第四話 代(2)
次の日も、その次の日もあかねは引越し作業に集中した。
美咲を幼稚園に連れて行き、園での様子を伺うと普段通りと言われほっとする。あの異常な様子はやはり段ボールの山ができあがった家だけらしい。となるとやはり引っ越しが原因なのだろう。
「引越し作業はやはりストレスでしょうか。幼稚園も同じで、同じ市なのは変わりないんですが……」
「子供のアンテナはとても高いんです。いろんなものを受信するんですよ。疲れているお母さんや、ぴりぴりしているお父さんを察知して場を和ませようとわざと戯ける子は少なくありません」
幼稚園の先生はそう言いながら優しく微笑む。
「お母さん本人が妊娠に気がついていないのに、息子さん娘さんが察知していつもより甘えてくる、なんてよくあることなんです。それくらい子供は敏感なんですよ」
「それはすごいですね」
「えぇ、子供ってすごいんですよ」
その笑みから本当に子供が好きなんだろうとあかねは思う。
お遊戯会が近いから先生はこれから小道具作りに残業だろう。けれど、そんな様子微塵も見せないで彼女は笑っている。
「先生はすごいですね。なんでもわかっちゃう」
「ありがとうございます。……、でもなんでもってことは無理です。いつも、ずっとはいられませんので」
一緒に暮らしている人と比べると全然ですよ。と彼女は太陽のような笑みを浮かべた。
「美咲。お荷物入れちゃおうね」
日曜日、今日も相変わらず引っ越し作業準備だ。
美咲も今日は手伝う気満々でいてくれる。
「新しいおうち行ったらみんなと遊べなくなる?」
「そんなことないよ。ここからすぐ、ちょっと公園から遠くなっちゃうけど圭介君家の近くかな」
「圭介君の家に近いの?」
美咲は片付けていた手を止めて叫んだ。
あまりの声の大きさにあかねは慌ててしーっと自身の唇に人差し指をあてる。壁の薄いアパートだ、物の移動で四六時中音が出ている上、こんなに騒がれては隣の住人はうんざりするしかないだろう。
「そう。あと、香奈ちゃん家も」
「香奈ちゃんか〜」
「香奈ちゃんと何かあったの?」
「あのね……。これはナイショなんだけど」
そうして美咲の集中先は、引っ越し作業ではなく幼稚園での出来事報告に移る。
さすが年長といったところか、すでに園では誰が誰を好きで誰ちゃんがそれを良く思ってない……なんて噂が広がっているらしい。
「ただいま。助っ人も呼んできたぞ〜。すぐ来るからな」
玄関が開く音の後に、嬉しそうな佳樹が戻ってくる。それぞれ準備をしながら美咲は嬉しそうに園での話をする。
最初こそ佳樹は「美咲の話は面白くてパパは片付けられないよ」と言っていたがそれでも楽しそうに聴いている。
しばらくそうしているうちに、喋っていた美咲が突然黙り込んだ。
「美咲?」
あかねはそう言って美咲を見て、そして佳樹を呼んだ。
「どうした? 怪我したのか?」
驚いてかけよる佳樹も自分の娘を見て思わず息を呑んだ。
「これがこの前言ってた?」
佳樹の問いかけにあかねは無言で頷く。
先程まで楽しそうに喋っていた美咲は口を半開きにしたまま、ぽろぽろと涙を流している。
「美咲? どうしたの? 美咲?」
あかねは娘の両肩を掴んで揺さぶるが、美咲は全く反応を見せない。ただぽろぽろと涙を流し一点を見つめている。
名前を何度呼んでも反応はしない。
それどころか、彼女はようやく動きだして近くにあったクッションを取り出すと、それを引き裂こうとした。
慌てて止めようとするが、あまりの驚きに脳が動くのを拒否している。
ここで刺激したら危ないぞ、これは本当に現実なのか? そういったことばかりが冷静な頭を静かに侵食していく。