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第十一話「女神(クルエル)」

「まず俺の事を話しておこうか」


ガレイスが腕を組みながら木に寄りかかっているその前には、ガレイスよりも二回りは身長の大きい、伸びた銀髪を乱雑に後ろで纏めた、男の剣士が居た。


ガヴェインは傷口を水で流した後、同じ所に寝かされている。


男は、話を続ける。


「俺の名前はモルデレッド。お前らの知ってるモルデレッドだ。だが、それじゃあ俺たちが俺たちを区別するのに不便だからな。俺はアイスモードと呼んでくれ」


「アイス?水属性魔法の派生に氷系統があったが……もしかしてそれを使える能力でもあるのか?」


モルデレッドは長い銀髪を揺らしながら首を横に振る。


「違う。英語のiceにはもう一つ、『無視する』という意味がある。俺の能力(チート)は、他の"駒"の能力(チート)を無視して攻撃出来る」


ガレイスはそれを聞き、モルデレッドが自分に対してあまり敵対的でない理由が分かった気がした。


脅威を取り除くための能力を持てば、脅威に対しての警戒心は逆説的に上がるものだが、ガレイスはその脅威を持たぬ者なのだ。その時の気の緩みも相当なものだろう。

そう思ったガレイスだったが、如何せん舐められているようで釈然としなかった。


「あっちの方はシークモードとでも。察しの通り、情報戦に特化した能力(チート)だ」


「これは俺の能力(チート)に対するちょっとした制限というか……相手の能力(チート)を知ってないと"無視"は出来ないんだ」


「そこを上手くカバーするのが、シークの役割だ」


「そもそも何でこんな状態になったかと言えば、前世とも言うべきか…そこでの俺たちの関係に事の発端がある」


モルデレッド=アイスはそこで一呼吸おいた。


「俺たちは兄妹だった…らしい」


「遠回しになる理由は君も分かるだろうが、転生者というのは、どうも前世での記憶に真実味を感じない。此方での生活に支障をきたさない為かも知れないが」


その事に関して、ガレイスも思い当たる節はいくつかある。


あちらの世界での教養は失ってないはずなのに、どうにもこちらの世界での教養の方が勝る。

二つの世界における共通・類似点というものに、靄がかかっているかのように、気付けない。

これでは、前世で得た知識など、持っていないに等しい。


「そして、兄妹揃って心中しようとした矢先、女神様に会った」


そんなガレイスでも、前世の理解など無くとも、その発言の異常性には流石に気付いた。


「(えっ……まあ……人それぞれだし、な……)」


ガレイスは反射で物を言ってしまう前に、その言葉をよく吟味した。


心中、無理心中。


愛し合っていても、現世では結ばれない者同士が、せめて黄泉で結ばれようと足掻いて出した結論。


そしてそれが、本当に心の底から報われると信じて行われる行為ではない事も、知っている。


「……俺たちは女神様の力で、"駒"となる代わりに転生させて貰うことを選んだ」


「『異世界ならきっと、俺たちは結ばれる』って思ってた…」


「だが、目覚めても隣に愛した妹は居ない」


「妹が自分の中に居る事は、その直後に、直感した」


「……泣いたよ。『女神様これはあんまりだ』って」


「そして、泣き疲れて眠った夢の中で、女神様に会った」


「彼女はなんら悪びれる事無く、こう俺たちに言ってのけた」


『文字通りの一心同体って、まさに夫婦じゃないっ!いやっ、夫婦以上だわ!ひゅーっ!羨ましいわっ!アオハルかよーっ!私もそんな青春欲しかったわーっ!もぉーっ!』


ガレイスは既に知っていた。

女神というものが、決して唯の善意以外だけで転生などを選ばせてくれたわけでないことを。

そして、圧倒的強者が弱者に向ける善意が、地獄への道になることも。


「……うちの女神様の名前は『クルエル』って言うんだが…なんというか、見て分かる保護者体質でな。俺たちに要らんお節介をよくする」


「ただ、俺はそのお陰で、転生後も安心して暮らせてきた事は否定しない」


