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ORATORIO・SaGa  作者: しおん
1/17

1 第一歩は言の葉から。

「あー、そうじゃない、だからさ、もっと精霊の()()を感じて」

 僕は今日、通算十三回目の吐息をした。

 深い森を分け入った開けた場所にある切り株の上に膝を立てて座って、頬杖を突きつつ。

「魔素ってなんなの? 見えるの、食べられるの、美味しいの?」

 そう、僕に向かって毒づくのは、僕と寸分違わぬ姿と形をした、ユジュンだ。こうやってキレるのは、今日、三度目だ。

「だから、大気中に漂う、何となく神秘的な要素だよ」

 ユジュンを説得しようとしてる僕は、ナユタ。ナユタ・クラウ・ユリシーズ。

 僕たちは、ルキフェン・ゼラ・リンドウという高名な魔導師によって製造された、ホムンクルスだ。僕たちの生命維持装置は胸に埋め込まれた伝説のアーティファクト、賢者の石。それによって心臓は鼓動し、全身に血液を巡らせている。

 ユジュンの故郷、アースシアにて、僕と、僕の保護者であるユーリと、とある計画を実行に移して、まんまと成功したはいいけど、僕が反逆を起こした結果、破綻した。ルキの野望は潰え、そして僕の悲願は達成された形に終わった。そうして元に戻ったこと、変わってしまったこと、いろいろだ。

 あれから一年余りの時が過ぎ、僕もユジュンも十歳になった。

 自分の正体がホムンクルスだと知って、最初こそ戸惑っていたユジュンも、今では現実を受け入れて、自分を黙らせてるみたい。両親と血が繋がっていないことに、少なからずショックを受けたようだけど、まぁ、仕方ないよね。是非とも懊悩し、自己完結してもらいたい。

 時間が経ち、随分落ち着いた頃合いを見計らって、こうやってユジュンに『言の葉』を享受してやってるわけだけど、これがもう、覚えが悪いったらない。

 先生である僕は一点の曇りもなし。生徒であるユジュンが出来の悪いのは明白。

「『(はら)(から)』である『(ハレ)(アキラ)』はこうやって顕現させられてるわけだから、言の葉だって使えるはずなんだよ」

 僕はユジュンの背後で手持ち無沙汰にしている、異国の情緒をまとった青い髪の青年を指さした。彼は『清明』といって、ユジュンの『同胞』だ。元はユジュンの愛犬、クーガーというボーダーコリーだったけど、ユジュンの危機に介してその正体を現した。

 『同胞』っていうのは、守護霊みたいな、使い魔みたいな、術者にしてみれば頼りになる相棒みたいな感じ。情報収集したり、戦ったり、用途は様々だ。まさしく十人十色。

 ちなみに僕の『同胞』は『(エレ)(ボス)』という名の、全長十メートルはあろうかという巨大な竜だ。何を隠そう、彼に乗ってアースシアまでユジュンを迎えに行き、ここトルキア聖王国まで連れ帰ってきたんだ。

「そんなこと言ったって!」

「心の目を開くんだよ」

「その心の目ってなんだよ! ねぇ、おじさん」

 ユジュンは『清明』を振り返った。

『我はもう、クーガーではない。清明だ』

 『清明』はさらりと受け流した。

「そういうところがダメなんだと思うなぁ」

 というのは、僕の心の声が形になってしまったものだ。

 『清明』の犬時代、同い年のユジュンは『おじさん』と呼んで慕っており、驚いたことに会話を交わしていた。その影に『清明』の存在があったことは明確だ。

「こうだよ。もう一回、見本見せるから、やってみて」

 僕は切り株の上に立ち上がると、その辺で集めた落ち葉を、空に放り投げた。

「ひとひらの言の葉を」

 手のひらを合わせ、小さな円を描き出す。これは『輪』を作ることで生命の循環を表し、転じて『和』となす。『和を以て貴しとなす』という言の葉の基本理念を体現したものだ。そして、心の目を開き、キーワードを唱えれば、僕の身体から白い光が立ち上る。逆に、僕の世界は暗い深淵の闇に包まれ、静寂に満つる。

 すると、足下の底から静かに言葉の欠片が浮かび上がってきて、それを壊れないようにそっとすくい上げる。

「切り裂け、疾風」

 僕の目前に、小さな竜巻かかまいたちが巻き起こったかのように、風の刃が現れ、落ち葉を粉々に切り裂いた。

「ね?」

 簡単でしょ、とユジュンを見たけど、

「う~~それが、そんなに簡単なこととは思えないけど」

 肩をいからせ、両手の拳を握って悔しがってた。

 逆効果だったかな?

