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ORATORIO・SaGa  作者: しおん
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4 起動(イグニッション)

 食堂に着くと、またしてもユーリが先に朝食を摂っていて、文字のぎっしり詰まった朝刊を読んでいた。

 おれたちに気付くと、紙面から顔を上げて、

「ああ、おはよう。ナユタ、ユジュン」

 朝の挨拶を交わしながら、おれたちもユーリの向かい側に腰を下ろした。

 部屋は蓄音機から流れるクラシック音楽で満ちている。否が応でもおれの想像力の海を波立たせる。あるいは渦を巻いて渦潮を起こす。

 なんか、今日はいけそうな気がする。

「今日も森に行くのか」

 ユーリが誌面から目を離して、ちらとナユタとおれを見た。

「うん。そのつもり。言の葉を習得するには、あそこがうってつけでしょう」

 ナユタが答えれば、ユーリの視線がそちらに固まった。これはどっちがどっちか見分けがついてなかったな、とおれは踏んだ。

「そうだな。太古の自然が残っていて、魔素も濃い」

 そうナユタに答えたユーリに、おれは質問してみた。

「アースシアには精霊はいないの?」

「いや、いる。自然が存在する限り、精霊のいない土地などこの世界にはない。ただ、極端に絶対数が少なく、魔素が薄いというだけで」

「僕も精霊の息吹は感じた。言の葉も使えたしね」

「そっか。ここで覚えて帰れば、アースシアでも使えるんだ」

 ナユタのアドバイスは抽象的で、おれにはよく分かんなかったけど、昨夜のユーリの科白に手がかりを得ていた。

「そういうことだ」

 と、ユーリが間を置かず、次の言葉を継いだ。

「で、他の子供たちは元気でいるのか」

 おれは動きを止めて、視線をナプキンの掛かった太ももに落とした。

「テンちゃんは、次の土地に旅立っちゃったし」

 たまに、旅先から絵ハガキが届く。短い文面からして、壮健ではあるみたい。

「手紙にそう書いてあったな」

「ヒースは、あんまり貴族街から下界に降りてこなくなったし」

 テンちゃんと離れて、いちばんショックを受けていたのがヒースだ。それはもう、落ち込んで塞ぎ込んでいる。

「まぁ、貴族は何かと制約が多いからな」

「イリヤとは二日にいっぺんくらいは会ってるけど。この頃、変」

「どういった風に?」

「夢を見るんだって」

『どんな?』

 ユーリの声と、記憶にあるおれの声が頭の中で重なった。

 イリヤはプラチナブロンドの髪と、碧眼の、どこか孤高のシベリアンハスキーを連想させる美少年だ。訳あって家族と離れ、孤児を集めて面倒を見ている教会で暮らしている。そこで使徒として毎日生活を送っている訳だけど。

 十三歳を迎え、最近、声変わりが始まったせいで、声が出しにくそうだ。

『南極の、コウテイペンギンになった夢を見る。そのペンギンはいつか人間になりたいと願って氷の岬から水色の空を眺めている。その夢を見た朝は、酷く、悲しい』

 そう言うイリヤの表情が、あまりに切なかったので、おれはその夢の記憶を消してあげようと試みた。でも、何度消しても、その夢の記憶は消せなかった。ボールペンか油性マジックで書いたみたいにくっきり残って、おれの貧弱な消しゴムじゃあ、手出し出来なかった。