「アイツは人の心を理解出来る、なんて思わなければ、都合の良い偶然の連発というものは、中々に清々しいものだ」


「それに、二つの魂が入っているとはいえ、まるっきり違う人格とも言えない」


そう言い、アイスは自らの胸に手をやる。


「感情共有………誰かに対する感情は共有される。例えば、アイツが君を好ましく思っていれば、俺もお前を邪険に扱う事はしない。そんな具合だ」


「アイツの見た物、触れた物の姿形は知らないが、それに触れて何を思ったか、それは俺にも分かる」


ガレイスはその説明を自分なりに落としこもうと、顎に手を当てて考える。


「つまり…身体は完全に2つに分断されたような状態でいて、しかし意識だけは別々にある……多重人格のようなものか」


そして、もう一つ。

「(『クルエル』……日本語で当て字にするなら『狂える』、発音の近い英語には『cruel』……成程な)」


「法則を無視せずに現実に当て嵌めようとすると、そういう事なんだろう」


アイスは頷く。


「思考は出てる方しか出来ないのか?」


アイスは首を振る。


「いや、俺がこうして君と話してる時もアイツは五月蝿いんだ。なにせ、頭のなかで考えた時点で相手に筒抜けなんだぜ?別人の声が脳内に直接響くのは、正直慣れるようなもんじゃない」


そして、アイスはガレイスの耳元にこっそり囁くように手を添えた。


「実はな?今アイツが考えてるのは…」


「…」


「……」


「………ん?」


その先を聞こうと待っていたガレイスは、いつまでも続きが聞こえてこない事に違和感を感じた。


耳に手を添えられているのは分かる。

しかし何だか……小さくて柔らかいのだ。


思わずモルデレッドの方を向く。


そこには相変わらずモルデレッドが居た。

いや、相変わりまくったモルデレッドが居た。


シークモード…と呼ばれていて、ガレイス含め多くの騎士団員が見慣れている顔だった。


「……さっきの変身の時の光は何だったんだよ…」


あまりにも静かな変貌を遂げた彼…彼女に、ガレイスは困り果てていた。


そして、モルデレッドは見慣れた顔でガレイスを凝視していた。

相変わらず、何を考えているのかいないのか分からない顔で。


「………」


「………」


---奇妙な沈黙が漂っていた。


いくら見慣れた顔とはいえ、見慣れた女顔とはいえ、むさ苦しい漢の世界に生きたガレイスにとって、女子と目を合わせ続けるという事は、あまりにも不可能であった。


目を逸らし続けていたガレイスは、ふと、モルデレッドの、手入れの行き届いた小鳥の羽のようにふわふわとした透き通る銀の髪の中に、イラストレーターさんが間違えて線を入れたままにしてしまったかのような場違いさを思わせる朱が入っているように見えた。


恐る恐るモルデレッドの顔を見ようとしたその時---


---眩く蒼い光に周囲が埋めつくされ、視界が潰された。


光は認知出来ない程の一瞬で視界を駆け巡り、やがて周囲の物の輪郭をぼんやりと映し出す。


そして、遅くにして聞こえてくる、甲高い龍の鳴き声のような音。

落雷……いや、『遠雷』である。


「ノイン団長……か?」


「だろ〜ね〜」


突如として隣から聴こえた声に軽く焦る。


「おまっ…いきなり喋んな!?」


ガレイスが振り向いた時には、モルデレッドは音のした方へ駆け出していた。


ガレイスが追いかけようとした時、モルデレッドの声がした。


「ガレイス君〜?兄?弟?知らないけど〜大事な兄弟なら〜ちゃんと見てて〜」


通信魔法…なんて事はない、風魔法の応用で出来る魔法だ。

段位にして……五段だ。


「言ってくれるじゃねぇか……っ!当たり前だっつーの!!」


他でもないモルデレッドの忠告なのだ。

愛する兄と、二度と結ばれなくなった…悲劇の妹の。


ガヴェインは木にもたれて寝たままだ。


「呼吸……正常。脈拍……心音……正常。傷口をもう一回洗い流して……水魔法と風魔法の派生から自然治癒力を活性化させて……しばらく起きないようなら雷魔法を使って微電流を流してショックで起こす…か」


