84/195

死霊達の戦い

　ドラゴン・ゾンビは激しい炎の渦に包まれた。

「少しはダメージになりますかね」

　ゼロは炎を見据えるが、炎の中のドラゴン・ゾンビは身動きをしない。

　周囲ではアンデッド達がゾンビとの戦闘に入っているが、ゼロはその戦闘は気にしていなかった。

　ここに集まっているゾンビ程度にゼロのアンデッドが遅れを取ることは有り得ない。

　基本的にアンデッドには感情が殆どない、恐怖や油断もなければ相手を甘くみるようなこともないのだ。

　ただひたすらに自分の能力の全力を持って戦うだけであるため、格下の相手に負けることはないのである。

「炎が取り着いていない？」

　炎の渦を見ていたゼロが目を見張る。

　ドラゴン・ゾンビは炎の中で身動きをしないが、その体に炎が燃え移ってはいない。

　体を覆う何かが炎を弾いていて、炎を避けようともしていない。

「ダメージを受けるも何も、気にしてすらいないのですか？」

　その時、ドラゴン・ゾンビが動いた。

　自らに向けられた攻撃を歯牙にかけず、ただ前に歩き出しただけだ。

　そして足下を虚ろに彷徨うゾンビに食らいつき、噛み砕く。

　アンデッド達がドラゴン・ゾンビと距離を取りつつドラゴン・ゾンビを半包囲した。

「まさか・・・」

　疑問を感じたゼロはアンデッドに命じて周囲のゾンビ達をドラゴン・ゾンビの正面に押し出した。

　ドラゴン・ゾンビは目の前に追い込まれたゾンビに無造作に食らいつく、それも人間やゴブリン等のゾンビからかぶりついている。

　その姿を見てゼロは確信した。

「やはりそうですか。攻撃を受けているとすら思っていない。ただ、食欲を満たすためだけに歩いているだけ」

　ドラゴン・ゾンビは満たされることのない食欲を満たすことだけを目的に動いているだけで、そもそも戦ってなどいなかった。

　純粋に欲望に従っているだけなのだ。

　しかも、人や亜人のゾンビから食らっている。

「味覚などあるはずないだろうに、なぜですか？」

　本当に人を好んでいるかどうかは分からないが、その理由や原因を探るのはゼロの目的ではない。

　今のゼロにそれを詮索する余裕は無いのだ。

「ならば、餌のゾンビを集めておけば足止めできますか・・・いや、無理ですね、数が多いといっても奴の巨体にしてみれば微々たるもの、それにここから先は町に近くなるためゴブリン等も殆どいないですからね。やはり無理にでも私に目を向けさせます！」

　ゼロは火炎攻撃の目標を変えた。

「奴の餌となるゾンビを全て焼き払いなさい！」

　アンデッド達は周辺のゾンビに火炎攻撃を食らわせて彷徨っていたゾンビを一掃した。

　餌となるゾンビが焼き尽くされたことに気が付いているのか否か、定かではないが、今度こそドラゴン・ゾンビがゼロに目を向けた。

「さあ、貴様の餌は焼却処分しました。どう出ますか？」

　暫しの睨み合いの後、ドラゴン・ゾンビが凄まじい咆哮を上げた。

　周辺に渦巻いていた炎が消し飛び、最前線にいたアンデッド数十体が吹き飛ばされた。

　辛うじて踏みとどまったゼロが不適な笑みを見せる。

「ようやく私を敵だと認識しましたか？それとも餌ですかね、どちらでもいいですが」

　アンデッド達は直ぐに陣形を立て直した。

　そして今度はスペクターやレイスの衝撃魔法、ウィル・オー・ザ・ウィスプの火炎弾を一点集中で叩きつけた。

ドンッッ！

　激しい衝撃音が響き渡り、その攻撃がドラゴン・ゾンビを首の下から突き上げて四つ脚で大地を踏むドラゴン・ゾンビの前脚が浮き上がる。

　が、直ぐに体勢を立て直し、ゼロに対して威嚇の咆哮を放つ。

「物理的に押し戻すことは可能ですか、しかし、やはり痛痒は感じていないようですね。ならば、これでは？」　

　ゼロの光熱魔法とバンシーの氷弾を槍のように圧縮して放ってみる。

　いずれもドラゴン・ゾンビの体を貫くが効果は無さそうだ。

　ドラゴン・ゾンビの虚ろな目がゼロに問いかける。

『お前の力はその程度か？』

と。

　魔法攻撃は効かない。

　物理的外力は働くが、ドラゴン・ゾンビを押し戻したり潰したりするだけの力はない。

　ゼロが攻め倦ねて手を止めたその時、ドラゴン・ゾンビが動いた。

　その前脚を最前線にいるアンデッド達に叩きつけてきた。

「っつ！下がりなさいっ！」

　ゼロの指示でアンデッドは更に後退するが、間に合わなかった者が複数、叩き潰された。

　幸いにして食われたわけではない。

　ゼロは巻き込まれたアンデッドを冥界の狭間に戻した。

　ゼロが巻き込まれたアンデッドを戻すことに気を取られたその隙を突かれた。

　ドラゴン・ゾンビの長い尾が唸りを上げてゼロに襲いかかる。

「主様っ！ご無礼をっ！」

　バンシーがゼロの襟首を掴んでゼロもろとも後方に跳んだ直後、ゼロが立っていた周辺がドラゴン・ゾンビの尾に蹂躙され、更に多数のアンデッドが巻き込まれた。

　バンシーに助けられてゼロは間一髪逃れることができた。

「助かりました」

「いえ、失礼致しました」

　バンシーは再びゼロの背後に控える。

「しかし、圧倒的ですね」

　ゼロの張った陣形は完全に崩壊していた。

　反応の早い上位や中位アンデッドは攻撃を逃れたようだが、多くの下位アンデッドが損耗しており、この場でこれ以上の防御線を維持することは不可能だ。

「初戦は勝負になりませんでしたね。時間も殆ど稼げませんでしたが仕方ありません。後退して陣を張り直しです」

　戦線の放棄を決めたゼロは残ったアンデッドで再び最大魔力の衝撃魔法を叩き込み、ドラゴン・ゾンビの体勢が僅かに崩れた瞬間を見計らって大半のアンデッドを冥界の狭間に戻して後方に向けて走り出した。

「とはいえ、奴とまともに戦える見込みすらありませんね」

　ゼロに付き従う上位アンデッドのバンシー、スケルトンナイト、スペクターを伴って街道を南に向かって駆けた。