第四話 代(1)
大野あかねは引越し作業に没頭していた。
ダンボールに物を詰める前にいる物といらない物を分ける。運ぶ物はできるだけ少なくして少しでも負担を軽くしたいのだ。
別室にいる一人娘はようやく眠ったようだ。といってもこれは昼寝なので、あかねが動ける時間は短い。それでも有意義に使わなくてはいけない。
もう着なくなったワンピースを捨て、きれてしまったネックレスを分解し紐だけを捨てる。思い出がある物でも破損が酷ければ捨て、まだ使えそうならリサイクルショップに送る。来週まで、最悪トラックが車でずっとその作業が続くだろう。
修理する腕がないといえば微妙ではある。だが、引越しをしても今度は荷物を整理するのに忙殺され直している時間なんてないだろう。
何時間ほど作業に集中していたのだろう。時計を見ればゆうに二時間は経過していた。
「美咲?」
寝入っている娘の様子を見ようと部屋の中に入り目を疑う。
娘は両眼を開いたまま静かに泣いていた。
「どうしたの? どこか痛いの?」
慌てて抱き起こすがその体に力は入っていない。
四肢を脱力し、されるがままになっている。それでもその柔らかい頬には涙が常に伝っている。
「美咲!」
その大声で美咲は初めて反応した。そして、あかねを見て声をあげて「泣いた」。
「ママ、どうして怒ってるの?」
おそらく大声に驚いたのだろう。
「ごめんね。美咲が泣いてたからお母さんびっくりしちゃって。怖い夢見たの?」
そう問うと美咲は首を傾げ「ううん」と答えた。
最近、美咲はこういった症状が続く。たしか、引越しが決まり本格的に引っ越し作業が始まった頃からだ。
「ストレスかもなあ」
夕飯を終えのんびりビールを飲みながらあかねの旦那である佳樹が言った。
「病院に連れていくべきかな」
「でも、すぐに治ったんだろう? 大袈裟だよ。子供は多感で、いつもの部屋が段ボールだらけになるからきっと怖がってるんだよ」
「そうかもしれないけど……」
「今は引越し作業に集中してくれないか? 引越し予定日に間に合わない、なんてこと絶対に嫌だし……。もちろん、美咲が悪化するなら病院だって俺が連れてく」
飲酒中の約束であまり信用はできなかった。けれど、あかねは頷いた。
「次の日曜日に手伝ってくれる友達も来るんだ。そいつカウンセラーみたいな仕事をしてるって言ってたからこの件も伝えてみるよ」
「その人、子供いるの?」
「いいや、多分未婚」
そんな人が子供の何がわかるのだろうかとあかねは言いそうになったが、それをぐっと堪える。カンセラーみたいな仕事、と言っていたのだから、少なからずからかわれたりすることはないだろう。
「大丈夫だよ。あんまり深く考えるなよ」
佳樹はそう言って再び缶ビールをあおった。