ガレイスは兄弟の傍に片膝をつき、持っていた水袋から流した水でガヴェインの傷口を洗った後、魔法を行使する。


「……生命の奔流を…駆ける息吹の依代を……今此処に、在るべき姿へと戻したまえ…………」


魔法は詠唱すれば魔力をごっそり使う代わりに、使用魔力量の倍率よりもより高倍率な効果を発揮出来る。


ガヴェインを包むようにして、青と緑に薄く点滅する柔らかな光の膜が現れる。

膜は収縮し、ガヴェインの肌にストッキングのように密着して、消滅した。


水属性魔法の派生、生体流系統魔法と、風属性魔法の派生、息吹系統魔法の組み合わせである。

それぞれ単体でも治癒に絶大な効力を持つが、ガレイスはそれを組み合わせて使えるように努力を重ねた。


この魔法は、医師等の治療のエキスパートが使う魔法の初歩であり、かつ、一般人では使える者などまず居ない魔法でもある。


「にしても……こんな世界でも専門家社会か……」


ガレイスはその技術を得る為に噛み潰した苦虫の数を思い出して、呆れ返っていた。






---黒い靄が、まるで自分のテリトリーである事を誇示するかのように蔓延っている空間。


シャツにジーンズという普通の出で立ちをした女が居た。

エプロンも相俟って、まるで母親のようである。


「ふんふふんふーん♪」


鼻歌混じりに、包丁を巧みに操る。

トントントン、と包丁がまな板を打つ音が軽快に鳴り響いていた。


刃が薄皮を裂き、肉を断ち、骨を割る。


切れ味抜群の包丁なのか、職人の技術なのか、まるで斬る音がしない。


「ふふんふんふーん♪」


女は、長くカールのかかった茶髪と共に上半身を揺らしてリズムと共に食材を刻む。


---否。

ソレを食べる為に割いているのではないなら、食材とは呼べないだろう。


包丁の刃が黒く分厚い皮を裂き、黒い煙を噴出させる。

肉を断ち、コールタールのような粘り気の強い液体を漏れ出させる。


骨を割り、腕を分断する。


「…もうっ。じっとしてないとちゃんと切れないじゃないっ」


肩をまな板に押し付けられて動きを封じられながらももがいてる、人間の子供のような形をした黒い塊に、子供をあやす様に話しかける。


「ラキエルちゃんに迷惑かけちゃったんですから、アナタは両手と両足頭と胴体を切り分けて、棄てるって決めたんですから」


黒い塊は何も言わずに、ただもがく。

痛いからではないだろう。

怖いからでもないだろう。


それはまるで、意味もなく赤子がはしゃぐかのように、蠢く。


「……あーもうっ!じっと待てない子にはお仕置きですっ!」


そんな優しい叱責と共に、黒い塊の頭部のような部分に、包丁を乱雑に突き刺す。


そのまま、動くのを止めて痙攣した黒い塊を、包丁を動かして股の辺りまで2つに裂いた。


コールタールのような液体と蛸の墨のような煙を吐き出していた黒い塊は痙攣すら止めて、遂には動かなくなった。


「はぁ……どうして月曜にしか燃えるゴミの収拾車は来ないのかしらね……」


そんな在り来りな溜息混じりに黒い塊を後ろへ投げ捨て、包丁を足下のゴミ箱へ投げ込む。

包丁同士のぶつかり合う金属音と共に、新たな塊と包丁を何処からか取り出す。


---女の後ろの虚空からは、骨が砕け、肉が潰され、汁が啜られる音がしていた。

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