17 またね。
十三時間後、ナユタの想定よりは少し遅れて、おれはアースシアの実家の宿、『七曜亭』の敷地に降り立った。
「弾け、膨張!」
『暗黒』の背からダイブして、ナユタが発生させた言の葉のクッションの上に飛び込む。トランポリンみたいに跳ねて、身体が二度、三度宙に浮いた。
そこから地面に降りると、お父さんたちが裏口から外に出てきた。
「あ、お父さん。ただいま!」
「あ、ああ。おかえり、ユジュン。すごい音がして、何が起こったかと思ったよ」
「こんばんは。ちゃんと、ユジュンを返しに来ました」
おれの背後から、ナユタが忍び出た。
息子とそっくりなのが現れたので、慣れないお父さんはぎょっとしていた。
「ああ。約束通り、きっかり十日だったね」
「それじゃあ、僕はこれで」
ナユタが踵を返すと、その小さな背中に向かって、お父さんが声を掛けた。
「ナユタくん、と言ったね。もう遅い。今日は家に泊まっていきなさい」
返事は、ナユタの腹の虫が代わりにした。
「あはは。お腹も空いただろう。夕食もたんと食べるがいいよ」
「は、ハイ……」
ナユタは恥じらって、顔を赤くしながら、小さな声で返答した。こんな恥ずかしがってるナユタを見るのは初めてかも。
かくいうおれも、昨日の夜からなんも食べてない。腹、減った。
食堂で、おれとナユタは運ばれてくるままに、料理を次から次へと腹へ収めていった。二人で大人四人前は食べたような気がする。
お風呂に入って汗を流し、夜は自室である屋根裏部屋ではなく、ナユタに宛がわれたシングルの部屋にお邪魔した。
一つのベッドに一緒になって潜って寝る。
話したいことはたくさんあった。
「それでね、ラプラスの魔女から捕食したスキルは、因果律予測って言うんだ」
「インガリツヨソク?」
おれはムツカシイ単語に首を捻った。
「ええっとね、少し先の未来を予測して見られる能力、だよ」
「どういうときに使うの?」
「例えば、カジノ」
カジノ! 冒険者の夢、憧れ。
「ルーレットってあるじゃない。玉を転がして、マスに入る数字と色を当てるゲーム。結果が分かるから、延々と勝ち続けられるよ」
「ずっるーい。イカサマだ!」
おれは声を上げて笑った。
「一夜にして大金持ちだ。これでもう、お金に困ることはないね」
ナユタの物言いは、冗談めかしていた。
「敵が次にとる行動が分かったり、銃弾の弾道を読んでかわせたりするのかなぁ?」
「多分ね。まだ、検証を何もしてないから、何とも言えないけど」
「ナユタがどんどん無敵になっていく……」
「あはは」
「魔人に変身出来るだけでも、強力なのに。その上、未来まで見られるなんて」
「能力は術者の使いようだよ。薬にも毒にもなる」
ナユタには、大きな力を扱うに当たっての覚悟ってもんがあるんだろうな。
きっと、彼ならだいじょうぶ。
間違った使い方はしない。
「ユジュンの家族は、みんな優しいね。お父さんもお母さんも、お姉ちゃんも」
「うん。おれにはうるさいけどね」
「あんな家族だもの。将来的に別れることになるのは、悲しいね」
「……うん」
それを考えると、心臓をぎゅっと素手で掴まれたような、息苦しさを覚える。
「でも、ま、まだまだ先の話だよ。今は、今を大切に生きようよ」
布団の中で、ナユタがおれの手を握った。
あたたかな、手。
おれがこの先支え合い、頼り合うことになる手。
おれもその手を握り返した。
「うん」
いろいろくっちゃべって、夜は更け、おれたちは眠りに落ちた。
翌朝、早くにナユタは宿を飛び立って行った。
「さようならー、ユジュン! また、会おうね!」
お母さんに昼ご飯のお弁当を持たされて、『暗黒』に飛び乗ったナユタは、トルキア聖王国までの長い旅路に就いた。
ハイソで至れり尽くせりの生活はピリオドを打ち、おれは多忙極める通常業務に戻った。
後日、ナユタから手紙が届いた。
内容を一部抜粋すると、
『親愛なるもうひとりの僕、ユジュンへ。
ダンジョンで獲得した財宝は、ひとまずユリシーズ家の蔵に三日がかりで移動させて、将来的に僕らが自由に使っていいそうです。
僕たちの冒険が取り上げられた新聞記事を同封しておくね。
あの後、ユーリはしつこく取材されて、いい迷惑だったんだって。
置いてけぼりを食らったセラフィは、未だに根に持っていて、機嫌が芳しくない。でも、魔人化した姿を見せるわけにはいかなかったんだから、連れて行かないで正解だったよね。
ダンジョン攻略の瞬間にも立ち会えたんだし、これで君も一端の冒険者になれたんじゃない?
また、一緒に冒険しよう!
真実を探求する、もうひとりの君、ナユタより』
三枚に渡って綴られた便せんの他に、新聞記事の切り抜きが一緒に入っていた。
『ダンジョン発現以来の快挙! 第十三迷宮・ラプラス攻略さる! 攻略者は十代の若者!!』
という大きな見出しに始まる記事には、財宝をバックにユーリを中心として、両脇で喜ぶおれとナユタの写真が掲載されてあった。
おれたちの冒険は、続く……?
トルキア・コソコソ話。
『暗黒』の時速は旅客機並みの900㎞だよ。背中では振り落とされないよう、ナユタとユジュンが必死で掴まってるよ。