16 ラスボスVSナユタ
奥に、鎮座しているのは魔獣の女王、名をゴルゴーンと呼ぶ。ゴルゴーンとは、恐ろしいもの、の意。
とにかく巨大で、上半身は人間の女性の姿をしているけど、腰から下は固いウロコで覆われた大蛇だ。長い尾が、とぐろを巻いている。
背には四枚の羽。
その長い髪は蛇と化し、向かって来るものに襲いかかる。
『待ちわびておったぞ、人間よ。妙な気を発するそなたらは何者か』
ゴルゴーンの声は空から落っこちてくるみたい。
あぁ、なるほど。戻れなくなったり、階層をすっ飛ばしたりしてたのは、こいつ、ゴルゴーンの仕業か。
「僕ら、人間じゃないんだよ。ホムンクルス」
『なに? 賢者の石の精製に成功した者が現れたのか。その肢体、引き裂いてつぶさに調べてやる』
「我が呼び声に応えよ! 空斬裂破」
ユーリが先制攻撃をかましたけど、攻撃はゴルゴーンの表面を弾いただけで、ダメージを与えることは叶わなかった。
「やはり、通らないか」
ユーリはじり、と汗をかいて拳を握りしめた。
「ねぇ、ユーリ。『あれ』使ってもイイ?」
僕はユーリに許しを請うた。
「ああ、いいだろう。『あれ』が通用しなければ、我々はここでおしまいだ。好きなだけ暴れてくるがいい」
許しは得た。
『あれ』は強力過ぎる力だ。おいそれと使うなと、普段からユーリに固く禁じられている。もしものときの為の、奥の手だ。
僕は、ユニークスキル『捕食』を使って、アースシアで五十年前にルキが封印した魔人アザゼルを吸収した。この身に魔人の力を内包しているってこと。
それから、もう一つのスキル『絶対服従』でアザゼルは完全に言いなり。
体内に魔人の力を宿してるなんて、チート過ぎてめったやたらと使えないでしょ?
こんな大ピンチのときでもなければ。
『アザゼル、力を貸して』
内に宿る、アザゼルに願う。
すると、
『諾なり』
と返答があった。
僕はゴルゴーンに向かって、歩き出した。
「ユーリ、『あれ』って何?」
背後で訳の分からないユジュンが、ユーリに尋ねていた。
「ああ、おまえは見たことがなかったな。魔人アザゼルの力の行使だ」
一歩、歩みを進める度に、僕の姿が変態する。
一歩。足が大きくなり、骨格が変化する。
一歩。脚が伸び、胴が伸び、腕が伸びる。
一歩。身長が百八十五センチ、体重が七十五キロの成人男性になる。
一歩。髪が白髪になりながら、床に着くほど長く伸びる。
一歩。目が裏返り、戻ったときには、本来、白目である部分が黒くなり、黒目である部分が赤くなる。僕の双眸は魔人特有のそれに変化していた。
『小癪な』
ゴルゴーンへと続く道の半ばで、僕は魔人の姿を乗っ取った、二十七歳当時のルキフェン・リンドウの姿に変貌を遂げた。
子供のままでも力を行使できないこともないけど、限定的だ。大物相手に全力を出すには盛年の姿をとる必要がある。
『な、なんだ。その気配は。まるで魔人ではないか』
一瞬、ゴルゴーンが恐れをなして怯んだ。
ゴルゴーンがひと束の髪を蛇に変えて、襲いかかって来た。でも、その蛇が僕の元まで届くことはなかった。
「『荒刃』」
届く前に見えない刃で蛇の頭は切り落とされていた。その刃は黒い炎から発生している。
僕はただ、歩きながら、手刀で袈裟斬りの振りをしただけだ。
ビチビチと、落とされた蛇の頭が床で跳ねる様は、滑稽だった。
『さ、再生せんっ』
ゴルゴーンの再生能力より、僕の黒い炎が細胞を死滅させる負荷の方が、より勝っているようだ。
その後も蛇が次々襲いかかって来たけど、その全ての頭を僕は袈裟斬りしただけで落としていった。
隙をかいくぐってきたものは、
「『爆炎』」
内側から灼いて爆裂させた。
血が巡る、気が走る、鼓動が波打つ。
溢れる魔人の力が、肉体という檻を破って飛び出しそうだ。
僕はその強烈な破壊衝動を抑え込んで、両手に熱のない黒い炎を宿した。
「『地獄の炎』」
『ぐあああああ』
ゴルゴーンを黒い炎が焼く。じりじりと、底辺から広がってやがては全身を焼く。
