狂いだした歯車1
ある日の早朝、風の都市の外れで激しい地鳴りが響き渡った。
付近に住む住民達はその轟音に驚き何事が起きたのかと家を飛び出し、その惨状を目にしたのだった。
その日のゼロは休息日にしようと思い、ギルドには顔を出さず居宅で本を読んでいた。
地鳴りが起きた場所からゼロの居宅は都市の反対側だったので、ゼロは地鳴りには気が付いていなかった。
のんびりとした時間を過ごしていたゼロだったのだが。
ドンドンドン!
「ゼロさん!いらっしゃいますか?ゼロさん!」
外から扉を叩く音と共にゼロを呼ぶ声がする。
その声はよく知ったギルド職員のものだ。
ゼロが扉を開くと、案の定そこにはシーナが真剣な表情で立っていた。
「どうしました?シーナさん」
「すみませんゼロさん、私と一緒に来てください。北の外れで事故がありまして、ゼロさんの力が必要なんです」
ゼロの返事を聞く前にシーナはゼロの手を取って走り出した。
「ちょっと、何事ですか?シーナさん?」
ゼロはシーナに引かれるがままについて行く。
現場に向かいながらシーナはことの概要を説明した。
シーナの説明によれば、清潔な水が安定供給できるようになった水道管理の役所は更に豊富な水源を確保すべく、今は使われていない古い地下水道を再整備することを決定した。
そして現状を確認すべくその地下水道に役所の職員が調査に入ったところに落盤事故が発生し、職員3人が生き埋めになっているとのことだった。
「大変な事態ですが、それは衛士隊の仕事ではないのですか?」
「そうなんですが、実は、落盤した現場にガスが発生しているので衛士隊の皆さんも救助に入れないのです」
つまり、ゼロのアンデッドならば救助が可能ではないかとシーナが思いつき、ギルドからの指名依頼としてゼロを呼び出すことになり、一刻を争う事態なのでシーナが直接呼びに来たのだった。
「なるほど。まあ、現場を見てみましょう」
2人は現場に向かって急いだ。
2人が到着したとき、現場は役所関係者や衛士隊、野次馬で騒然としていた。
しかし、ガスが発生しているせいで手をつけることが出来ないでいる。
ゼロとシーナが人混みを掻き分けて前に出て確認すると、古い地下水道の入り口から少し入った場所が瓦礫に埋まっており、周囲に異様な臭いが漂っていた。
「地下ガスですかね」
ゼロが到着時、松明を持って入口を覗き込んでいる衛士がいたところをみると引火性のガスではなさそうだ。
ゼロは周囲の者を下がらせた。
「先ずは中の様子を確認します」
背後で様子を見ているシーナに告げるとスペクターを召喚した。
その様子を見た野次馬がどよめく。
「中の様子を確認、被害者は3人です。安否確認を最優先にしてください」
ゼロの命令を受けたスペクターは瓦礫をすり抜けて内部に侵入した。
その時、シーナは周囲の雰囲気が変わってきていることに気付いてはいなかった。
やがてスペクターが戻ってきて状況を報告する。
報告を受けたゼロは役所関係者と衛士に説明する。
「被害者ですが、1人は瓦礫の下敷きになって既に死亡しているようです。他の2人は重傷を負っていますが生きています。ガスは有害ですが、空気よりも軽いらしく、低い位置に倒れている被害者はかろうじて呼吸を確保できているようです。皆さんでは救助作業はできませんので私が受け持ちます」
そう伝えるとゼロは30体ものスケルトンを召喚し、瓦礫の撤去を開始した。
周囲の野次馬のどよめきが更に大きくなり、シーナも異様な雰囲気を感じ取った。
「何?この雰囲気は・・・」
そんな空気をよそにゼロの指揮下でスケルトン達は黙々と作業を続け、瓦礫を運び出している。
数時間後、1人目の被害者がスケルトンによって引きずり出された。
呼吸はあるが、意識は無く重傷のようだ。
ゼロは直ぐに背後に控える衛士隊に引き継いだ。
その救助の様子を見ても群衆の反応は鈍い。
その間にもスケルトンによる作業は続いている。
続いて次の被害者が掘り出されたが、こちらは既に死亡しており遺体の損傷も激しい。
衛士隊は直ぐに遺体を毛布で包んで運び出した。
残る被害者は1人だが、かなり深い位置に埋まっているため救助が進まない。
ゼロは更に10体のスケルトンを召喚して救助作業に投入した。
更に進めると瓦礫の隙間から地下水が吹き出してスケルトン達の作業を阻んだためバンシーを召喚して吹き出した地下水を凍結させる。
そして夕刻前、残る最後の被害者が救出された。
脚等に複数の骨折があるも意識はしっかりしている。
最後の被害者を衛士隊に引き継いでゼロは救助作業を終えた。
「ゼロさん、ありがとうございました」
「仲間を助けてくれて本当にありがとう」
シーナが駆け寄ってきて声をかけ、役所の代表者も礼を述べた。
「いや、1人は助かりませんでしたからね残念です」
ゼロがそう話したとき、地下水道で作業を行っていたアンデッドが続々と這い出してきた。
その数スケルトン40体にバンシーとスペクター。
それらが地下から這い出してくる様は異様な光景だった。
まるで地獄の亡者が蘇ってくるようだった。
そのアンデッド達がゼロの前に集まる。
周囲は異様な静けさに包まれていた。
先程までどよめいていた群衆も静まり返っている。
「お疲れ様でした。戻れ」
ゼロがアンデッドを冥界の狭間に帰した時、再び周囲の空気が変わった。
・・・・・ヒソヒソ
「なんだあいつは・・」
・・ヒソ
「魔物を操っているぞ」
「ネクロマンサーだ」
囁き声が段々と声が上がってくる。
「あんなやつがこの都市にいるのか?」
「まさか、この事故、あのネクロマンサーがやったんじゃないか?」
群衆の声が更に大きくなる。
「何?みんな何を言っているの?」
シーナは戸惑いながら周囲を見渡した。
異常な空気は大きなうねりとなってその場を包んでいった。