再出発
治療院を退院したゼロは体を慣らすために地下水道に潜っていた。
いつもの魔鼠やスライム退治依頼だが、もはやこの仕事ではゼロにとって何の危険もないただの作業のようなものだった。
極端な話、地下水道の出入口で適当な数のアンデッドを召喚して地下に放ち、後は昼寝をしていても仕事は終わってしまう。
実は水道局からアンデッドを派遣して一定数を地下に配置できないかとの打診がきたほどである。
しかし、自我の薄い下位や中位アンデッドを長時間ゼロの管理下から離すことはできないし、自我のある上位アンデッドはゼロにとっても貴重であるため実現は難しいことだった。
地下水道は再整備された区域もあり、広く複雑な構造であるため、水道局はいくつかの区域に分けて依頼を出している。
この地下水道の依頼はダンジョン探索の練習にもなる新米向けのものであるが、血気盛んな者の多い新米冒険者にそれを理解できる者は少なく、また報酬も安くあまり人気のない依頼であるため、依頼そのものが余りがちになってしまうのだが、それをゼロが請け負っていたため水道の清潔が維持されていたのだ。
今回は余っていた依頼をまとめて受けたため、広大な地下水道全体の魔物退治を行っていたのだが、それですら今のゼロならば何の苦にもならない、アンデッドに任せておけばいいのである。
しかし、今回は療養明けの身体を慣らす目的であることから召喚しているアンデッドはジャック・オー・ランタン1体以外は少数の下位アンデッドに留めていたのだが、そのゼロに付き従う冒険者が3人いる。
魔導師レナと風の都市のギルドに所属したイズとリズの双子のエルフだった。
イズとリズは数ヶ月前に風の都市の冒険者になったのだが、元々の能力が高いため、白等級から青等級まで瞬く間に駆け上がっていた。
これはゼロをも凌ぐ勢いだった。
そんな2人だが、ゼロが退院して地下水道の魔物退治を行うと聞きつけて依頼を共同受諾してついてきたのである。
レナの方は
「ゼロのパーティーだから」
と言い放ち、ゼロとの雑用の依頼以外との約束もどこ吹く風の理由でついてきていた。
ゼロは自ら剣を振るって戦うが、まだ身体が思うように動かないうえ、視界も狭くなっているため違和感を感じており、その動きには精彩を欠いていた。
顔にも醜い傷が残っている。
「ゼロ様、あまり無理をなさらずに!」
背後から弓で援護するリズが心配する。
双剣を構えて背後を守るイズも同様であるが、レナだけは違った。
魔法を行使することも無く、ただゼロの動きを観察しているだけであった。
(動きが鈍いのは、今は皮膚や筋肉が強張っているだけだから問題ない、でもやはり左側に対する反応がやや鈍いわね)
分析するレナだが、そうはいっても取るに足らない下等の魔物ばかり相手では危なげなく戦いを進めていく。
そのうちにゼロも自分の状態を把握し終えたのか、徐々に後退してアンデッドを前面に出し始めた。
「もういいの?」
「はい、大体分かりました。視界以外は問題ありませんし、狭まった視界も慣れれば問題なさそうです」
「そう。よかった」
ゼロの言葉にレナは頷いた。
ゼロに続いて後退してきたイズとリズもホッとした表情だ。
ゼロも後はアンデッドに任せるつもりらしく、更にジャック・オー・ランタンとスケルトン等を召喚して散開させた。
その様子を見ていたイズが申し出る。
「ゼロ様、私達はもう少し戦ってきます。アンデッドとの連携も試したいと思いますので」
それを聞いたゼロは肩を竦めた。
「ご自由にどうぞ。共同任務とはいえ私に気を使う必要はありませんよ」
イズとリズはアンデッドと共に水道の奥へと向かって行った。
「あの2人、今後もゼロに付いて来る気満々よ。どうやら自分達の精霊もアンデッドと反発しないように仕込んでいるみたいだし」