「『爆炎』」
僕は右手を上げると、ゴルゴーンの腹に風穴を開けた。
「これくらいじゃ、死なないんだっけ。もちろん、これで終わりじゃあないよ」
ゴルゴーンの腹の向こう側の景色が穴越しに見えた。
僕は赤い目を弓なりに細めた。
『うがぁぁあ!』
ゴルゴーンが狂ったように、髪を蛇に変えて攻撃してきた。加速したそれらを僕は残らず捌く。
「じゃあ、仕上げ」
のたうち回ってるゴルゴーンに、制裁を加えるべく、僕は右手を天高く掲げた。
双眸を閉じ、イメージコントロールする。
「『ゼノ・ブレイド』」
上空高くに、百はあろうかと言う、光で出来た剣の大群が現れた。
『ゼノ』イコール、ラテン語由来で『異物』または『他人』を意味する。
「行け」
僕は右手を振り下ろした。それを契機に、光の剣がゴルゴーンの全身を一斉に貫いた。ゴルゴーンはさながら、ハリネズミの背中みたいになった。
『ぎゃああああーー!』
ゴルゴーンにとっても、致命的な被弾だったんだろう、ダメージに耐えきれずに頭の先から赤い光になって消えていく。
へぇ、ラスボスも他の魔獣と同じように分解されるんだ。
もしかして、どっさりご祝儀つきの経験値が得られたりするのかな?
だったら、ラッキー。
そう思った途端、僕の視界は暗転した。
気付いたら、真っ暗な空間に漂っていた。
少しずつ、下降しているらしく、足下に人の影が確認出来た。
その人影は黒衣にとんがり帽子に、右手にはホウキといった物語に出て来るまんまの、紛うことなき『魔女』だった。
僕は、彼女を頭上から見下ろす位置で停止した。
こちらを見上げてくるその顔は、ゴルゴーンと同じ人のように見えた。
「……あなたは?」
『私はラプラスの魔女。ゴルゴーンの正体である』
このダンジョンの主的なものかな。
ラプラスの魔女はホウキで地面を突いた。落語家が、場面転換の際に扇子を叩くように。
『よもや魔人の子が攻略しに現れるとは思わなんだ』
ダンジョンのラスボスより、一国を一夜にして滅ぼすほどの力を有した魔人の方が、上回ったようだ。ま、最初っから分かってはいたけれども。
『その力をもって何とする』
ラプラスの魔女は僕に問いかけた。
「世界中のひとが笑顔でいられる世の中を作りたい。その障害となり得るものを、この力を使って排除するんだ」
僕は、ユジュンならきっとそう答えるだろうなぁって思って、そう言った。
ラプラスの魔女がまた、コンコンとホウキで地面を突いた。
『因果律予測。それが私を食らって得られる能力だ』
「因果律予測?」
『少し先の事象を先読み出来る力だ』
「予知能力的な?」
『うむ。そなたのような者が現れるのを、ずっと待っておった。我が力、預けようぞ』
「じゃあ、遠慮なく捕食させてもらうね」
僕は口から、ラプラスの魔女を吸い込んで『捕食』した。空間が歪んで、人一人を口から吸い込むと言う現象は、傍から見ると、それなりにシュールだ。
これで僕は新たなユニークスキル、『因果律予測』を手に入れた。
「う、うわあ!」
次の瞬間、僕が意識を取り戻して、聞いた第一声がユジュンの悲鳴だった。
ユジュンは突如現れた僕の姿を恐れて、ユーリの後ろに隠れていた。
「ナユタ。魔人化を解け」
ユーリがやれやれと息を吐いた。
「うわ、グロ……ホントにナユタなの?」
ユジュンが恐る恐る、ユーリの背から顔を出して、僕の様子を伺っている。
そう、あからさまに畏怖されると、傷つくなぁ。
「うん。ユジュン。僕だよ。完全に魔人化すると、こうなるんだ。セラフィには絶対見せられない」
「声まで大人だ」
「そりゃあね。じゃ、もとに戻るね」
僕は魔人化を解除した。
瞬きをする、その一瞬で、僕の姿はもとの子供の姿に戻った。
そこで初めて気が付いたけど、僕たちが今いる部屋は、どう見ても宝物庫だった。
金銀財宝が見渡す限り部屋いっぱいに積み上がり、光を灯したかのように明るく辺りを照らしている。これがダンジョン攻略のご褒美?