「僕なんて、五歳の頃にはもう、使いこなしてたのに」

「ひとひらの言の葉を、ひとひらの言の葉を、ひとひらの言の葉を!」

 ユジュンは意地になって、その言葉を連発した。パン、パン、パンと手を合わせる音だけが森にこだまする。

「何か、言葉は浮かんでこない?」

「………なんにも」

「起こしたい現象を出来るだけ詳細にイメージして」

「わっかんないよ」

 ユジュンは目を閉じたまま、地団駄を踏んだ。

『ユジュンよ、情けないぞ。踏ん張らなねば』

「うるさいよ、おじさん。疲れたから、もう帰って」

 恨みがましく『清明』を見たユジュンは、彼を強制送還した。ふっと、僕の目の前から『清明』の姿が消えた。『同胞』を顕現させていると、気というか、精神力を削る。あちら側に帰すと、この世界に干渉出来なくなるけど、会話したりすることは可能だ。

「あーもう、やめだ、やめ!」

 ユジュンは努力することを放棄して、地面に座り込んだ。

「いつか、冒険に出たいんじゃなかったの。ダンジョンに潜るのが夢なんでしょ」

 僕はユジュンの側まで行って、耳許で囁いた。

「う~~それは、そうだけどぉ」

 ユジュンの愛読書はファンタジー小説の金字塔、『カイムの冒険』だ。一振りの剣をお供に、仲間と大冒険を繰り広げる、一大スペクタクル。起源は大昔で、色んな作家が物語を紡いでいる。その中でも原点であるオリジナルをこよなく愛しているというのは、僕も賛同する点ではある。

「魔法でモンスターを倒したいんじゃなかったっけ」

「ううう~明日、がんばる! 今日はもう、やめ!」

「まぁ、もういい時間だし、しょうがないっか」

 森の枝葉に切り取られた空は、赤く染まっていた。

 熱中していた余り、時間の感覚がおかしくなってたみたい。いつの間にか夕暮れだ。

 この森に、モンスターの類いは生息していない。ユーリの…、ユリシーズ家の土地だから安全だ。

 妖精の里もあるみたいだし、自然豊かでどこまでも自由に探検が可能。実際、僕も探索を繰り返して、マップを作った。どこにどんな生物が生息してるとか、どんな植物が自生してるかとか、地形とか、こと細かく。

「セラフィー、帰るよー」

 僕は口もとに手を当てて、そう叫びながら、三百六十度回転した。森に声が反響する。

 しばらくしたら、とある方向からセラフィータが飛んできた。セラフィータは小さな人、四枚の虹色の羽根を背に持った、妖精だ。いちおう、僕の相棒。

「ナユター!」

 セラフィータは僕の目の高さに止まると、満面の笑顔を見せた。手には一輪の花。

「見てぇ、こんな可愛いお花見つけちゃった」

 ピンク色の花弁を持った、可憐な花。妖精であるセラフィータにはお似合いだ。赤い髪飾りにヒラヒラしたドレス。サイズはちょうど、女の子がままごとをする人形と同じくらい。実際、彼女の来ているドレスは人形向けに作られたものだ。ぴったり合うので、何着もコレクションがある。おしゃれさんで、着心地にもこだわりがあるから、縫製が雑なものは着ないというポリシーをお持ちだ。

「お散歩は楽しかった?」

「ええ。久々に冒険したわ。あんたたちはどうだったの? ユジュンは言の葉を使えるようになったのかしら」

 セラフィータは意地悪っぽく、地面にうずくまっているユジュンに目をやった。

「な、なんだよ。出来なかったよ、悪い?」

 ユジュンはそっぽを向いている。

「やーだ。半日粘って、そのザマぁ? ナユタと違って、あんたは出来損ないね、ユジュン」

「うるさいなぁ。はぐれ妖精にどうこう言われたくないね」

「ふふん」

 ユジュンの言葉通り、セラフィータは里を追われたはぐれ妖精だ。羽根をもがれて、行き場を失っているところを、僕が保護した。セラフィータは元来、人間の目から姿を隠す鱗粉を放出出来ないという欠点を持っていた。羽根をもいだ上で里から追放するなんて、妖精って存外、冷酷な生き物だよね。

