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Fit  作者: 和鏥
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第三話 扇(2)

祖母が病気で倒れたと報告を受けた俺、杉本直之は急いで嫁の幸と子供を連れて帰省した。


「母さん、大丈夫か?」


 問うと、床に伏せた母が「おかえり、大丈夫だよ」と小さな声で答える。

 言葉とは正反対にその顔はやつれ、何キロもやせたように思われた。

 目の下には濃い隈ができており、あれだけ髪の色を気にすぐに染めるのにもかかわらず、今母の髪にはいくつもの白髪が見える。

 不思議なことにうなじには赤いくっきりとした線が浮かんでいる。

 首でもくくったのかとでも思ってしまうようなその痣は、しかし正面には浮かんでいない。その異変に俺だけではなく嫁も驚いたようだった。


「親父の葬儀で疲れているんじゃないのか?」


 母の部屋から出て行き、リビングで待っていた兄に尋ねる。親父が死んだのはつい先月のことだ。しかし、疲れ切った表情の兄は首を横に振った。


「俺も最初はそう思ったんだ。……。なあ、母さんを少しの間、引き取ってくれないか? なんか、どうしてもおかしいんだよ。嫁もだいぶ参っちまってるし……」


 それを聞いて俺は葬儀のことを思い出す。兄の嫁である恵子はひどく疲れ切っており何度も幸に泣きついていたのが印象に残っている。


「それなら大丈夫。すでに嫁とも話しはしてる」


 そう、いずれくるだろうと思っていた問題。

 意外なことに幸は協力的だった。俺たちの会話を聞いていたであろう恵子が顔を真っ青にした状態でよろよろとやってきた。


「お義母さんは大好きよ。優しいし本当にいい人、……いい人なんだけど、最近どこかおかしいのよ。押し付けてしまってごめんなさい」


 恵子は嫁姑問題とは疎遠だと思っていた。本人もそんなことはありえないと言っていたのだが、どうしてもどこか受け付けられなくなったらしい。しかし、どこがどうと聞いても何も答えてくれない。


「ただ、母さんの病状とか、……具体的にどこがどうおかしいか教えて欲しいんだ」


 問いかけると兄はあからさまに嫌な顔をした。


「夜中に悲鳴を上げて飛び起きるし、そこらを徘徊する。……それに。俺は信じていないんだ。呆けが始まったんじゃないかと考えてはいるんだが」


 そうして兄は言いにくそうに頭を数度かいてから今度はしっかりと俺を見た。


「扇が「拾え」と、言ってくるんだそうだ」

「扇? 扇ってあの?」


 兄は真面目に頷いた。


「それも一回や二回じゃない。いつも決まって同じ時間にそう言うんだ。しかも相当怯えていて「誰かに殺される」なんて夜中に泣き出す始末だ。その証拠だと言って首の……お前もみただろう? 首も赤い痣を見せてくるんだ」

「殺される……」

「言っておくが、誰も家庭内暴力なんかしてない」

「違う違う。兄貴を責めたわけじゃない。その言葉に聞き覚えがあったんだ。多分、父さんだ。父さんもそんなことを言ってなかったか?」


 生前の父親は家具の収集家であった。とくに使い古された家具を気に入って値段も考えずに家に持ち帰っていた。

 いろんな店からいろんな物を買い付けて自分の部屋に飾っていた。

 亡くなった今ではほとんどが業者に買い取ってもらったが、それでも処理できていない物がいくつか残っている。

 父親は自分の収集品を自慢するのが好きだった。しかし、死ぬ三ヶ月ほど前から異様に床を気にするようになった。と思う。


「殺されるんだ」


 ある日、酒を飲み過ぎた時、父親がそう溢したのを覚えている。いつもは強気でお調子者の父が肩をさげ、弱々しくそう言った。


「誰にだ?」


 骨董品を買い集めすぎて家計が圧迫しているからそう言った冗談なのかと思い、ふざけて問うと、父親は「わからない」とだけ答えて酒を飲み干しそしてすぐに寝床に行った。

 あまりにも小さい背中だった。

 何かに怯える小動物のような動作で中をくまなく確認しながら、そう特に足元を注視しながら移動していたように思える。それがとてもとても異様で、その時も兄と父さんが呆けてしまったのではないかと話題に出したの覚えている。


「父さんは昔から骨董品が好きだった。一つ二つ曰くつきの物があるかもしれない」


 そう言うと兄は頷いた。


「近々残った物も全部処分しようと思うんだ。だが、問題は呆けた母さんのことだ。アルツハイマーの人は突然物がなくなるのを恐れるらしい。記憶に関する病だからしかたがないんだが、母さんが家にいるとなかなかできなくて……。それに、俺の息子も今年は受験でな」

「わかった」


 元々、引き取ることは拒否していない。兄の二番目の幼い子は「ばあちゃんお泊まりするの?」と不安げに見つめてくる。

「ばあちゃんはね、少しの間おじさん家に泊まるんだよ。慶太だってお泊まり好きだろ?」


 抱き上げて尋ねるとばあちゃん子の彼は足をばたつかせ嬉しそうに「うん!」と答えた。


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