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ORATORIO・SaGa  作者: しおん
3/17

3 ナユタの性癖

 そりゃあ、びっくりしたよ。

 洗濯物取り込んでるときに、いきなり暗くなったと思ったら、ナユタが空から降ってくるんだもん。

 おれは、ユジュン。ホムラ・ユジュン。ナユタの片割れさ。

 暗くなったのは、ナユタの『(はら)(から)』である『(エレ)(ボス)』の影に入ったからで、ナユタが空にダイブしたと同時に消えたようだった。

 言の葉の作用で地面激突の衝撃を緩和させたナユタは、おれに向かって笑顔で言ったね。

「やあ、ユジュン。こんにちは! 久しぶりだね」

 おれと、一緒に洗濯物を取り込んでいたお姉ちゃんは、度肝を抜かれてた。

 それからナユタは勢いのままに、家族を応接間に集めて、おれをトルキア聖王国に招待したいから貸して欲しい旨のことを高らかと宣誓した。

「ユジュンをしばらく貸して下さい!」

 キユという住み込みで働く家族同然の、長男的な立ち位置の従業員まで巻き込んで。

 両親と姉は、おれとナユタの双子以上に似通った風体と顔形に、完全に気圧されていた。

「でもなぁ。この繁忙期にユジュンの手がなくなるってのは……」

 お父さんが、現実的な問題に、渋い顔をした。

「僕たちの見た目がどうしてそっくりなのか、訳ありなのは分かるでしょう? 今、このときがベストタイミングなんです。ユジュンを僕に貸して下さい!」

 ナユタはソファから立ち上がると、目の前の両親に向かって頭を下げた。

 両親と姉はそれを見てあたふたしている。

「まぁ、あなた。どうしましょう」

「う、うーん。そうだねぇ」

「いいじゃないですか。たまには外で羽を伸ばしてきても。ユジュンの分は俺が働いてカバーしますから、許して上げてください」

 キユがそんな頼もしい意見を差し挟んでくれた。

 さすが、キユ。長男的な頼れる存在。

「……分かった。ユジュンに休暇をやろう。ただし、期限はきっかり十日だ。それ以上は認められない」

 腕を組んだお父さんが、そう言い放った。

「十日も?! 十日もユジュンの仕事を免除するの?」

 お姉ちゃんは自分にしわ寄せが来るのが嫌なんだ。だから、反対しようとしてる。

「君、ナユタって言ったかしら。十日もユジュンの時間を使って何をさせようってつもりなの?」

「修行です。稽古っていうか、鍛錬っていうか、修練っていうか。ともかく、外で生きていける為の手段を教えるのが目的です」

 お姉ちゃんに向かって、ナユタは堂々と言い返してた。

「外でって……今もこの先も、ユジュンはウチの跡取り息子だ。宿を継いで、ここアースシアに骨を埋めるはずだよ」

 お父さんが眉をひそめた。

「そんなの分かりません。将来的にアースシアを出て、旅に発つことだって有り得ます」

「それは、君が誘ってってことかな」

「そうかも知れないし、そうじゃないかも知れない」

 ナユタの発言には確固たる信念がある。なのに、柳のようにのらりくらりとお父さんの問いをかわしたりもする。

 同じ顔で、同じ歳で、よく大人と対等に渡り合えるなぁって思ったよ。

「ともかく、ユジュンは借りていきます」

「え? え?」

 話、まとまった?

「さ、ユジュン。行こ」

 ナユタはおれの腕を掴んで、歩き出した。

 おれはされるがまま、ナユタに着いて応接間を出た。出て行くとき、あんぐりと口を開けた大人たちの顔が間抜け面だったことをよく覚えてる。

 それからはもう、非現実の連続だった。裏庭に出たナユタは上空に『暗黒』を呼び出して滑空させ、その背までは、例の言の葉ってやつで見えない空気の階段を作って上って行ったんだ。当然、おれも見えない階段を上ったさ。

 『暗黒』の背の上は、まさに目もくらむ高さだった。ゴツゴツとしたウロコの感触がやたらとリアルで、アンリアルな生物との接触に、おれは少なからず興奮を覚えた。竜の背に乗るなんて、またとないチャンスだったりしない? 貴重な経験。