レナの言葉にゼロは困り顔だ。
「そのようですけどね。たまに臨時で組むのは構いませんが、私は常時パーティーを組むつもりはありません」
「どうして?彼等の実力は十分のようだけど?」
「レナさんは既に銀等級だから問題ありませんが、彼等はまだ青等級です。このまま私とパーティーを組むと黒等級の死霊術師の一党として扱われ、未来を閉ざしてしまいます。せっかくシルバーエルフが認知されて道が開けたのにわざわざそれを狭める必要はありません」
「でも、彼等はそんなこと気にしないんじゃない?」
「駄目ですよ。仮に私とパーティーを組んだとしても一緒にいられるのは長くても数十年程度でしょう。私にも寿命がありますから。ただ彼等は長命種のエルフです。私が居なくなった後も数百年と生きるんですよ。そんな彼等の足枷になるわけにはいきません」
ゼロは静かに語る。
周りに気を使い、他人から自分を遠ざけようとする、いかにもゼロらしい考えだ。
「だからレナさんも・・」
「その先を言ったらひっぱたくわよ!」
「・・・はい」
地下水道の奥からはアンデッドやイズ達が戦う音が響いてくるが、ゼロとレナの周囲は彼等の声の他に水の音だけが流れていた。
地下水道での仕事を終えたゼロ達はギルドに帰還して依頼達成の報告をして報酬を受け取った。
元々が安価な依頼だったため、4人で等分すると微々たるものになってしまう。
イズとリズはゼロに同行できるだけで満足だと報酬の受け取りを辞退したが、ゼロから
「一人前の冒険者は決められた報酬をしっかりと受けとるものです」
と諭されて報酬を受け取っていた。
報酬を受け取って帰ろうとしたゼロだが、依頼達成の処理を終えたシーナに呼び止められた。
「ゼロさん、今日予定はありますか?ちょっとお時間いただきたいのですけど?私の仕事が終わるまで待っていてくれませんか?」
「別に予定はありませんが、今では駄目なのですか?」
「はい、個人的な用件なので」
シーナが言うとレナも同意した。
「シーナさんがこう言っているんだから、少しくらい待ちなさいよ。みんなで夕食にしましょうよ」
レナも事情を知っているようだ。
レナにしてもシーナにしても、ゼロのことをよく理解していて、用がある時には巧みにゼロの退路を断ってから交渉をしてくる。
「わかりました。色々とお世話になりましたから私がご馳走しますよ。もちろんイズさん達もです」
急に誘われて恐縮したイズとリズだが、レナとシーナにも誘われて同席することとなった。
「私とレナさんからゼロさんに渡すものがあります」
食事の席で乾杯をした後に突然シーナから包みを渡された。
開けてみると、それは仮面だった。
顔の左半分、ちょうどゼロの左目と傷が隠れるように拵えられている。
「これは?」
「私とレナさんからの贈り物です。モースさんに作ってもらいました。傷を隠せますし、多少の防御効果もあります」
「貴方は気にしないでしょうけど、やっぱりギルドの評判にも影響するから、その仮面で傷を隠しなさい」
その仮面はドクロを模したようなデザインの黒い仮面だった。
「お話しは分かりましたが、このデザインでは逆に評判が落ちるんじゃないですか?」
訝しがるゼロだが、レナもシーナも承知の上だった。
元々が禍々しいネクロマンサーである、今更取り繕ったところで何にもならない。
だったらそのイメージを前面に押し出そうとレナとシーナの意見が一致し、モースに制作を依頼したというのだ。
ゼロは仮面を着けてみた。
レナもシーナも満足げであり、リズも
「よくお似合いです。ゼロ様」
と微笑んだ。
「ありがとうございます。大切にします。気持ちを改めて精進しますよ」
5人はゼロの復帰と新たなる決意を祝って再び乾杯した。