交渉の場にて
翌日集落にハイエルフの代表10名が訪れた。
集落の広場に設けられた交渉の席を見渡したハイエルフ達は端に座るゼロの姿に気が付き露骨に不快な表情を見せた。
「なぜこの森に人間がいるのだ!しかも汚わらしい死霊術師だと?」
ハイエルフのリーダーの男の発言にイズとリズが殺気立つが、それを長老が抑える。
「ゼロ殿はこの森の異変の調査のために我等の依頼を受けたギルドの冒険者だ。解決への糸口を探るためにこの席にも同席してもらう」
長老の説明に続いてゼロも口を開いた。
「風の都市の冒険者ギルドから参りましたゼロと申します。私のことは気になさらずに話し合いを進めてください」
しかし、ハイエルフ達は更に怪訝な顔をする。
「ふん、ネクロマンサーとダークエルフが結託して何を企んでいる」
「我等は何も企んではおらぬ。森の異変の解決か、それが叶わぬならば共存の道を模索したいのだ。それから、我等のことをダークエルフと呼ぶのは止めてもらおう。元々は正規な呼び名ではない、我等は皆同じエルフ族である筈だ。違いがあるとすれば肌と髪の色、そして友とする精霊の違いだけだ。それでも同じエルフというのが嫌ならば今後我等はゼロ殿に賜ったシルバーエルフと名乗らせてもらう」
長老の宣言をハイエルフ達は鼻で笑う。
「同じエルフだと?貴様等汚れたダークエルフと我々を同等に考えるなよ。そんな貴様等がいうに事欠いて共存だと?笑わせるな。共存などあり得ん」
「ならばお主等が新しき森を求めてこの地を離れればよい。我等はこの地を明け渡すつもりはない」
「思い上がるなよダークエルフ。薄汚れた貴様等よりも森の管理者たる我々がこの地に相応しいのだ。貴様等にはこの地を去る以外の選択肢などはない」
「交渉するつもりはないということか?」
「交渉などではない。我等は貴様等にこの森を去れと言っているだけだ」
「ならば、なぜお主等の長老達がこの場に来ぬ。お主等のような若者だけでことを進めるのか?このような強行策、お主等の長であるサンドラの意思とは思えぬ」
エルフの年齢は見た目では判断できないためゼロも気にしていなかったのだが、確かに訪れたハイエルフの男女はイズ達と同じ年頃の若いエルフだった。
「サンドラ様は病に伏せている。サンドラ様だけでない、長老様達は皆が病に犯されている。それもこれも精霊が居なくなり森が死んだせいだ」
「そうすると今回の件はお主等若者の判断か?」
「我等は以前からこの森に貴様等ダークエルフが住んでいることが我慢ならなかったのだ。お婆様達は甘すぎる。この森は我等ハイエルフにより管理されるべきなのだ」
交渉の場にいる若いハイエルフは一様に頷いている。
交渉が始まって以来黙って話しを聞いていたゼロは初めて口を開いた。
「森の管理者を称するならば森の奥で何事が起こっているのか把握しているのですか?何故精霊が居なくなり、森が死んだのか、その原因は?」
ゼロの声を聞いたハイエルフの若者がゼロに詰め寄った。
「人間風情が軽々しく口を開くな!」
その様にリズが怒りを露わにする。
「無礼な!ゼロ様に対してその態度、許せません!」
しかし、それをゼロが制して話を続ける。
「私は森の異変の原因を突き止めるためにこの場にいます。それは貴方達にとって決して悪い話しではない筈です。問題が解決できれば貴方達も住み慣れた地を離れないで済むのではありませんか?」
しかし、ハイエルフ達はゼロの問いには答えられなかった。
「森で何が起きているのかは分からぬ。異変は我等の集落よりも更に奥で起きている。ただ、その範囲は少しずつ広がっているのだ」
「つまり、何も分からないでいながら自分達の集落を捨ててこのシルバーエルフの集落を明け渡せと?」
「元々はこの森は我等ハイエルフの森だ。ダークエルフごときが居るべき場ではない。サンドラ様の恩情により住まわせて貰っていただけの分際で大きな口を叩くな!」
ここで長老が再び口を開いた。
「恩情で住まわせて貰っていたわけではない。もう何百年も前に儂とサンドラで話し合い、森を分割して管理することにしたのだ。お主等が生まれる前の話しだがな、その頃は今ほどの諍いもなかったが、いつしか我等は交流を失い、今の関係になってしまったのだ」