「ナユタ! おれ、なんも荷物持ってないけど!」

「ああ、ユーリん家に全部あるから、構わないよ!」

 『暗黒』が翼をはためかせて高度を上げ始めたので、騒音でお互いの声が聞こえづらく、大声になってしまう。

「じゃ、ユジュン、借りて行きまーす!」

 眼下では、裏庭に出てきた家族が、巻き起こる風に抵抗しながら、こちらを見上げていた。

 そうして、着の身着のままで、おれはナユタに拉致された。

 冒頭に戻る。

 そして、二日目の朝。

 おれはいつもより随分遅くまで眠っていた。こんなにゆっくり寝られるなんて、いつぶりだろう。それでもナユタよりは早起きだった。

 おれは目が覚めても、しばらく天井の模様を眺めて、ぼーっとしてた。そしたら、なんか、植物のツタ模様が、ヒトの顔に見えてきた。だまし絵みたいだなんて思いつつ。

「ふぁーあ」

 ナイトテーブルに置かれたミニチュアベッドの上で、目を覚ましたらしい、聞き覚えのある声がした。なるたけ聞きたくなかった声だ。

 その声の主とは、セラフィータ。

 おれは上半身を起こして、彼女を見た。

「あら、おはよう。あんたは……ユジュンね」

 伸びをしながら欠伸をかいていたセラフィータは、寝起きでも目つきは鋭く、一閃でおれとナユタを見分けてしまった。何で見分けてるのかは知らないけど、こいつは侮れないなと思う。

「なんで分かったの?」

「雰囲気と顔つきよ。ナユタはあんたより利口そうなカオしてるもの」

「おれがマヌケだってぇの?」

「そうよ。よく自分を分かってるじゃない」

「ムカつくなぁ」

 得意げなセラフィータは寝間着として、スケスケひらひらのネグリジェを身につけている。ちょっとエッチっていうか、セクシー路線だ。本性がバレてるから、少しもドキドキしないけど。

