第三話 扇(5)
五条さんは振り返り、そして混乱のあまり泣き出してしまった慶太を見つめた。
「扇、どこにあるかわかるかな?」
全員がぎょっとして五条さんを見た。
慶太は頷いて「あそこ」と指差す。それは祖父の部屋全体を示してはいない。この部屋の隅、ずっと使われていない袋戸棚だ。
兄が急いでその扉をあけると、そこには紫色の箱が一つ取り残されたように置かれている。
「触らないで」
ぴしゃりと五条さんが言い、兄は箱の触れたようとした手を引っ込める。五条さんは大股で袋戸棚に近寄ると兄の代わりにその箱を持った。
それを皆が見えるよう部屋の中央に置き、厳かに紫色の紐をといて蓋をとる。
「きれい」
中身を見て思わず誰もがそう呟いた。
金色の下地に白の雲と美しい人が描かれていたであろう紙片。
大事に管理されていたようではあったが、それでも所々にカビがあり、扇の原型も残っていない。
掌におさまるほどしかない小さな紙片。それがまるで割れ物のように布に包まれている。それを見た業者と五条さんはとても嫌な物を見るような反応を見せたが、それとは対照的に俺の家族は皆それをうっとりと眺めた。
「これですね」
五条さんはそう言って早々にそれを元の場所にしまった。
原型が残っていたならば、それこそ本当に美しい扇だったのだろう。
そんな物ををすぐに隠されてしまったので残念な気持ちに……もう一度見たいと言う衝動にかられる。
俺の気持ちが五条さんに伝わってしまったのか、それとも俺と同じような表情を見せた家族に気がついたのか五条さんは素早く箱を付属されていた紫色の紐できつく縛る。
「慶太さん。この紙は私が今ここでしまいました。ね?」
五条さんは優しく静かに言い聞かせた。
当然の質問をされた慶太は、不思議そうな顔をしながら頷く。
「これは私が預かりお寺で供養してきます。どうかお父上を責めないでください。道具が道具として本来の役割を担っただけなのですから」
「あれはただの扇ですよ」
兄の言葉に五条さんは微笑んだ。
「大切に扱われてきた家具たちには付喪神が宿ります。そして、扇にも神様はいるでしょう。ただ、今回は出る幕を間違ってしまったのです」