「戯れ言を。自分達に都合よく歪曲して、ダークエルフの考えそうなことだ」
ゼロは呆れ果てた。
「まったく、ハイエルフだのなんだのと偉そうにしている割に森の管理もろくに出来ていないのですね。本当にシルバーエルフの皆さんと同じエルフだとは思えませんね」
「何?だから何度も言うように我等ハイエルフとダークエルフを一緒にするな!」
「同じですよ。一皮剥けば肌の色も関係ない。それこそ骨になれば何の違いもありませんよ。ああ、知っていますか?エルフと人間の骨の違い、頭蓋骨が少し細身になる程度で外観は変わらないんですが、骨の密度が違うんですよね。エルフの骨の方が密度が低くて軽いんですよ」
「つまらぬ講釈を垂れるな!下賤な人間が」
「それですよ、そうして他者を見下すことでしか己の立場を示せない。小物の考え方ですね」
「黙れ!たかだか数十年の寿命しか持たぬ人間風情が数百年を生きる我等に偉そうなことを言うな」
「数百年生きていて覚えたことが他者を見下すことだけですか?」
「貴様っ!」
ゼロに詰め寄ったエルフの男がサーベルに手を掛けた瞬間、その間合いを詰めたゼロの手がサーベルを抜こうとするエルフの腕を掴んだ。
「お止めなさい!そちらが剣を抜くならば私も遠慮なく抜きますよ。こう見えても上位冒険者です、お互いに只では済みませんよ!」
ゼロの声の迫力にエルフ達がたじろぎ、その様子を見た長老も決断した。
「帰れ。交渉の席と耐えていたが、それも限界だ。お主等では話にならぬ。この集落から立ち去れ!」
長老の声にシルバーエルフ達が剣に手を掛ける。
「貴様等、ダークエルフが我等ハイエルフに挑むのか?」
「我等はダークエルフではない!シルバーエルフだ!何度もいうが、我等は争いを望んではおらぬ。ただ、一方的に恭順するつもりもない。お主等が我等に剣を向けるならば、我等も剣を抜くだけだ。今後、森の異変についてはゼロ殿と我等シルバーエルフで調査する。お主等はそのことをサンドラに伝えるがいい」
長老達の迫力に気圧されたハイエルフ達は悪態をつきながら集落を後にした。
そして、それを見送った長老はゼロに向かって深々と頭を下げた。
「エルフ族の恥を晒すことになり恥ずかしい限りだ。そしてハイエルフ達の数々の無礼、申し訳ありませんでした」
「いえ、私の方こそ、口出しするつもりはなかったのですが、どうにも黙っていられませんでした。そのせいで交渉が決裂してしまって、すみませんでした」
「なんの、あのような要求には到底応じられるわけもなし。ゼロ殿が口を出してくれなければイズあたりが先に剣を抜いてしまったでありましょう」
笑いながら語る長老にイズは苦笑する。
ゼロも笑いながら頷いた。
「さて、結局は大した情報も得られませんでしたね。となれば、私が直接出向いて森の異変の調査をしてきますよ」
そう言って歩き出そうとしたゼロの前にイズとリズが膝をついた。
「「お待ちください。私達2人がご案内します。お供することをお許しください」」
声を揃えて言う双子のエルフを前にゼロは困った表情を見せた。
「申し出はありがたいのですが、死んだ森?の調査なので精霊の力を借りることができないのでは危険ではありませんか?」
しかし、長老が笑いながら否定した。
「是非お連れください。たとえ精霊の加護が得られずともこの2人ならば大丈夫です。剣や弓の腕前は保証しますぞ。そして何より、深い森の奥に向かうのです、我等エルフの案内無しでは目的地にたどり着けませんぞ」
確かにろくに道も無い深い森である。
ゼロ1人では目的の死んだ森までたどり着くことは叶わないだろう。
そのこともあってゼロはイズとリズが同行することを承諾した。
その上でゼロは長老に
「すみませんが、誰か風の都市のギルドに事の次第を伝えに行って貰えませんか?今回の依頼は詳しい内容が示されていなかったので、ギルドとしても私がこの森でどんな活動をするのか把握できていないのです。なので詳しいことを説明しておいてほしいのです」
と頼んだ。
長老が承諾し、若いエルフが伝令に向かってくれるとのことで、それを確認したゼロはイズとリズを伴って集落を出発して森の奥に向かったのであった。