 セラフィータと合流して、僕たちは夕暮れの道なき道を並んで歩いた。

「こうして並んでみると、あんたたちってほんっとそっくりよねぇ」

 僕の左肩の定位置に乗ったセラフィータが、吐息混じりに呟く。その科白を吐くのはもう何度目だろうか。

「髪の色か、目の色の差で見分けてよ」

 僕たちの特徴として、目の色がある。左右の目の色が異なる、ヘテロクロミアなんだ。左右の色が逆で、向き合うと、鏡を見ているのと同じになる。

 より分かりやすくなるように、最近、僕は髪を伸ばし始めた。始めたばかりなので、今は未だそんな差はないけどね。

「明日は剣術の稽古してみよっか」

 来た道を戻りながら、僕はそうユジュンに提案したけど。

「嫌だよ。言の葉が使えるようになるまで、他のことはしたくない」

 ユジュンの意思は固いようだ。なんだ、結構強気っていうか、負けず嫌いなんだ。

 まぁ、かくいう僕も、昨夜ユジュンを迎えに行って、およそ往復二十六時間の長距離移動のすえ、休みなしで言の葉の修行に付き合ったから、疲れたといえば、疲れたかな。

「帰ったら、お風呂に入ろう」

 僕たちは茂みを抜けて、小径に出た。そこを真っ直ぐ歩けば、ユリシーズ家の邸宅の裏にたどり着く。

「お風呂はあるんだ」

 ユジュンの育ったアースシアほど、ここトルキア聖王国は科学が発展しておらず、文明が遅れている。例えば、十九世紀末と現代くらいの差がある。より、原始的な生活と、インフラが整備されていないことに、ユジュンは少なからずカルチャーショックみたいなものを受けたみたいだ。

 裏側から玄関に回り込んで、両開きのドアを開ける。

「ただいまー」

「おかえりなさいませ、おぼっちゃん」

 僕専属の侍女のナンシーと、何人かの若い侍女たちが待ち構えていて、僕らに向かってお辞儀をしていた。

 僕は慣れっこだけど、ユジュンが引いているのはありありと分かった。

「ナンシー、お風呂入るから」

「はい、かしこまりました。お客さまもこちらへどうぞ」

 ナンシーがにこりと微笑む。そんな彼女に先導されながら、バスルームへと歩いて行く。

「ここのお風呂は温泉で、源泉掛け流しなんだ。二十四時間いつでも入浴できるんだよ」

「へーえ。温泉!」

 ユジュンは最後尾を歩いていて、両手を後頭部で組みながら、屋敷の風景をキョロキョロと見回している。

 バスルームへと着いたところで、ナンシーに言いつける。

「今日はユジュンと背中の流しっこするから、ナンシーは入ってこないでね」

「はい。そういうことでしたら。着替えとタオルをご用意しておきますね」

 ナンシーはバスルームから出て行った。

「へ~え、ナユタってナンシーに手伝って貰わないと一人でお風呂に入れないんだ~」

 ユジュンがニヤニヤしながら、そんな嫌味を言ってくる。

「そういう、子供じみたレベルの低い挑発は遠慮しとくよ。ナンシーがどうしてもってきかないから、お世話させてあげてるだけだし」

 僕は意に介さず、淡々と着衣を脱いでいく。

「汚れ物はそのカゴだよ」

 数あるカゴから、該当するものを指さして、ユジュンに教えた。

「ほぼ、全部だ」

 何せ、半日森にいたものだから、二人とも洋服がホコリや泥まみれだ。木の葉の屑とかもくっついてる。

「…………」

 服を脱いで、素っ裸になった僕たちは、改まって向かい合った。視線はお互い、股ぐらの一点に集中する。

「顔だけじゃなくって、アソコまでおんなじなんだ!」

「ルキは平等に僕たちを造ってくれたわけだ」

 二人で大笑いして、浴室に入った。

「わぁー、広い!」

 大規模なユリシーズ家の風呂に、ユジュンが感動している。

 すわ、突然湯船に飛び込んでしまった。

「わーい、泳げるよー」

「あーもう、湯船に入るのは、身体を洗ってからだよ」

 僕は肩を落としてげんなりした。

「いーじゃん、ちょっとくらい」

「マナーは守ってよ」

「いいじゃない、好きにさせとけば。ガキはほっといて、カラダ洗いましょ」

 僕の左肩でセラフィータがそう急かした。

「まぁ、公共施設じゃないし、いっか」

 僕はそれに従う形で、洗い場に腰を落ち着けた。自分の身体を洗う前にまず、桶に張ったお湯に泡立てたボディーソープを浮かべて、簡易泡風呂をセラフィータの為に作ってやった。