『俺こそが、そのペンギンになりたいのだと、思う』

 それじゃあ、堂々巡りだよ。

 その夢の記憶は、イリヤの中でとても鮮明で思い入れが強いみたいだ。

「南極のペンギンになりたい、か。完全体になったナユタに立ち向かった少年が見るにしては少々センチメンタルな夢だな」

「でしょ?」

「何か、深刻な悩みでも抱えているのだろうか。いや、年齢的に思春期の入り口で、単に多感になりすぎているだけかも知れないな」

 と、ユーリは色々と例を挙げてくれたけど、おれとしては『思春期』って単語に妙に引っかかった。

 手の掛かることで悪名高い、あの『思春期』。

 まぁ、もともとイリヤは扱いが難しいけど。その正しい取説を知ってるおれは、ちょっとトクベツでお得感がある。

「よし! 帰ったら、目の前で言の葉使うとこ見せて、驚かせてみようっと」

 おれは、俄然やる気になった。

「その意気だ」

 ユーリはクスクス笑っている。

「ともかく、精霊の声を聞くには、精神統一が第一歩だ。精霊を統べる王に挨拶代わりに祈ってみるのも、きっかけとしてはいい手かも知れない」

「分かった、やってみる! ありがと、ユーリ」

 朝ご飯を食べ終えたおれたちは、屋敷の裏から、深い森に分け入った。人の手が加わった整備された道を外れ、獣道を進み、小川を越えて昨日と同じ開けた場所に出る。

 なんだろう、気のせいかな。昨日より、しんと森が静まりかえってる感じがする。

「なんか、昨日より静かじゃない?」

「そう? 変わらないと思うけど」

「そうかなぁ……」

 鳥たちの鳴き声や羽根を羽ばたかせる音、木立のささめきが遠くに感じられる。

 やっぱり、今日は冴えてる。気がする。

「じゃあ、始めようか」

 ナユタは昨日と同じ、切り株の上に腰を据えて、足を組んだ。左肩にはセラフィータがとまっていて、興味津々でおれを見てる。失敗したら大笑いしてやろうって腹づもりが見え見えだ。なにくそ。今日こそ絶対成功させてやる。

 おれは気を入れ直した。

 目の前の切り株の上に置かれた薪に集中する。この薪を真っ二つにするのがナユタから与えられたミッションだ。

「大いなる叡智、豊穣なる大地、それらを統べる神よ。その(おん)お力の一滴を我に授け給え」

 自然に耳を傾けていると、そんな文言がするっと口を突いて出ていた。

「ひとひらの言の葉を」

 そう唱え、静かに手のひらを合わせて、目を閉じた。

 足下から緩やかな風が吹き上がって、服がはためき、前髪が浮いて隠れていた額が明らかになった。そのとき、青い光が立ち上っていたことは、後からナユタに聞いた。

「心の目が開いた!」

 ナユタの声が、遠い。

 おれは手がかりをなくすまいと、全集中で、心の奥底を探った。すると、微かに聞こえてくる声らしきもの。深くになるほど、声は大きくなる。何を言っているのかまでは分からない。でも、だんだんとそれが音楽のようなものに取って代わって聞こえて来た。

 これは、ロンド?

 おれは迷いなく、次の言葉を口にした。

「舞い踊れ、輪舞曲(ロンド)

 次の瞬間、薪が宙に浮き上がって、木っ端微塵に砕け散った。小さな竜巻が局地的に発生した感じだった。

「う、わ……」

 おれは感動で一歩後ずさった。

「すごいや、ユジュン! 言の葉が使えたよ!」

 ナユタが飛んできて、おれの両手を握りしめた。

「やった? おれ、やったの?」

 徐々に胸から喜びがわき上がってくる。

「うん、そうだよ、やったんだよ」

 ナユタが、我が事のように喜んでくれている。同じ顔に褒められるのも、自分で自分を賞賛しているようで、奇妙な感覚。

「あとは、コントロール。力加減だね」

 ナユタがにんまりと笑った。

「コントロール、ね……」

 おれは、遠い道のりを予感して、げんなりした。

 火力のコントロールは、ひたすらイメージの世界だった。どれだけ言葉にイメージを乗せられるかが問題。

「叩き割れ、序曲(オーバーチユア)

 何度も言の葉を繰り返して、昼頃には薪を真っ二つに割れるようになった。

 慣れてしまえば、案外、簡単だった。コツらしきものを掴んだみたいだ。

 昼飯は、ナンシーが持たせてくれた、BLTサンドとカフェオレだった。

 食べながら、ナユタに訊いてみた。

「物語だと、魔法使いは一人に一属性しか使えないことが多いけど、言の葉もそうなの?」

「ううん。属性の縛りはないよ。一人で好きなように色々使える。ここは森だから、あえて風属性を選んで使ってるだけ。火や雷属性を使ったら、山火事の元になっちゃって危ないでしょ」