「僕、どのくらいいなくなってた?」
「うん、けっこう長い時間消えてたよ」
僕が元の姿に戻って、安心したんだろう、ユジュンが側まで寄ってきた。
ラプラスの魔女との対話は、時間の流れが違って、感覚がズレているのかも。
「ともかく、ナユタによって、我々は命を繋いだ。礼を言う」
「いや、そもそも、僕らじゃなかったら、ゴルゴーンと相対することもなかったわけだし」
「そうか。そうだったな。このトラブルメーカーめ」
ユーリが手のひらを返した。
「ねぇ、レベル、どのくらい上がった?」
僕らはオビイト・ジェムを見せ合った。ユジュンは四十、ユーリは二十。僕に至っては、ゴルゴーンを退けたのが大きかったのか、六十もレベルが上がっていた。
「うわあ。大台に乗っちゃった」
僕は穴が空くほどジェムを見つめた。
「ある程度の収穫はあったな」
ユーリもそこそこの満足振りだ。
「わーい」
ユジュンはジェム片手に舞い踊っている。
「そろそろ、外に出るか」
ユーリがドアを開け放つと、そこは地上だった。
「これは……」
ユーリが第一歩を踏み出して、外に出た。
僕と、ユジュンも後に続く。
「どういうことだ」
「ゴルゴーンを倒して、ダンジョンを攻略したから、ダンジョン自体が消滅したんじゃないの?」
ダンジョンは攻略されると一夜にして消える、というのが定説だ。
振り返ると、ドアも消え去って、金銀財宝の山だけが残っていた。
辺りは静まりかえっていて、日が昇ったばかり、と言った風景だ。
その静寂を破る、バタついた足音が森の方から近づいて来た。
「君たち、君たちが、第十三迷宮・ラプラスを攻略した冒険者かい?」
二人組の男性二人が息せき切らせて間近まで近寄ってきた。
僕たちが唖然としていると、
「知らないのかい? 街中が揺れに揺れたんだよ。ゴゴゴゴと地響きがしてね、すごかったんだ。これはダンジョンになにかあったな、と思って馳せ参じたって訳だ」
のっぽのその男性は新聞記者で、もう一人の太り気味の男性はカメラマンだと名乗った。
僕たちは取材を受けて、何枚か写真を撮られた。さすが、日々スクープを狙ってる新聞記者。情報を嗅ぎつける嗅覚が半端ない。
「ユーリ、今、何時?」
僕は、はっと気付いてユーリに時間を確認した。
「午前六時だ」
「ユジュンをアースシアに送り届けなきゃ!」
僕は『暗黒』を顕現させて、背に飛び乗った。
「ユジュンも早く!」
「え、あ、うん」
ユジュンが『暗黒』の背に、よいしょと上ってきた。
「じゃあね、ユーリ! 後はよろしく!」
「ユーリ、いろいろありがとー!」
突然の別れにも関わらず、ユジュンはユーリに礼を伝えることを忘れなかった。
黒い竜が森を飛び立つ。
吹き荒れる風の中で、
「達者でな!」
ユーリが手を振っていた。
そのユーリが豆粒みたいに小さくなる。
ある程度の高度まで達したところで、『暗黒』は上昇をやめ、真っ直ぐ飛行し始めた。
「急にどうしたっていうの? ナユタ」
「だって、猶予は十日間だって、君のお父さんと約束したじゃない」
「あーそっか。今日が十日目か。長いようで短かったな。うん? 短いようで長かったのかな? ダンジョンにいたせいで時間の感覚が変になっちゃったよ」
ユジュンが、頭を捻って考えあぐねていた。
「何せ、片道十三時間かかるんだからね」
このときの僕は、ダンジョン攻略が新聞記事になって、しかも一面で大きく扱われることになるなんて、夢にも思ってなかったんだ。
トルキア・コソコソ話。
「ゼノブレイド」っていうゲームがあるけど、特に関係はないよ。
「ゼノ」のラテン語由来の意味は本当だよ。