「さあ、バスタイムよ」

 セラフィータはそこに入るなり、自分を磨き始めた。妖精はとってもきれい好き。お手入れも入念だ。

 僕は身体を洗ってから、次に頭を洗い出した。シャンプーを泡立てて、頭皮をゴシゴシ洗っていると、にゅっとあるはずのない三本目の手が頭に紛れ込んできた。

「なに?!」

「へっへーん。カヤコー!」

 シャンプーのせいで目が見えないけど、間違いなくユジュンのイタズラだ。

「カヤコってなに?」

「知らないの? ホラー映画のヒロインだよ」

「そんなの知ってるわけないじゃない」

 僕は頭からお湯を被って、シャンプーを洗い流した。

「怒った?」

 開けた視界に、ユジュンの顔が大きく映し出された。

「別に」

 本当はほんのちょっと腹が立ったけど、冷静を装った。寛容だもの。

 僕はコンディショナーを塗布して髪を労ってから、湯船に浸かって一日の疲れを癒やした。

「今日も、いいお湯ねぇ」

 湯船に浮かべた桶の中で、セラフィータがほっこりしている。中にはもちろん、お湯が張ってある。

「うん、いいお湯だ。最高」

 僕は顎まで浸ってセラフィータに答えた。

 かぽーん。

 背後で身体を清めていたユジュンが、遅れて湯船に浸かって来たのが分かった。僕のすぐ隣に滑り込んで来たからだ。

「こんなに広いんだし、何もそんなにひっつかないでも」

 僕が抗議の声を上げると、ユジュンは尚も肌を密着させてきた。

「いいじゃん、おれたち二人で一つでしょ。ニコイチじゃん」

 兄弟でも、友達でもない、半身。それが僕にとってのユジュン。ユジュンにとっての僕。不思議と、一緒にいるだけで居心地が良い。魔素が増幅して上手く循環してる感じ。

 のぼせる寸前まで湯に浸かっていた僕らは、長風呂の果てに上がって、脱衣所で服を着替えた。

「ここは電気が通ってないみたいだし、頭はどうやって乾かすの? やっぱ自然乾燥?」

 ユジュンがタオルで頭を拭きながら、そう疑問を口にした。

「確かにドライヤーは便利だけど、ここではこうするんだよ」

 僕はタオルを首に掛けて、手のひらを合わせて輪を作り、お馴染みのキーワードを唱えてから、

「乾かし潤せ 乾燥」

 と、魔素に命じた。

 すると、ユジュンの頭部周りにのみ空気の層が出来て、温風が吹き荒れた。我ながら絶妙な力加減。一分ほどでユジュンの髪はとぅるっとぅるの潤いをたたえて乾いた。

「へー、すっごい。言の葉ってこんな使い方も出来るんだ」

 ユジュンが感心している側で、僕も同じように自分の髪を乾燥させた。

「そうだよ。ここでは言の葉が生活に密着してるんだ」

「ふぅん」

 ユジュンは感心しきりだ。

「さあさ。おぼっちゃん方。お夕飯の支度が調っております。食堂に参りましょう」

 出入り口の辺りに待機して、僕たちの様子を伺っていたナンシーがそう促した。

 ナンシーはユジュンがいるからってことで、自重してくれたみたいだけど、普段は濡れた身体をタオルで拭うのも、髪を乾かすのも、ナンシーにやってもらってるのはユジュンには秘密だ。

 そんな気遣いに秀でた侍女、ナンシーの案内で、入り組んだ屋敷内の廊下をユジュンと並んで歩く。


トルキア・コソコソ話。

『同胞』(はらから)は誰もが持てるわけじゃないよ。特定の血筋が必要で、一人で複数抱える人もいれば、一体しか持てない人もいるよ。人それぞれー。

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