「あー、なるほど」

「これ食べたら、水とか土とか他の属性も試してみる?」

「うん、試す!」

 おれは残りのサンドにバクバクとかぶり付いた。

 午後は大地を隆起させたり、水辺に行って水を液状化させるだとか、そういった言の葉の表現の違いを学んだ。様々な自然現象を自在に操る言の葉は、奥が深い。おれもセレナーデとかノクターンとか音楽の形式に置き換えて使ってみたけど、その全体を理解して操るのはかなり大変そう。会得するなんて、到底無理なような気がした。

「言の葉は一日にしてならず、だよ」

 それから夕方まで、可能性を試し続けて、おれは一つの答えに行き当たった。ちょっと変則的なオリジナルの言の葉を思いついたんだ。

 五つ並んだ切り株の上に、的である十センチ程度の松ぼっくりを置いて、七メートルほどの距離を取る。

起動(イグニツシヨン)、シュート!」

 親指と人差し指だけを立てて、銃の形を取る。その人差し指の先から、光線が細い光の糸を描くように真っ直ぐ走り、右端から順に松ぼっくりを撃ち抜いた。

 当たったのは、五つのうち、三つだった。

「よく考えついたね、ユジュン! そういう発想は僕もしたことなかった。実戦で使えそう」

「うーん。五分の三かぁ。命中精度が問題だなぁ」

「だったら、本物の銃を持つとイメージが固まり易くていいんじゃないかと思うよ」

「本物の銃はちょっと……せめて、モデルガン」

 でないと、銃刀法違反でしょっ引かれちゃうよ。

 そういえば、ナユタは常に腰の前後に二本、短剣(ナイフ)を装備してるけど、トルキア聖王国はそれでブラブラ街を歩いてても捕まったりしないのかなぁ。

 アースシアは治安維持の為に、かなり法律が厳しいことで有名だったりする。入国審査も厳重だって聞くしさ。

 もしかして、ナユタが『暗黒』に乗っておれを迎えに来たのって、不法入国になるんじゃないのかな。で、おれは不法出国の罪だったりしないのかな。

 まぁ、そんな些末なことを思いながら、山を下りて、ユリシーズ家の屋敷に戻った。

 夕飯は、またユーリと時間が重なった。

「首尾はどうだ」

 またぞろ豪華なディナーにありつきながら、ユーリが状況確認をして来た。

「それがね、ユジュン、言の葉が使えるようになったんだよ」

 風呂上がりで顔の血色が良いナユタが、それでも顔を朱に染めて、興奮気味にユーリに報告した。

「そうか。存外早かったな。もっと時間を要するかと思ったが」

「ユジュンの躍進はめざましいものがあるよ」

「昨日、ユーリがバックでかかってる曲がノクターンだって教えてくれたじゃない。それをヒントにして、イメージしたんだ」

 おれはちょっと照れて、科白がたどたどしくなってしまった。

「魔素の声を音楽に例えたか」

 ユーリがライ麦パンを千切りながら、感心している。

「考えるより覚えるが易し、だな」

 バジルバターを塗りつけて、それを口に運んだ。

 美味しそうだったので、おれも真似てみた。うん、美味い。

「明日はどうする。剣術の稽古でもするのか」

「んー、明日は街に行って買い物しようかなっと。ユジュンの装備を調えて、ギルドに冒険者登録してこようと思ってる」

「え?」

 初耳だ。

 おれは右横のナユタを見た。

 それに気付いたナユタが、おれに向かって笑顔を作った。

 ギルドとか、ファンタジー小説でよく出て来るアレだ。ひとりでに心が浮き足立つ。

 冒険者なんてワード、超わくわくするんですけど!


トルキア・コソコソ話。

「言の葉」は少なくとも12歳頃までには覚えないと、心の目が固く閉じて、二度と開かなくなっちゃうらしいよ。

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