第一話 熱(1)
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素人でも始められ、有名になるチャンスも掴める夢のある職業。画面の向こうでは四人のグループ投稿者が楽しそうに大食いに挑戦している。
その最中にまた不可解な音が鳴った。それは、壁や扉に爪を立てるような不快な音だ。
キ、キ、となる音は次第にカリカリ、ガリガリと変化を遂げている。その音はメンバーだけではなく、液晶画面の向こうにいる視聴者にも聞こえるようになった。
「アツイ」
心霊現象を決定づける謎の女の声も動画に入った。
メンバーは男しかいない。怖いもの見たさで何度も視聴されたのか、その時の動画視聴回数は他の動画の倍になっていた。
水が勝手に出ては止まる。メンバーの物が知らないうちに移動している。咳をする音が動画に入る。
そういった怪奇現象が多発したせいで、今まで起きてきた怪奇現象を録画しまとめたものも作成された。
「まただよ」
ショウがそう言って床の隅にかたまった服たちを見る。
男四人のシェアハウス。掃除洗濯料理基本的なことはやれる。が、それでも必要最低限なことだけだ。
床の左右隅に散らばるのはカラーボックスにしまいそこねた服、収集日に出し損ねたゴミ袋の山。
すぐに出せるようにそれらは決まった場所に置いておいたはずだった。だというのに、何故かいつの間にか部屋の隅に、もしくは乱雑にそれらは置かれている。
最初こそメンバーの誰かがふざけて行ったものだと思っていた。しかし、四人はほぼ同じ時間帯に活動しており、また外出時にこの現象が頻繁するためこれも怪奇の一つとして認識された。
「録画はできてるのか?」
「今回もカメラが回ってない時になってる」
「散らかる場所は同じなのにな」
散らかる場所は決まって台所の前と玄関に続く廊下だ。そこに置いた物が勝手に移動してしまう。それだけではなく唯一ある和室のふすまが勝手に開く。
一日中録画できる機材はできるだけ他のことに使いたいと出し惜しみをしているためなかなか声以外決定的なものにはつながらない。いつも現象が治ってからカメラを回している。
「水だって出てるのにさ……」
最近では壁をひっかく音だけではなく弱々しく壁を叩く音。そして咳き込む女の声も頻繁に聞こえるようになった。コメント欄では女の顔が見える、オーブが見えるといった動画内容に関係ないもので溢れかえり、流石のメンバーも疲れが見え始めた。
「あのさ。これ見て欲しいんだけど」
そんなある日、サブリーダーのドコロが顔を硬らせながら皆を集めた。見せてきたのは変哲もない彼のスマートフォンである。液晶画面にはメールが一通だけ届いている。
『件名 ご依頼受け付けました
時刻 四月二十日 午前十一時
場所 東大井ステーキ店
報酬 当方の移動にかかった金額+昼食
ご依頼内容 ご自宅での怪奇現象
以上で承りました。 百合哉』
「迷惑メールじゃねえのか?」
ヨシキがそう言ってからかうが、彼も同じように顔が強張っている。
「俺が依頼してるんだよ」
ドコロがそう言って送信メール履歴を見せる。
『件名 依頼をお願いします』
件名だけで内容は無い。問題なのは送信時間だ。
「昨日の十四時ちょうど」
「それはおかしい。昨日は収録だったろ?」
ショウの言葉に全員がうなずく。
昨日は遠方で一日中アスレチックをする撮影をしていた。破損の恐れがあるので必要な機材は一切ロッカーにしまい撮影に集中していた。スマートフォンも同じようにしまわれていたはずだ。
「しかも、待ち合わせ今日の十一時って、この店で大食いの撮影あるんだぞ?」
「間違いだとしても本当だとしても会う可能性はあるってことか?」
「ファンじゃないのか?」
「でも俺から送ってるんだぞ」
ぎい。
うるさい。とでも言うように再び爪の音が聞こえ、全員が口を閉ざした。皆が何か見えないかと一点に目を凝らす。しかし、閉められたふすまの奥は何も変わらない。
「とりあえず大食いの撮影はしよう。ドタキャンなんてできない」
リーダーの一言で全員が頷き、各々が出かける支度を始めた。
ぎい。と、再度爪の音が鳴る。
全員が振り返ると、閉まっていたはずのふすまが少し動いている。誰も通れないが、中からこちらを覗くにはちょうどいい具合に少しだけ開けられている。
覗かれている。
誰もがそう直感し、和室に何かがいないか凝視する。少しだけ開けられた場所は暗く、何も見えない。広がるのは闇だけだ。
「気にしない方がいい。早く行こう」