「ナユタ、まだ起きないの?」

「ふふん。ナユタを起こすにはコツがあるのよ」

 セラフィータは更に得意げになって、腰に両手を当てて胸を張った。

 背から生えた四枚の羽根が、音もなく広げられる。カーテンの隙間から漏れ出した朝陽に照らされて、七色の光を放つ。

 時計の針は、午前七時を指そうとしていた。

 セラフィータはベッドから飛び立つと、ナユタの顔の上に降り立った。

 そのまま、長い髪を両手で持ちながら、身をかがめてナユタの唇にキスをした。んだと思う。人間と妖精という縮尺の差で、ほとんど唇に顔を突っ込んだだけに見えた。

 多分、ナユタの体内時計が正確なだけで、セラフィータのキスは関係ないんだと思うんだけど、実際、ナユタはパチリと目を開けて、覚醒した。

「……やあ、セラフィ。おはよう。今日も、良い朝だね」

「ええ。おはよう、ナユタ」

 ナユタは左手にセラフィータを乗せると、その頭を右手でポンポンと叩いた。

 セラフィータはくすぐったそうに、照れくさそうにしている。

「なにこれ。新婚夫婦の朝?」

 おれは、ごく普通に不愉快になった。

「あ、ユジュン。おはよう。よく眠れた?」

 同じベッドに寝ていたおれの存在を思い出したのか、ナユタがおれを二度見した。

「うん。熟睡した。二人は毎朝こうなの?」

「そうだけど。なんか変だった?」

「変っていうか、なんていうかさぁ」

 妖精のキスで目覚めてるって、ナユタは気付いてるのかなぁ。

「ナユタはセラフィータのキスで起こされてるって知ってるの?」

「へ? そうなの? ねぇ、セラフィ」

 ナユタは気付いてなかったらしく、手のひらの上のセラフィータを目の高さに持っていった。

「なによ、ナユタ! 知らなかったの? あたしの純潔を返してよ!」

「いや、いつも起きると顔の近くにいるなぁとは思ってたけど」

「もう! この、この!」

 セラフィータは八つ当たりでナユタの頬を両手でぺちぺちと殴った。妖精の攻撃なんてさして威力があるはずもなく、ナユタは痛くもかゆくもない様子。

「ごめん、ごめんって、セラフィ」

 ナユタはセラフィータのヒステリーを笑って受け流しながら、くすぐったそうにしている。

 そこへ、ドアが開いてナンシーが入室してきた。

「あら。ユジュンおぼっちゃんもこちらでしたか。お着替え、持ってきましょうね」

「あ、いいよ。自分で行って、着替えてくるから!」

 ナンシーの手を煩わせる訳にはいかない。おれはベッドから降りて、宛がわれた部屋に戻った。

 途中、曲がる廊下の角を間違えて、一つ手前に戻ったりしたけど、無事、部屋にたどり着いた。昨夜のうちに用意された服を見つけて、それに着替える。

 寝間着もそうだったけど、おれが実家で着ている服とはグレードが違う。何か上等な織物で作られ、手作業であつらえられた子供服だった。しかもナユタの使い回しではなく、まっさらのおろしたてだ。

 似合う、似合わないは不明。ただ、服に着られてる感は満載だ。

 着替え終わったおれは、急いでナユタの部屋まで戻った。

 部屋の前まで行くと、ちょうど、ナンシーと一緒に廊下に出て来る所だった。

「ねー、ナユタ。超立派な服なんだけど、おれが着ててもいいの?」

「うん。別に。アースシアでは見ない生地でしょ。呪力が織り込まれてて、少しの魔法的物理的な攻撃は通さない、強度の高い特別製の服だよ」

「へー、そんなすごいものが、世の中にはあったんだ」

 おれは感嘆するばかりだ。

「とっても似合ってるよ」

「そ、そうかな」

 似つかわしくないと思ってたけど、ナユタに褒められて、悪い気はしない。その場で一回転したおれは、さらの服にますます気分が上がった。

「さあ、朝ご飯を召し上がりに、食堂へ行きましょう」

 ナンシーに先導されながら、食堂へ。おれは、ナユタの右側を歩いた。左肩にセラフィータを乗っけてるから、右側を歩けば彼女の姿を見ずに済む。

「ナユタはよく、セラフィータみたいな我の強い妖精の相手をしてられるね」

 おれは半ば呆れ気味でため息と共に、そんな科白を吐いた。

「うん? 僕、ワガママな女の子が好きなんだ」

 とんでもないカミングアウトだ。

 おれは一驚した。

「え? ワガママなのがいいの?」

「うん。意地悪とか、無理難題を叶えてあげることに、快感を覚えるんだよね」

「…………」

 おれは言葉を失った。

 ていうか、かなり、かーなーりー、引いた。

 女の子のワガママを叶えてあげることに、喜びを得るなんてヘンだよね。フツーじゃないよね。

 ああ、でも、だからこそ、ナユタはあんなににこやかにセラフィータと接することが出来るのかなって、なんか納得した。

「……ヘンかな?」

 ナユタがちょっと不安そうな声を出した。

「いや、恋愛マゾヒストだな、って思って」

「変わってるかな?」

「うん、かなり偏った趣味だと思う。おれだったら、半日持たずしてポイしてる」

「だってさ、セラフィ」

 ナユタは左肩のセラフィータを見た。

「なによ、あたしはあたしよ! あたしのアイデンティティーを否定されてたまるもんですかっ!」

 セラフィータがナユタの左側頭部に掴まり、顔を出してそうがなり立てた。

「まぁ、相性ってものがあるし」

 ナユタは苦笑い。

「だったら、おれとセラフィータは水と油だね」

 はん、とおれは鼻で笑った。

「あんたに言われたくないわ!」

「セラフィ、髪が乱れるよ」

 ナユタはセラフィータを肩に落ろしてから、乱れた側頭部の髪を手で梳いていた。


トルキア・コソコソ話。

この物語にヒロインは存在しないよ。

あえて言うなら、セラフィータがヒロインかな。

嫌われまくってるだろうから、ヒナンゴーゴーだね。

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