているかのようにぴくりとも動かない。
「あなたは黙って! あなたが捨てないのは娘さんでしょう?」
百合哉に怒鳴られて佳樹は顔を青くする。
「他に誰かいるのか?」
百合哉はしばらく黙った後首を横の振った。
「わかりません。ですが、いいですか。余計な口出しはせず、静かに話を聞いてください。ここであなた方二人がもう一度嘘でもついてみてください」
還ってこれなくなりますよ。と言うのは脅しにも聞こえる。しかしその表情からけっしてウソではないだろう。
「あなたは私と話をしています。他の人の話は一度置いておきましょう」
泣いていた美咲は百合哉にそう言われてすんすんと鼻を鳴らしながら頷いた。
「捨てられるから水で体を洗って綺麗になろうと?」
百合哉の問いかけに美咲は頷く。
「ヨダレと鼻水で汚れちゃったから」
「それはひどいことをされましたね」
「ううん。いいの。いいんだよ」
その否定は優しい声だった。まるで何かを思い出すかのように、もしくは思い出を慈しんでいるかのように言う。
「綺麗になったあとはどうするんでしょうか?」
「あとは箱に入るの」
「箱に? あなたは箱の中にいた?」
美咲は頷く。
「柔らかい、お布団のようなところにいたの」
美咲はそこまで言うと再び泣き始めた。
その様子がいたたまれなくなってあかねはその太ももを撫でる。
本当は頭を、体全身を撫でたかった。けれど、今この手を話したら美咲は戻ってこれないだろうとどこか確信していた。
「あなたは誰でしょうか?」
「ボクは顔のないお人形」
美咲がそう言い終える前に百合哉はざっと周囲を見る。
いくつか段ボールの山こそあるが、人形とかかれた箱はない。美咲ではない何かがそう言った時、佳樹が「あ」とだけ言い、慌てて自身の口を抑えた。